聖女(仮)様 逃げる~1
三日月の薄やかな光に照らされた薔薇が咲き乱れる広い庭。
二人の少女が走っていく。
花陰から覗く二人の顔は瓜二つ。
プラチナブロンドの絹の髪をなびかせ、月明かりを映した瞳はエメラルドの緑。
幼さは残しているがもう乙女と言っていい二人は、追手がないかと振り返りながら花畑を駆け抜けていった。
「お嬢様、もう少しです」
先を行く少女が手を引きながら囁いた。
「ええ、マチルダ」
息を切らしながら答えた少女は微笑みうなずいた。
二人の行く手に裏門が見えてきた。
先に辿り着いたマチルダが胸元から鍵を取り出すと大きな錠前を開錠し、二人でその扉を押すと重そうにギギギと音をたてて開いた。
「ケイン、いる?」
「はい、マチルダ様、お待ちしていました」
扉の外には一人の少年が待っていた。
「クロード様は?」
「お約束の場所にいらっしゃいます」
マチルダは自分とそっくりの少女を振り返った。
「お嬢様、予定通りです。クロード様が待っていらっしゃるわ」
「ありがとう、マチルダ。でも本当におまえは大丈夫なの?」
「こんなときのための影武者です、お役に立てて嬉しいですわ」
「そうね、今日限り、一夜限りの自由ですもの」
侯爵家の息女アンナローゼは、明日になれば20以上も歳の離れた王族との婚儀が整ってしまう。15歳までに『聖女の証』が現れなかった彼女は、もはやただの政略結婚の道具でしかないのだ。
「まだ15のお嬢様がそんな運命、ひどすぎます。どうか愛しいお方の元で思い出を作ってくださいませ」
「ああ、マチルダ、あなただけよ私の味方は」
「でもアンナローゼ様、朝までには必ず戻ってくださいね。鍵は開けておきますから」
二人は顔を見合わせハグをした。
そして身を離すとアンナローゼは裏門をくぐり闇へと溶け込んでいった。
マチルダはゆっくりと扉を閉め、錠前をガチャリと施錠して呟く。
「いってらっしゃいませ、お嬢様。そしてさようなら、どうかお幸せに」
彼女は身を翻して薔薇の庭を館へと駆け戻って行った。
その口元に薔薇よりも艶やかな笑みを浮かべて。




