後日談Ⅶ
「一つくらい解けない謎が残るくらいが面白い物語の条件かもしれないね」
くつくつと面白そうにアレクは笑う。つられてルドヴィカも笑う。二人でゆっくりお茶を飲むなんて初めてのことではないだろうか。
「物語ではありませんけれど」
主たちの穏やかな雰囲気に先ほどまでの対立が嘘のように従者の2人も微笑んでいる。
「仮に物語だとして、この場合ハッピーエンドなのでしょうか? 自己中心的なままのアンリの下へ駆けていったルイズさんは幸せでしたと終わるのでしょうか? アレク様はどう思われますか?」
「それはこれからの彼らしだいじゃないかな」
大人な物言いをするアレクにルドヴィカは少し拗ねた面持ちをする。
「それはそうですけれども。私は基本的に物語はハッピーエンドが好きなのをアレク様もご存知でしょう? その為に頑張っておりますのに。結末は気になりませんか?」
少し考えるそぶりを見せたアレクは
「物語を降りた役者の行く末よりも、いまだ舞台に立つ役者の結末のほうが私は気になるな」
そういいながらルドヴィカの傍らに移動し跪く。
「ねぇルゥ。私の婚約者が亡くなって半年。『彼女』に対する情が浅いのか深いのかわからない。でも新たな婚約者のいない私と婚約者のいなくなった君。2人でハッピーエンドを迎えてみる気はないかい?」
「そ、れは…」
そっとルドヴィカの手を取る。
「ルゥは弟の婚約者だったからね。私もいろいろ考えていたんだよ。でも君以上に私の隣にいてほしい人もいないんだ。『彼女』もきっと喜んでくれると思う。どうだろう。王太子妃になってはもらえないだろうか。そしてこの先、王妃として私の隣で一緒にこの国を支えてほしい」
アレクの婚約者を、『彼女』をルドヴィカも『姉』と呼び慕っていたのだが、病魔には勝てなかった。『彼女』を救えなかったことを、アレクもルドヴィカも悔いている。
「私…は、王子に婚約破棄をされた身ですよ」
「王族側の非だと伝えたはずだ。それに実はスフィーア公爵からはすでに内諾を得ている」
保証云々でしばらくスフィーア公爵が王宮のアレクの執務室に出入りしていたことは知っていたがそんな話に進展していたことをルドヴィカは知らなかった。いや薄々は感じていた。
「お父様は承知されたのですか?」
「いいや。国のためにアンリとの婚約を押し付けてしまった結果が今だから、今度は娘の意思に任せる、とだけ言われたよ」
スフィーア公爵は娘の才能を理解し、そして第2王子の性質も理解していた。
もともと一人娘のルドヴィカしか後継ぎがいないため、アンリはルドヴィカとの婚姻後はスフィーア家に婿入りし、王籍を離脱することは決定事項であった。義息ができてもその決定に変更はなかった。アンリが王族で居続けることが良くないことだと早くから気づいていたのだ。
だからこそ国のために婚約を了承したのだ。
その理由が失われた以上、愛する娘に幸せになって欲しいと願わない親はいない。
つまりはルドヴィカに決定権が委ねられた。
それでも内諾を得たと言い切る自信がアレクにはある。
「だからルゥ。ルドヴィカ。私と結婚してください」
「……はい」
小さく応えるとアレクは破顔一笑。ルドヴィカを抱きしめた。
セブ歴325年。アレク・ナイン即位。賢王として名高い彼の傍らには常に王妃ルドヴィカの姿があった。
内政にも外政にも通じ、国防の要としての力をも持っていた王妃は賢王の治世をよく助けていたというが、表立って行動することは少なく、資料も散逸しているため後世の人間が王妃の能力を過大に評価していた可能性が高い。これは同時期に発行された伝記『ルドヴィカ』(著:ルイズ・ノッツ)の影響が大きいと思われる。
著書はルドヴィカ王妃の半生がつづられているが、カード魔術の基礎理論、国防を担う結界魔法などこの時代に起きた革命とも言える偉業をすべて王妃が成したと書かれている。しかしそれが事実ならば王妃はわずか4歳にして魔術理論を構築していることになり現実的ではない。商業の自由化や農業の効率化などの国策も王妃の提案で行われたなど王妃を礼讚する内容に終始している。また、アレク王に弟がいるなど虚実も含まれている。
つまり、当時人気の高かった王妃をモデルに描かれたフィクションが人々の間で真実であると広まった結果だと考えられる。
どちらにせよこの時代がナナイ王国の歴史の中で最も栄華を極めていたことは疑いようもなく、賢王の治世が素晴らしいものであったことに異を唱えるものはないだろう。
~ナナイ王国史より抜粋
御読了ありがとうございました。




