こっちの世界に鶴はいない。でも意味はある 中 side殿下
一日遅れ すみません 思ったより後篇が長くなったので上中下編に治しました。
意識を身体の中心に集中させると、人は自分の魔力の穏やかな流れを感じ取ることができる。
アーディアルトは流れを感じ取るとそれをすばやく掌に流れ込ませた。
右腕を目の前に突き出し、流れてきた魔力を外へ放出させると、腕の先に紫色をした魔法陣が幾重に重なり、回る同じ紫色をした輪とともに現れる。
光り輝くその魔法陣はまるで意思があるかのようにリン、と鈴のような音を直接アーディアルトの頭に響かせ、彼も久々に感じるその感覚に一層笑みを深くさせた。
魔法陣の中央にゆっくりと腕を付き入れ目を閉じれば、そこには様々な情景が浮かび上がってくる。
数ある風景が川のように頭の中を流れていき、そのどれもがこのアウカンシェールのうちのものだった。
浮かんでは消え、浮かんでは消え。
それをどれほど繰り返しただろうか。
それから数分ほどたって、アーディアルトはピクリと腕を震えさせた。
「見つけた………。」
見えたのは真っ白な風景。強い結界に守られて、どこか神聖さを感じさせられるような場所のなかにお目当てのものはあった。
ぐっと開いていた掌に力を込めると魔法陣がパッと光が強く弾ける。
陣の周りをまわっていた円もその速度を上げ、アーディアルトの魔力の高まりとともに光も増した。
「……やはり少しキツイ……な。」
やはりというか、月神の魔力がそこにはいたるところに感じられ、それもすさまじいほど濃密で普通の結界とは桁違いに強力で入り込む隙がまったく感じられなかった。
やはりヴィートルの神殿なのだろうか
魔女は月神の半分の魔力を受け継ぐ者だというし、半分神様といっても差支えないだろうからそんな彼女が月神の神殿で暮らしていたとしてもなんら不思議なことはない。
ヴィートル全体の中心になる島だと聞いたし何しろ魔女がこの島に住んでいるのだから神殿もこの島にあると見るのが妥当だ。
そう考えると、もしこの結界に守られているのが月神の神殿ならば今彼は月神にめちゃくちゃ無礼な行為をしているのだが―――――。
「だが、舐めるなよ……。」
そんなこと、気にするか。
アーディアルトは自分の魔力の先を鋭くとがらせて無理やり結界に小さな穴をこじ開けると、そこに素早く自分の腕を突っ込んだ。
がしっと、ねじ込ませた掌に伝わる確かな感触。
やったか、と安堵した瞬間。
ビリッと彼に電流が走ったかのような衝撃が走った。
「……っ!」
思わず腕を引き抜こうとしたが、驚いたことにその魔力は先ほどまであんなにアーディアルトを拒んでいたはずなのに今度は逆に逃すまいと彼の腕を引き留めている。
――――――あははっ! 無理やり入り込んできたわコイツ!!
頭の中の遠くのほうで、知らない女の声が面白そうに笑っているのが突如聞こえてきた。
――――――あの子の服のためだけにどんだけ罰当たりなことしてくれるのよ!! 馬鹿すぎて呆れてくるわ!
艶やかな色香をにじませた声だ。が、なぜか爆笑している。
しかし馬鹿とは何か
彼女の言い草に少々ムッとした
少なくともリーシャが身に着けていたものというだけでアーディアルトの中でその価値は国ひとつ以上に大事なものに膨れ上がるのに。
――――――あの子も厄介なものに好かれちゃったのね。やっぱり私の分身だからそういうのを引きつけちゃうのかしら。
あの子? リーシャのことか?
分身
その言葉にアーディアルトは頭の中の声の主が誰なのか一瞬分かった気がした。
……まさか。
――――――ふふ、その通り。あなたが想像している通りの人物よ、私は。…人物って言っていいかは分からないけど。
無邪気な声で返してきたかと思うと、次の瞬間には1人の女の姿がまた脳裏に浮かび上がった。
現れた女性は
漆黒の艶やかな黒髪と、象牙色の肌。
どこをどう見ても20代半ばにしか見えないその人はアーディアルトに向かって何か含んでいるような笑みを向けていた。
品よく上がった唇はリーシャが桃色ならば、こちらは薔薇のような真紅色。
身長も高く、彼女より頭ひとつ分は高いだろう。
リーシャは幼さを残し、可愛らしい容姿ならば、彼女は成熟した大人の色香をまとわせた
まさに神々しい姿だった。
まさに、月のような輝きを持つ女神。
―――――似ていないでしょう? あの子と私。
ふふふ。と笑いながら女神は言う
確かに、女神の力を半分注がれた魔女であるリーシャの容姿とは瞳の色をのぞいてひとつも見当たらない。
―――――思いっきり私好みの身体に作ったからね。とっても可愛いでしょう?
女神が同意を求めてきたが、アーディアルトは当然そんなこと言われるまでもなく思っていた。
いや、可愛いなんてものじゃない。
もう人間の域を超えている可愛さだ。
どうしようもない愛おしさが込み上げてきて、どう対処すればいいのか分からなくなるくらいにただ、ただ彼女が愛おしかった。
ああ、早く逢いたい。お前に
この腕に抱きしめて、お前の香りに酔いしれたい。
離れてまだそれほど時間は立っていないのに、もう身体と心がリーシャを渇望していた
―――――パンゲアの大国の皇太子であろう人が、最も忌み嫌っているヴィートルの死神とまで言われている子に恋するなんて。……皮肉なものね。
女神が、複雑そうに呟く。
パンゲアとヴィートルはいつのころからか、互いに忌み嫌うようになっていた。
様々な生き物たちを太陽神とふたりで作りだしていく中で、太陽神が作りだした最も神に近い生き物。それが人間だった。
欲望に忠実なまま自然の理を壊していく人間をどうしても好きになれなかった月神
人間によって腐っていく大地。食い荒らされていく月神の子供たち。
人間は最初こそ神の意見を聞き入れていたが、そのうち自身の利益のためだけに神の意見を聞かなくなっていったのだ。
都合のいい時だけ神に縋りつき、逆に悪い時は神のせいにして責任転嫁した。
それに耐えきれなくなった月神は、自分の子供のひとつの種族が人間によって絶滅した時、ついに怒りが爆発し人間に神なる裁きの鉄槌を下した後、ヴィートルを創りだして子供ともども、そちらへ引きこもったのだ。
その裁きからしぶとく生き残った人間は理不尽な裁きだと憤慨し、これ以来月神を邪神として扱うようになった。
これが、今でも残るパンゲアとヴィートルの対立の根源である
―――――私はいまだに人間のことが嫌いだけど、あの子だけは別なのよ。幸せになってほしいし、………それが伴侶と呼べるような存在ができることでなれるなら尚更、ね。久しぶりに見つけた。私の半身と呼ぶにふさわしい子。……あなたがあの子に懸想するのは勝手だけれど、それにゼフェロンを巻き込ませるのはやめなさい。あの子と想いを通じ合わせたいなら。
女神の言ったことに、アーディアルトは慎重な面持ちで聞いていた。
つまり、彼女は彼に忠告しに来たのだ。
リーシャを想うなら、パンゲアにあるものすべて捨てる覚悟をしろ。と。
―――――まあ、それ以前に今のところリーシャはあなたに見向きもしていないようだけどね。
女神の無情な声が胸に突き刺さった
がくん。
と、膝が地に付きそうになる。
見向きもして、いない―――――?
アーディアルトは衝撃に打ちのめされたが、よくよく考えてみれば当たり前だ。
彼の狂おしいほどのこの感情に比べ、リーシャはまったく付いてきていない。
その事実に気付いた時、心臓をえぐられたような痛みが走った
嫌だ。好きなんだ。 こっちを見てくれ!
いつのまにか腕の拘束は取れていて、その手には自分の血にまみれた彼女の服。
それを抱きしめて、アーディアルトは歯を噛みしめる。
彼女がまだこちらに振り向いてくれないのなら、なにがなんでもこちらに向かせる。
もう彼女なしには生きていけないのだ。
リーシャのためならゼフェロンなど……いや、パンゲアなどもういらない。彼女が手に入るなら、もう何もいらない。
一生、お前を守り愛すと誓うから、
どうか。お前も俺のことを愛してくれ。
愛する君に、なにもかも捧げよう。
新たな誓いを込め、アーディアルトは手にするワンピースに口付けた。
―――――頑張りなさい。太陽神の神愛者。あなたなら、もしかしたらあの子を救えるかもしれない。
女神はそんな彼を見つめ、願いを彼に託した。
女神は気づいていた。
パンゲアとの戦争が始まってから、己の半身の様子がおかしいことに。
血で真っ赤に染まった自分を見て、なにも言わず表情も変えずに涙を流す彼女の姿を幾度も見た。その痛々しさに、女神は生まれて初めて自分が作り出してしまった魔女という存在を後悔した。
こんなことをさせたくて彼女を喚んだわけじゃないのに
だから女神は願う
願わくば、彼女の心に安寧が訪れるようにと
彼という存在が、彼女の心のよりどころになれるようにと。
たとえそれが、時間に限りがあることだったとしても―――――――。
またもや一発書き投稿なので文的におかしい点があるかもしれません(ごめんなさいっ
サブタイトルの内容になかなかいきつけないね!
月神の女神さま、まともにはじめて登場しました。
今のうちに伏線を張れるだけ張っときます(そんな文才ないですがw)