エピローグ~3
そしてここにも
「アンナー、ラビオさんが会いに来たぞ~」
ローエンダイム公爵とマチルダが結婚して一年を待たずに女の子が生まれた。
そのスピードにまたもや若い妃をもらったからだ、さすが高貴なる種馬などと陰口をたたかれたが、公爵はまったく意に介さない。人目もはばからずマチルダを依怙贔屓するので、マチルダはほどなく田舎の別荘をもらい受け、公邸からは引っ越すことにした。
女の子だから跡継ぎでもないしと理由をつけて、乳母も断りひっそりと暮らしている。実際は他の妃からの嫌がらせが高じて、暗殺でもされてはたまらないからだが。
そしてその公爵よりも頻繁に別荘に通うのは、いまは盗賊稼業を辞めて猟師になったラビオだ。
「また来たの? ラビオ」
「公爵のお妃に男ができたなどと噂されては外聞が悪いですよ」
「うるせえ、おめえはどうなんだよ、ケイン。メイドの格好してたって男、て言うかオス猫だろうが」
ケインはメイドや従者、ある時は黒猫などに化けて、ちゃっかりマチルダの家で暮らしていた。
「だって、ここにいると面白いことが起きそうなんですもの」
「好奇心に殺されるぞ、黒猫野郎」
「へぇ、驚いた。あんたがそんな高尚な冗談が言えるとはね。下ネタ専門かと思ってたよ」
この二人は相変わらず、仲がいいのか悪いのかわからない。
「アンナちゃん、早く大きくなれよ。母ちゃんみたいにおっぱいも大きくなれよ」
「ちょっと! そんな下品な言葉を教えないで、いちおう公爵の息女なのよ」
「変態種馬公爵にとやかく言われたくねえなぁ」
「変態じゃありませんー」
「種馬は認めるんだ」
ラビオがまたしても下品に笑ってマチルダに睨まれた。
「ケイン、この男が浮気するところを押さえなさい。公爵様に成敗していただくわ。アンナが大人になるまで我慢できるもんですか」
「ぷ、それは簡単な仕事ですね」
「馬鹿野郎、浮気なんかするわけねえだろ」
「じゃあ、うちのメイドにちょっかい出すんじゃないわよ!」
「そりゃ、挨拶みたいなもんだ。俺はアンナひと筋だって」
「でも、このお嬢様は本当にアンナローゼ様なんですか? まだ前世の記憶なんてわからないでしょう」
「何言ってる、女神様がじきじきに俺の夢枕に立ったんだぞ。『ラビオよ、アンナローゼをそなたに返そう』ってな」
「女神様がよく許しましたよねぇ。あなた、祈りの丘で女神様に罵詈雑言を浴びせてたじゃないですか」
どうやらケインもあの場にいたらしい。
「むしろ罰が当たってもおかしくない」
「そこはほれ、女神様は心が海のように広いんだよ」
(アンナはその気はなかったようだがな)
祈りの丘で彼女は「きれいなおっぱいに出会えるよ」と言った、「生きて」と。女神に頼めばマチルダのように生まれ変わりも可能なはずだが、それを願わなかったということになる。
「やだわ、あんたの姑になるなんて」
「へっへ、お義母さま。よろしくな」
ラビオは上機嫌でゆりかごの中を覗き込んだ。
「ほらアンナちゃーん。たかいたかーい」
ラビオはアンナを持ち上げて頭上に高く上げた。赤ん坊は恐がりもせずきゃっきゃと笑っている。
「ちょっとお」
マチルダは苦笑いしたが止めなかった。なぜか公爵がやるとむずがるのに、ラビオの高い高いは大好きなのだ。
「アンナちゃあん、ラビオですよ~、覚えたかなあ」
「らびおり?」
ぽろっとこぼれた言葉を聞いてラビオは叫んだ。
「ほら、聞いたか。こいつの前世は間違いなくアンナローゼだ。最初に会ったときにあいつは俺をラビオリって呼んだんだ!」
マチルダとケインは親よりも親バカな自称婚約者にあきれたが、アンナローゼが望むなら仕方ないと諦めていた。
なにしろ聖女の洗礼式から脱走したおてんば娘だ、駆け落ちくらい朝飯前だろう。
それに
神代の昔から人の心は誰にも縛れない。
例えそれが女神でも。
Fine.




