プロローグ
目が覚めるとそこは瓦礫と化した国だった。
焼き焦げた臭いが鼻をつんざく。
朧気に残る記憶。
……どうやら俺はこの国の王子だったらしい。でも――。
すでに滅んでしまった国。
そこのまだ五歳にも満たない幼い王子へと転生してしまったようだ。
亡国の王子である俺はおそらく追われる身となっているだろう。
幸いな事に社交の場に出ていないため、王子のことを知っている人間はそれほどいないかもしれないが。
そもそもどうしてそんな人物に転生しているのかわからない。いや、この場合は憑依になるのか?
とにかく今は生き延びることを考えよう。
それよりも……。
俺は手のひらを上に向ける。
すると、小さな火の玉が浮かび上がっていた。
魔法が存在する世界。
転生したばかりで追われる身になっている感覚があまりなかった俺は、少しだけワクワクもしていた。
なにせここは異世界で俺は魔法が使える。
状況は最悪かもしれないが周囲に人影もない。
国だけ滅ぼして何もせずに帰っていったのだろうか?
跡継ぎになりうる王子を残して?
不可解な事情ではあるものの、気にしても答えを得ることはできない。
なにせ、この世界のことで俺が知っていることは限りなく少ない。
この王子の記憶はうろ覚えにしか残っていない。
更に前世の記憶もかろうじてある程度。
つまりほとんど何も知らない状況で生きていかないといけない。
名前は……、いや、下手に王子とバレるわけにはいかないんだよな。偽名を考えよう。
名前はなし。無名……。よし、ムメイだ。
……あまりにもそのままだが、どうせ気付くものもいないだろう。
それよりも――。
「魔法って鍛えたら強くなるよな?」
期待が入り交じりながら俺は生きていくための物資がないかを探し、簡易的な寝床を作ったあと、魔法の特訓を始めるのだった。
◇ ◇ ◇
それからおよそ五年が過ぎた。
時間の感覚が曖昧なのは、この世界も同じ周期で一年が流れているのかわからなかったためだが、その間に俺は色んな魔法が使えるようになっていた。
俺を起点に半径一キロほどの距離に人や動物がいないか調べる探知魔法。
別の空間に荷物をしまう空間魔法。
等々の本来では魔法と言われる種類の魔法も使うことができたのは、前世でこれらがどういった魔法なのかを知っていたからかもしれない。
もちろん使えたわけではなく、書物や板のようなもので眺めたに過ぎないが。
その間、何度か人らしき気配は感じたが、しっかりと気配を消し、離れていくまで気付かれることはなかった。
瓦礫の山だった亡国の城も今は何もなくなっている。
魔法の実験で色々と使わせてもらったのだ。
城壁がどのくらいの威力で壊れるかの実験でうっかり消滅させてしまったり、ゴーレムくんを作る素材にしたり、色々とお世話になったので、なくなった際には悲しかった。
もちろん、それ以上立派な城を土魔法で一瞬で作る事ができるのだが、なんとなくそれはやらなかった。
小さな小屋を作り、そこで暮らしていた。
ただ、あくまでも小さいのは外観だけ。
中は空間を広げて、一人で暮らすには広すぎる程。
更にもう半ば消えかかっている前の世界の記憶を頼りに便利な家具達を魔法で作り上げているので、快適空間だ。
食材に関しても最初は苦労していたのだが、今では広大な家庭菜園と家畜牧場を作り上げた結果、何も困ることはなくなっていた。
もはや生活をするだけなら何も困らない状況が出来上がっていた。
やろうと思えば、この国を滅ぼした相手すらも襲いかえすことができるだろう。
しかし、それも誰かもわからない記憶で、前世同様既に朧気になっている。
そんなことよりも俺にはやりたいことがあった。
「よっし、今日はどんな魔法を試そうかな? 転移の魔法は試したけど失敗しちゃったんだよね。もう一度やってみようかな?」
ひたすら魔法を極めることだけに注力するのだった――。
◇ ◆ ◇
ムメイが地形すらも変形させながら魔法を極めているころ、近くの森で魔物に追われて逃げる少女がいた。
隣国、アストラシア王国ミーナ・フォン・アストラシア。
ムメイと同じか少しだけ年上の彼女は白のマントを身に纏い、綺麗な薄金色の長髪をなびかせていた。
ただし、そんなマントや髪も今は土や血で汚れている。
「はぁ……、はぁ……」
必死に逃げ惑うミーナ。
襲い来る魔物、オーガはニヤリと笑みを浮かべながらミーナのあとを追いかけていた。
ゆっくりとした動きをしているが、それは敢えてミーナが逃げられると思わせるための遊び。
ジワジワと追い詰めて獲物をいたぶっているに過ぎなかった。
「ど、どうして私がこんな目に……」
この辺りは人一人住めない、謎の魔法現象が起きるという魔の地である。
魔王でも住むのかと思われ、何度も捜索隊が組まれたが、何も見つけられず。
そもそも濃い魔力に当てられて、この辺りに住む魔物も凶暴化しているのだ。
何度も訪れられる場所でもなかった。
一節では数年前にここにあったとされる国の亡霊が暴れ回っているとも言われているが、その国はすでに記録から消されている。
もちろん、忘れられるほどの年月が過ぎたわけではなく、当時の状況を聞くことはできるのだが、あまりにも変貌しているために同じ場所かと疑わざるを得なかった。
そして、今回ミーナはある事情によりこの地に訪れていた。
ミーナは適性があるにもかかわらず、なぜか魔法が使えなかった。
ただ、魔力の異常現象が起きるこの地なら魔法に関して何かわかるかもしれない。
そう唆されて、国王より許可をもらい、この地を調査する冒険者たちに同行させてもらったのだが――。
しかし、それが既に罠だった。
同じく王位継承権を持つ兄弟、姉妹たちがミーナを亡き者にしようと仕組んでいたことだった。
冒険者たちは姿を消し、ミーナはBランク級の魔物、オーガに襲われていた。
――どうして私がこんな目に……。こんな場所へ来たがったから? やっぱり私には魔法を使う資格なんてないの……?
必死に逃げていたが、遂にオーガに追いつかれる。
今まで以上にニヤけた顔をするオーガ。
ミーナは目に涙を溜め、必死に生きる道を探す。
しかし、眼前まで迫るオーガの威圧に腰が抜けてしまう。
――ごめんなさい、お父様……。
全てを諦めかけたその瞬間に突然オーガに何かがぶつかり、そのまま倒れていた。
「あっ、また座標を間違えた……」
そして、オーガの頭上に小さな少年が浮かんでいたのだった――。




