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49.魔法薬学特別授業 2

 


「アスガルドの粉末をゆっくり溶かしながら、サイバルの粉末を一つまみ入れて······」

「わああ、ニーナ!『ゆっくり溶かしながら』だよ?煮立って熱湯にしちゃだめだよ!サイバル一旦テーブルに戻してね?」

「ん?じゃあ一度冷やしますね」

「わああ!ニーナ!凍らせたらだめだよ!薬効が無くなっちゃう!」


 私はユーリに教えを請いながらテスト範囲の調合を一からやり直していた。


「ふん、『魔法薬学の権威』が聞いて呆れますね」


 アロイス先生が鼻で笑った。


「くっ········予想外だ。ニーナがここまで調薬の才能が無いなんて」

「ニーナは予想なんて簡単に越えてきます。彼女の料理は奇抜で斬新。そんな彼女に調薬をやらせたら、当たり前のように奇跡の新薬が出来るに決まっています」


「ユーリごめんね?迷惑かけちゃうならやっぱりアロイス先生と二人でやるから······無理しないで?」

「そうです。あなたはいらないので帰ってください」


 アロイス先生がキッパリと告げる。


「嫌だよ!せっかくニーナと会えたのに!しかも僕の分野を僕が教えられないとか絶対有り得ないから!」


「はっ、これだから温室育ちは。ニーナ、私と一緒にやりましょう。時間がもったいない」


 アロイス先生が私の腰に手をかけて促した。ユーリには悪いが確かに時間が無い。今は短時間で効率よくテスト範囲を網羅しなくてはならないのだ。


「ユーリ、やっぱりアロイス先生に教えてもらうよ。私、あんまり成績良くないから今はテスト範囲をきちんとこなす(すべ)を覚えないと」


「ニーナ······」

「ごめんねユーリ」


「はい、そうと決まったらさっさと帰ってください。私はこれからニーナと勉強し、ニーナと食事をとり、ニーナと帰り、ニーナと寝ます」

「え?!一緒に住んでるの?!」

「住んでません。でも今週は強化合宿なので毎日先生のおうちにお邪魔する予定です」


 ユーリは何とも言えない顔をした。

「······ニーナ、僕は必要ない?」


「ユーリ。こうやって調薬させてもらえたのは、あなたが研究所から素材を持ってきてくれたおかげだと思う。感謝してるわ。でも、私は学生として今期末試験をこなさなきゃいけないの。今私に必要なのは、指導してくれる先生なの」


 ユーリは悲しそうに目をふせた。


「また、会いに来てもいい?」


 私は、以前アロイス先生に言われたことを思い出した。


『嫌いじゃないと言いましたね。あいつにはアレが全てだ。また君を求めてあいつは来る』


 ユーリは友達だ。友達の範囲でならまた会おうと気楽に言える。でも、恐らくユーリが私に求めているのはそうじゃない。アロイス先生が私を見る目にあるものと同じ欲をユーリも持っているのだと思う。



「ユーリ。私の一番は何があってもアロイス先生なの。この先なにがあってもそれは変わらない。だから私の一番にユーリがなることは絶対ないの」

「······僕じゃダメなの?」

「うん。アロイス先生以外は一番になれないの。たとえ先生がこの世から消えても私の一番は変わらない」

「ニーナ······僕は」

「家族にも恋人にもしてあげられない。魔力もあげられないしキスもしない。それを求めるならもう会えない。だけど友達としてなら、それならまた会えるよ」

「······友達なら?」

「うん。友達としてなら、また会おう。お喋りしてごはんは食べる。植物を植えて笑い合う。ユーリの話も聞く。友達としてなら」

「········君が一緒にいてくれるなら、友達でいいよ」


 ユーリの目からはらはらと涙が零れる。


「友達は、手を握ってくれる?」

「うん。いいよ」


 私はユーリと握手をし、ユーリは私の手に縋る様に泣き崩れた。両手でしっかりと私の手を握りしめ、膝をついて泣いていた。


 ひとしきり泣いて、ユーリは顔を上げた。


「ニーナの手は、いつも温かいね」

「······ユーリもあったかいよ」

「また、会いにくる。友達として」

「うん。私も楽しみにしてる。友達として」


 手を離したのに、彼は笑った。


 ユーリはまるで子供のように真っ白だ。あれだけ真っ白な心の大人が生きて行くのにどれだけの痛みを抱えてきたのだろう。彼の本質は、きっと最初にあった妖精のようなあの子。


 私が彼の友達ならば、あの子の痛みを受け入れる覚悟をこの先持たなければならないだろう。


 全ては受け止められないけど、話を聞いてあげるしかできないけど、友達なら、一緒に泣いて笑ってあげたい、そう思った。



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