クラゲ達との戦い
「——やっぱこうなってたか」
他のクラゲを探して進んでいったところで、徐々に目に入るクラゲの数が多くなってきた。
そして遂に、と言うべきか、視界を埋め尽くすほどのクラゲが宙に浮いているところまでやってきた。
「ってか、数が多すぎない?」
「百とか二百じゃ、足りない感じがする……」
「千……万?」
「いや、流石に万はいないでしょ……いないでしょ?」
「どう、かしらね。向こうにも同じような光景が広がってると考えると、万どころかさらに桁一つ増やしてもいいかもって、思っちゃうけど……」
見渡す限りのクラゲ。ここが中心ならば、その数は万を超えないだろう。
だが、ここが中心ではなく、まだ全体の一部しか見えていないんだとしたら、クラゲの数は万どころか十万、ともすれば百万すらも超えることになるかもしれない。
おそらくその考えは正しい。ここはまだ、クラゲ達にとっては全体の一部しかいないんだろう。
そして、これからもその数は増えていく。
「状況は把握した。一度離れるぞ」
こいつらをどうにかするってのは変わらないが、それでもあの数を相手にこのままつっっこんでいくのはまずいと判断し、一旦話し合いをするために下がるように宮野達に言った。
だが、そう告げて俺たちが後退し始めた瞬間、何もせずに空を漂っていただけのクラゲ達は一斉に俺たちに向かって触手を伸ばし始めた。
「っ!?」
その触手は俺たちに当たる前に、北原の張っていた結界にはじかれたが、それでもお構いなしに狙い続け、弾かれ続けている。
なぜ突然、と観察してみると、その触手はよく見ると先ほどまでとは形状を変えており、先端が針のようになっていた。それも、刺した獲物を逃さないための返しつきだ。
先ほどまでは全くと言っていいほど攻撃性を見せなかったのに、俺たちが帰ろうとした瞬間にこの猛攻。
理由を考えるとしたら、俺たちがこいつらから離れようとしたからか?
「何こいつら! いきなり攻撃してきたんだけど!?」
どうしてこいつらが動き出したのかを考えていたが、そんな悲鳴まじりの浅田の声を聞いて、今は考えている場合ではなくこの場から脱出する方が先だと判断して思考を切り替える。
「チィッ! 浅田は北原を担いで宮野は安倍を担げ、走るぞ! それから北原は結界を強化、安倍と宮野は前の奴らを減らせ!」
「「「「はい!」」」」
北原が張っていた結界の上に、更に魔法具を発動させて結界を重ねる。これでしばらくは持つだろう。
魔法使い系の北原と安倍は全力で逃げるとなると問題があるので、宮野と浅田に抱えてもらう。
正直なところ俺が一番能力が低いので俺も抱えて走ってもらいたいが、万が一に備えていつでも動けるようにしないといけないし、流石に女の子に抱き抱えられながら逃げるなんてことをするわけにもいかない。主に俺のプライド的な問題だけど。
「走っても追いかけてくんだけど!?」
「それでもとりあえず走るしかねえ!」
「一掃するのは無理なの!?」
「全滅させないと追ってくるんだぞ。一撃で殺させないと増えるような奴相手に全滅なんて狙えるか! いいから逃げるぞ!」
安倍が広範囲攻撃をすればひとまずは周りについてくる奴らは消せるだろうが、それでも遠目に見える奴らは消せないだろう。
焼け石に水。ぶっちゃけ無駄だ。だったら逃げ切ったほうがいいと思う。
「伊上さん、やっぱり無理ですよこれ! ずっと追ってきてるし、さっきよりも増えてます!」
「くそっ!」
だが、クラゲの動きは思った以上に速く、なかなか引き離せない。
その上、もともと進路上——俺たちが通ってきた場所にいたクラゲ達の数が異様に増えている。
おそらくは俺たちの逃走を察した瞬間に何らかの指示が行って分裂して数を増やしたんだろうと思う。ここには餌は掃いて捨てるほどあるからな。
「容器を下ろしたところで止まれ! あの結界なら多少なりとも役に立つ!」
このまま走っていても埒が開かないと判断した俺は、逃走を諦めて迎撃に移ることを選んだ。
もともと倒すつもりだったんだ。それが少し早まっただけだ。準備万端ではないがイレギュラー相手に完璧な準備を整えた状態で挑めるわけがない。
仲間と逸れておらず五体満足でいて、しかも道具の類もほとんど消費なしで戦うことになったんだから、俺たちの状態としては上出来だ。
そして俺たちはそのまま数十秒ほど走っていると背負っていた保存容器を下ろしたところへと戻ってきて、停止した。
「北原は結界の維持、宮野と安倍は分裂しないように確実に数を減らせ。ただし、音と振動は極力立てないようにしつつ余力は残せ」
保存容器の結界を起動しながら指示を出したが、難しいことを言ってるのはわかってる。
こいつらを一撃で殺せる威力があって、なおかつ広範囲の攻撃ってのはどうしても大きな音が出る。
だが、大規模攻撃で音を立てれば土竜どもが襲ってくるので、静かにやらないといけない。
「ね、ねえ。あたしは? あたしは何すればいいの! 敵に突っ込んで倒す!?」
「馬鹿かお前。んなこと絶対にするなよ。今の状況でお前にできることはない。休んどけ」
俺の指示に反応してすぐに動き出した宮野と安倍、空から結界を張り続けている北原を見て、何もやることの指示を出されなかった浅田は、焦りからかこのクラゲの群れの中に突っ込んでいくなんてことを提案してきた。
確かにそうなる可能性だってある。このまま迎撃してるだけじゃジリ貧だってのは分かってるからな。
だが、それはやるとしても今じゃない。
今この状況で魔法の使えないやつにやることはない。
戦士系は強力な個を相手するなら頼りになるが、無数の群を相手するには向かない。これがビルを振り回すことができるくらいの力があるのなら役に立つが、ここにはビルなんてないし、こいつにもそんな力はない。……はず。
だが、そんな俺の指示に納得できないのか、浅田は不安と悔しさを混ぜながらクラゲの群れを睨んでいる。
どうにも落ち着かない様子だな。焦ってるのも不安なのもわかるが、このままじゃ本当に飛び出していくんじゃないか?
なら、無意味かもしれないが多少なりとも仕事をさせたほうがいいか?
「……いや、違うな。体は休ませたままでいいが、異変を探せ」
「異変?」
「ああ。こいつらが突然現れた異変の大元みたいな——所謂ボスだとかがいるかもしれない。それを探せ」
こいつらにボスなんて存在がいるのかわからない。
だが、その可能性は低くないんじゃないかと思ってる。
さっき俺はクラゲ達が攻撃に移る条件は獲物——この場合は俺たちがクラゲから離れたことじゃないかって考えた。
だが、離れるって言ってもあの場所に行くまでにもクラゲはいたわけだし、そいつらから見たら俺たちは〝離れていった〟ことにならないだろうか?
だというのに道中にいた奴らは攻撃をしてこなかった。なぜだ?
あの時俺たちのとった行動は、その場から動こうとしたことだが、動くだけならそれまでもしていた。前に進む、という形でだが。
しかし、後ろに下がろうとした瞬間に襲ってきた。
そのことから、俺は『獲物が中心から離れること』が攻撃のトリガーだと考えた。
中心、つまりはボスだ。
「探せって言っても……ううん。わかった」
浅田はまだ不安そうにしているが、それでもやることがはっきりとしたからかもう突然突っ込んでいきそうな様子は感じない。
その様子を見て心配事を一つ潰すことができたと判断し、俺はこの後どうするべきか考える。
とりあえずは、情報を集めるべきだよな。
「くそっ、おせえよ」
万が一の時に備えてケータイには発見されたモンスターやアイテムの情報をダウンロードして詰め込んである。
そのデータを漁っていくが、ケータイを起動させてファイルを開いていくのにかかる時間がもどかしい。
普段に使うだけなら遅いなんてことはない、普通の速度だ。
だが、今の状況では一秒であっても余計に時間がかかった分だけ遅いと感じてしまう。
そしてケータイに詰め込んだ資料の中から、このクラゲに該当する情報を漁っていく。
分裂と再生を繰り返す空飛ぶクラゲ。
こいつはイレギュラーだからそのものの答えなんてないかもしれない。
だが、イレギュラーの元になった似たような存在はいるはずだ。
最悪の場合はスライムを参考にして戦うしかないが、それでもなんの情報もないよりはマシだろう。
「は?」
そしてついにこのクラゲらしきモンスターを見つけたのだが、その情報を見て、俺は思わず間抜けにも声を出してしまった。




