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『最悪』の可能性

 

「あれね」

「……蛸?」

「あれ、蛸っていうか……」

「クラゲ?」

「み、見間違いかもって言ったでしょ……」


 たどり着いた先では宮野の見間違いではなかったようでモンスター空に浮いていた。

 だが、それは蛸というよりもクラゲというべき姿をしていた。


 濃い赤紫色をした体を持ち、何本もの触手をゆらゆらと漂わせているクラゲ。それがイレギュラーの姿だった。

 大きさとしては五十センチ程度といったところか?


 蛸とクラゲ、おおよその特徴としては似ているし、この雨の中という状況でシルエットだけ見たのなら間違っても仕方ないだろう。


 だが、仲間達からの言葉を受けて宮野は恥ずかしそうにしている。

 モンスター自体はいたわけだしどっちでもいいと思うが、宮野としては恥ずかしかったようだ。


 まあ敵がいた以上はどっちであってもやることは変わらない。敵の観察だ。


 敵はこっちに気づいていないのか、気づいているが好戦的な性質をしていないのか、俺たちを襲ってくることはない。

 なので、警戒しながらではあるがじっくりとその浮かんでいるクラゲ型モンスターを観察していく。


「やっぱどう考えてもおかしいよな……」

「おかしいって……例の関係の無さですか?」

「ああ。このダンジョンに元々いた土竜とあの空飛ぶ蛸——改めクラゲとの繋がりが見えてこない」


 とりあえず三分ほど様子を見ていたのだが、クラゲは空に浮かんでいるだけで何も行動を起こさない。

 なんなら飴の攻撃で少しづつダメージを負っているようなので、そのうち何もしなくても死ぬかもしれない。


「とりあえずもう少し近寄って——え?」


 もう少し近寄って反応を確認するか、と考えたところで、クラゲが行動を開始した。


 クラゲは自身の触手を動かして空から降っていた飴の内一つを持つと、それを笠の内、おそらくは口へと運んでいった。


 そして——


「分裂した?」


 空から降ってきた飴をいくつか食べたクラゲは、プルプルと震えながらボコボコと歪に体を歪ませると、その歪んでできた出っ張りの部分を切り離した。

 そして、その切り離された部分からは本体と呼ぶべきものと同じように触手を出した。


 新たに生まれた方は触手の数が本体よりも少ないが、多分それはこれから増えるのだろう。


 うろ覚えだが、確かクラゲは周囲に種みたいなのをばら撒いてそこから何度か段階を踏んで成長するはずだ。

 だが、今見た感じの性質としてはスライムに近い気がする。飴を食ってたのは魔力を補充してたんだろう。


 スライムはその体を魔力で形成している半物質体と呼べる体をしており、今見たクラゲがやっていたように魔力を吸収して分裂と再生をくりかえ——


「——っ! 待て待て。いや、まさか?」


 そこまで考えると嫌な予想が頭をよぎった。


「伊上さん? どうしたんですか?」


 宮野が小さく声をかけてきたが、今の俺はそんな余裕がないほどにこれからどうするか、という考えが頭の大半を占めていた。


 どうする? 何をすればいい? どう行動するのが最善だ?


「攻撃を仕掛ける。何かあったらすぐに対処しろ」


 そんなことだけを考えて、決めるには情報が必要だと判断すると、俺は宮野達に声をかけるとその返事を聞くことなくクラゲに向かって水の魔法を放って攻撃した。


 それは本当に軽い攻撃で、威力は百キロの野球ボールを喰らったくらいの威力だ。魔法使いの使う攻撃魔法としてはかなり威力が低い。


 だが、そんな俺の攻撃でも体を削ることができるくらいにクラゲの体は脆かった。


 俺の放った水の魔法は、クラゲにぶつかるとクラゲの体の一部を削り取って消滅した。

 スライムの中には喰らった魔法の魔力を吸い取って魔法を無効にするタイプもいるが、こいつはそうではないようだ。


 だがしかし、魔法によって歪に削られた体の一部はすぐに再生し、元通りになってしまった。


 ……再生と分裂は条件が違うのか?


 先ほどクラゲが分裂をした際には周囲にある魔力の塊である飴を食べ始めたが、今回再生をするときにはそんな行動は取らなかった。


 つまり、再生はオートで発動し、分裂は任意で発動するということなのだろう。


 だが、それが分かったのは収穫と言えるが、オートで再生するのであればなまなかな攻撃じゃあ倒せない。


 そうなると問題はどこまでやれば倒せるのか、だな。

 流石に体の八割くらいを消せば死ぬだろうと思うが……モンスターだしなぁ。

 正直、モンスターってのは摩訶不思議な生態をしている奴らだから、やってみるまでわからない。


「……安倍。アレを一撃で殺せるか?」

「一撃で?」

「そうだ。全身を炭にさせてもいいし、そもそも炭すら残らなくてもいい。余力を残しつつも確実に殺してくれ。ただし一体だけ、そして地下のモグラを起こさないようにだ」


 安倍は俺の言葉に頷くと、速やかに行動に移り、炎を球状に圧縮したような超高温の炎で焼き尽くした。


 再生は……ないな。


「流石に再生はしないな」


 よかった。こんな灰になっても復活するようなら、どうしようもない。

 あと知りたいことと言ったら、どの程度までやれば死ぬか、だな。


「もう一つ頼みがあるんだが……アレの体を少しづつ焼いてくれ」

「少しづつ?」

「ああ。アレは再生する。どこまでやれば死ぬのか確認したい。できるか?」

「……ん。了解」


 普段の接触型でのセミオート発動ではなく、完全マニュアル操作という慣れない状況ではあるが、そんな中でも安倍は俺の頼んだ通りにクラゲの体を燃やしていき、その体の半分以上——触手を除いておよそ七割程度を焼失させた。


「ここまですれば死ぬか」


 体の七割程度を失ったクラゲは、グラリと力なく揺れると、ベチャッと空から落ちて地面に激突した。どうやら死んだようだ。


 だが、ここまですれば死ぬと言ったが、それは逆にここまでしないと死なないということだ。


 体の七割を消さないと死なない分裂するクラゲ。

 それは再生と分裂をするだけで攻撃力はなく、敵意も害意もないのかもしれない。

 俺が脅威だと感じなかったのも納得だ。


 だが、思わず舌打ちをしてしまうほど厄介な敵だ。


「……全員警戒しろ。浅田と宮野はそれを置いていけ。少し前に進むぞ」


 俺はこいつを放ってはおけないと判断すると宮野と浅田に背負っている保存容器を捨てるように指示を出した。


 だが浅田は、イレギュラーとはいえあっさりと倒すことができたのを見たからか、俺の様子を不思議そうに見ている。


 だが、宮野はどこか普段とは違って眉を寄せているものの、俺と同じように警戒を強めていた。


「どうしたってーの? そんな緊張した感じで。これを置いてまでって——」

「さっきの分裂を見たろ」


 状況が理解できないでいる浅田の言葉に若干苛立ちながらも、その言葉を遮って話し始める。


「見たけど……」

「俺たちがここにくるまで三十分はかかった。最低でもそれだけの時間はあのモンスターはここにいたことになるが……ほんの数分で分裂するような奴が三十分間もの間放置され続けていたとしたら、どうなる?」

「どうって、まさか……っ!」


 俺たちが観察していたのは三分程度だが、その間にあのクラゲは分裂した。


 もし三分に一度分裂行動を取るのなら、三十分の間に十回分裂したことになる。

 そして俺たちがこのことを組合に知らせに帰ったとして、ここまでくるのに四時間。急いで帰ればもっと早く帰れるだろうけど、それでも帰って報告して急いで討伐に来るのには数時間はかかる。


 その間にこいつらは何度分裂する? どれくらい増える?


 最悪の場合、俺たちが報告に行っている間にゲートから溢れる可能性だってあるぞ。

 もしそんなことになってみろ。ゲートの外で一匹でも生き残ったら、そこからまた鼠算に増えていく。

 そうなったらもうこいつらの根絶なんてできず、人類の危機といってもいいくらいの状況になる。


 もちろんそれはあくまでも最悪の可能性であって、妄想が多分に入っていることは否定しない。


 実際にはこいつらがゲートの外に出たところで、そうすぐにクラゲだらけになるってことはないんじゃないかと思ってる。

 何せこいつらは魔力を吸って分裂する。三分で分裂するってのだって、ここには雨飴っていう魔力の回復手段があるからだ。


 だが、先ほどあいつらは雨飴——魔力の篭った物質を食って魔力を回復したが、もしそれが非生物に限らず魔力の篭った生き物——人間からも魔力の補充をできるとしたら、どうなる?


 今は俺たちを攻撃していないからそんなことができるのか分からないが、できないと考えるのは楽観が過ぎるだろう。


 さっき想像した『最悪』が、本当に実現しかねない。


「行くぞ。警戒しろ」


 なんだってこんな面倒なことが俺の周りでばっかり起こるんだろうなあ!


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