ローエンダイム行 ~3
ローエンダイム公爵の花嫁行列は3日目の行程に入っていた。
その日、滞在することになっている街『シルヴェスタ』は公爵領の中でも銀の加工で栄える大都市。エルンハイムが田舎町に見えるほどの賑わいだ。そしてそこを治める知事は貴族の中でもかなりの有力者である。
「これはこれは、アンナローゼ様。遠いところをよくいらっしゃってくださいました」
言葉は丁寧だが出迎えた知事の一族はマチルダを休ませる配慮もなく、次から次へと行事や会食をセッティングしてくる。食欲もなく宿でひと時でも休みたいのだが、それすら許されなかった。
(これって、もしかして嫌がらせ?)
マチルダにはそう思う心当たりがあった。
シルヴェスタの知事の娘は公爵家に側室として嫁いでいるが、まだ子供が生まれていない。つまりマチルダのライバルということになる。
(上等じゃない)
疲れ果ててはいたが、これくらいの試練は覚悟している。
幸いにも貴族の姫君は小鳥のように少食といまだに信じられているし、舞踏会だってまさか公爵の花嫁にダンスを申し込む不届き者はいない。
ただ穏やかな笑顔で、皆に会釈していればなんとかやり過ごせた。
「では、最後にカドリールを!」
(えっ、カドリールですって?)
カドリールは男女4組がワンセットのダンスで、舞踏会の締めくくりで踊ることが多い。そしてほぼ全員参加。
案の定、マチルダの前にも奥方がやってきて「さあ、どうぞ」と手を取った。これは逃げられない。
仕方なく、ふらつく足元を隠して立ち上がった。
(ええっと、まだ覚えているかしら)
ステップ自体は難しい踊りではない。ただし、位置替えとパートナーチェンジの順番を間違えると大恥をかくという、貴族の姫君ならば踊れて当然のダンスである。
「アンナローゼ様はダンスの名手でいらっしゃるんでしょう。是非、ご一緒に」
そう、アンナローゼはこれに限らずダンスが大好きだった。けれどマチルダにはこの踊りの何が面白いのかさっぱりわからない。
(とにかく、順番を間違えなきゃいいのよね)
前奏は意外に長い、ご挨拶して左へワンステップ、ご挨拶して右へワンステップ、交差して位置替え、もう一度交差して位置替え、斜めにステップしてご挨拶、パートナーの手を取って1回転…
このような決まりごとが延々と続く。ワルツならパートナーのリードに従えばいいし、足を踏んでもごめんなさいで済むのだが、カドリールは手順を間違えると相手とぶつかってしまうというやっかいな踊りだ。
カドリールの基本は6部構成でマチルダは前半はなんなくこなした。しかし、曲が進むにつれテンポアップしてゆくので油断はできない。終盤になるとステップを間違えて笑いだす者も出て来た。
本来は『それもご愛敬』という趣向のはず。しかし、マチルダは敏感に悪意を感じた。目の端で捉えたのは知事が手拍子をしながら、楽団の指揮者に指示を出している姿だった。
(このテンポ、いくらなんでも速すぎる。でも、負けるものですか)
マチルダは完全に意地になっていた。
そして…曲が終わったとき、大きな拍手が湧いた。もちろんそれはマチルダに向けられたもの。ステップを最後まで間違えなかった者は数人しかいなかったのだ。
(お生憎様、この程度の嫌がらせなんて蚊に刺されたほどの痛みもなくってよ! あの娘だって笑ってこなしたでしょうよ)
「お見事! アンナローゼ様」
湧きあがる歓声に向かって傲慢ともとられかねない笑みを浮かべ、マチルダは淑女の礼をした。
彼女にとっては勝利と言うほどのことでもないし、この先もこんなことは繰り返されるに違いない。それが公爵家に嫁ぐということなのだ。




