こっちの世界に鶴はいない。でも意味はある 下 side殿下
気づけば年明けてました……!?
女神が脳内から去って行ったあと、アーディアルトはしばしその場に立ち尽くしていた。
手には愛しい人の服を握りしめ、視線は何かを捕らえることはなくただ虚空を見つめるだけ。
沈黙の空間に漂うのは、女神に対する底知れぬ不安と、仄かに香る焦りの匂い。
今自分の身に起こったことはただの夢だったのか。
漠然と、だが無意識のうちに奥底から湧きあがった言いようのない不安を消したくなって、アーディアルトは女神とのつかの間の対面を虚無のなかで脳が見せた夢幻だったのだと思い込みたかった。
女神が消え去る瞬間に見せたあの表情
笑みは浮かべてもどこが悲しげなその顔はなにかほの暗いもの含んでいた。
なぜ女神があんな顔をするのかわからない。
だが、なんとなく。ぼんやりとだがなにか見過ごしてはいけない物をアーディアルトは感じたのだ。
人間からは邪神と呼ばれ、死者の魂を過去の恨みから闇の彼方へ連れ去っていく死者の国の神とも言われたその女神。
冷酷無慈悲と言われていたかの神は、人間嫌いというのは本当のようだがだからと言ってアー
ディアルトに対する態度も無慈悲とはまるで程遠いものだった
あの表情はただ自分の半身であるリーシャを、子供を見守る母親のように思いやる。いい意味で人間臭い女神の素顔に見えた。
女神のあの表情は、リーシャとなにか関係があるのか?
アーディアルトがこれ以上なく不安になる要因。
彼に忠告しにきた月神はリーシャを救えといった。
救えとは、どういうことなのか。
女神にはできなくて、アーディアルトにしかできないことなのか。
彼女は今、なにかに苦しんでいるのか?
月神が最も嫌う種族である人間に、自ら頼み込むほどの“なにか”を。
そこまで考えて、ふっと青年は笑った。
そんなこと、決まっている。
どんなことがあっても、彼女が苦しんでいるなら、悲しんでいるなら、助けを求めているなら、アーディアルトは何にかけても助けだす。
当たり前のことだ。
むしろ、惚れた女も助けないなんて、それこそ男としての神経を疑われるものだ。
むしろ彼女が助けを求めなくても気づけば勝手に手を差し伸べてしまうだろう。
助けるもなにも、とっくに彼の心は彼女に救われているのだから。
女神も明確なことは言わなかったが、つまりはそういうことなのだろう。
これ以上ないくらい甘やかして、
できることは何でもしてやって、
もう自分なしには何もできないようにしてやりたい。
リーシャが生きるには、この俺が必要なのだとその身体に刻みつけて。
他の男のことなんて目に入らないくらい俺で溢れかえらせて、(上に他の男なんていないが)
俺から絶対離れることがないようにしてしまいたい。
いっそのこと、彼女が傷つかないように 危険なものすべてから遠ざけるために、俺から離れていかないようにどこかに閉じ込めてしまおうか。
一瞬芽生えた狂気が、ニヤリと笑った。
――――――――――――――――――
さわさわ……
思考の海からアーディアルトが引き上げられたのはそれからしばらくたった後だった。
島全体が女神の聖なる魔力に満ちた場所で、夜はことさら濃い魔力が溢れる。
まるでここにある自然すべてが自分の命を、生きている証拠を誇示するように美しく光り輝いている。
一瞬、女神とはほんの少し違った色の魔力が現れたのを感じた。
微かに風にのって運ばれてくるのは、この上なく愛しい、甘く魅惑的な香りをまとわせた彼女の魔力―――。
少しの間その存在を感じなかっただけで、彼の精神と身体は渇望していたらしい。彼女の魔力の匂いを吸い込んだ瞬間、砂漠に湖ができたような安心感を覚えた。
……ん?
しかし、違和感を感じる。
どうやら彼女の魔力は一直線にアーディアルトに向かってきているらしい。
その出所は、あの馬鹿でかい木からだ。
アーディアルトは自分が彼女の血まみれの服を握りしめたままだったことに気づき、本来の目的をようやく思い出した。
右の手のひらを胸の前に持ってきて、その上にぷくりと小さな水の泡を出現させる。
考え込んでいた間に、彼自身の魔力も回復していたらしく、泡は瞬く間に膨れ上がり、大きな水の塊を作り出すことができた。
その中に素早く服を投げ入れる
巨大な水泡は中で水流が渦巻いており、リーシャの汚れた服を巻き上げてあっという間に汚れを落としていく。
この間、わずか2秒
彼女の魔法が彼に届くころには赤黒かった服も、元の白さを取り戻していた。
リーシャの視線を、彼女の魔力を介して感じる。
遠視魔法か、とアーディアルトは彼女が自分に注意を向けてくれたことに無償に幸福感を覚えた。
そう、例え、その視線が次の瞬間恐怖に慄かれようがドン引かれようが、彼女の思考が自分で一杯になれるならそれで満足なのである。
服を水泡から取り出して彼女のほうに視線を向ける。
リーシャは自分の魔法がアーディアルトに気づかれていないと思っていたのか、目があった瞬間ハッと息をのむ音が微かに聞こえた。
あの大きな瞳が今目いっぱい驚きで開かれているのかと思うと、可愛くて仕方がない。にやけが止まらない。
ちょっとからかいたくなって、彼女の服にキスしたら、驚きと羞恥からか、魔法が切れた。
ああ、なんて可愛いんだ!
リーシャの反応ひとつひとつに一喜一憂する自分。
今までは他人の感情に振り回されることなど気分を害するもので以外何もなかったが、リーシャが相手ならそれも悪くなかった。
むしろ心地いいとさえ感じる。
今の自分の幸福な気持ちを伝えたくて、笑い声を彼女に届けた。
まともに笑ったのは何年ぶりだろうか
昨日まではどんなことがあっても笑えなかったこの自分が、彼女のことになるとどんなに些細なことでも自然に笑みがあふれてくる。
しかしなぜか、アーディアルトの笑い声に反応したリーシャが逆に返してきて感情は 怒り だった。
彼女に反応したアウカンシェールは ざわざわ… とその身を震わせる。
あまりの魔力の濃さと質量に、さすがにアーディアルトも若干の焦りを感じる。
その刹那―――――足元に流れていた小川から水が突如関を切ったように飛びあがった。
うねる様な、水あらざる音を出しながらものすごい勢いで上がった水柱は、真上から容赦なくアーディアルトに巨大な水圧とともにぶつかってきた。
ピチョ……ピチョ…
「…………。」
一瞬にしてぬれ鼠である。
なぜだ。俺が一体なにをした。
疑問しか感じない。 自分はなにか彼女の気に障ることをしただろうか。
気づけば手に持っていた服もない。リーシャに奪い取られたらしい
「……………。」
……………………………ぷっ。
それでも、彼女がアーディアルトに感情を向けてくれたことが嬉しかった。
そうだ。そうだ。 もっと俺でお前の中を一杯にさせてくれ。
俺のことしか考えなかったら。他の余計なことを考えなくてすむだろう?
俺は“お前”を見ている。
お前が“俺”を見ているように
守ってやる。なにからも。
下の糞野郎どもの脅威からも
魔女であるお前が感じる哀しみ、不安からも。
――――愛しているから。
一瞬で身体が乾く。
先ほどまでリーシャの服を握っていた手に、今度は彼女から受け取った招待状を掴んで、青年王太子は久々に、その瞳に炎を宿した。
鶴は、パンゲアやヴィートルでは存在しないおとぎ話に出てくる架空の鳥類という設定です。
サブタイトルにしときながら、詳しくその内容が出てくるのは本編に戻ってから。という意味不明行動←
ちょっとした気持ちで殿下side書いたけど思ったよりしんどかったorz
とっとと主人公視点に戻ります=3




