レベル85 謀将が何を言っているかわからない
ヨートの拳が空を切る。
ほんのわずかに体を傾けたキースの左側へ。
キースはその伸びきった腕を押し、がら空きになったヨートの右脇腹を突く。
その薄い肉の下には肝臓がある。
ヨートは飛び退ることでクリーンヒットを避ける。
肝臓を殴られる痛みは体験したことがある。
師である拳聖にダメージ感覚の把握とそこからの復帰とかいう訓練を受けさせられたときだ。
ドン、という重い一撃のあと体の内側から鈍痛、そして身体機能が一気に低下し、悶絶する。
当時は立っているのがやっとだった。
今の一撃はそれほど重く無かったからダメージは食らっていない。
しかし、攻撃後の隙を狙われ、かつ一撃必殺にもなりかねない攻撃だったことにヨートは油断が過ぎたと気を引き締める。
そもそもだ。
キースが格闘技ができないと、なぜ決め付けていた?
”弓使い”だから、ローグ職だから、軍師だから、”謀将”だから?
ヨートは鋭い目でキースをじっくりと見る。
そこにいるのは、遠距離攻撃専門の弓使いではなく、拳聖クラスの達人だと認識を改める。
キースの格闘技経験はゼロである。
強いて言えば、魔王様と初めてあったときにテルヴィンをぶん殴ったのが最初である。
ヨートの鋭い蹴りを余裕をもって回避。
伸びきった足のひざを突く。
しかし、寸前でヨートは回避、距離をとる。
ヨートの放つ攻撃はどれも回避され、攻撃後の硬直を狙われる。
次第にヨートも、観衆も何が起こっているのかわからなくなっていた。
出そうとした攻撃を取りやめ、ヨートは再び距離をとり構える。
「何をしたんですか?」
「避けて殴ってるだけだが」
「そんな簡単に行くわけないでしょう!」
ヨートはまっすぐ突っ込んでくる。
キースはそれを避けようとせずに拳を突き出した。
「俺が知っているのはこれだけだからな」
「なにを!」
ヨートの攻撃が当たる寸前、キースは”魔眼”を発動した。
一般人なら動けなくなるほどの恐怖を与えるが、ヨートは一瞬動きを止める程度ですんだ。
しかし、その一瞬が全てだった。
”集中”していたキースの拳は”精密弓”の効果で弓が無くても最適な位置を調整する。
そう、突っ込んでくるヨートの顔面の前に。
「魔王様仕込みの一撃だ。効くだろ」
キースの拳がヨートに激突し、ヨートは吹き飛ぶ。
受けたダメージは自分自身の力、キディスでテルヴィンがやられたのと同じ技だ。
外気功の流れによって得た攻撃力がそのまま自分に跳ね返り、ヨートは飛ばされ、王城の庭の木に激突し、その木をへし折りながらようやく止まった。
ヨートは折れた木の中から立ち上がった。
そして。
「負けました」
と言ってぶっ倒れた。
歓声が沸き起こり、口々にキースを称える。
「キース!」
感極まったジェナンテラが飛びつく。
が、すでに体力の限界だったキースは押し倒された。
目を回している。
その様子を見て、ガランドは宣言した。
「この勝負、ジェナンテラ様の勝利」
意識はあったキースはなんでじゃ!と心の中で思ったがもうしゃべるほどの体力もなかったのだった。
その日の夕刻には、キースは起きだして溜まっていた書類仕事を片付け始めた。
二つの国を一つにする。
口で言うのは簡単だが、実行するのは難しい。
立案者であるキースにはやらねばならぬことはたくさんあるのだ。
「でも、今日みたいな試合なら、たまにはいいかもしれないな」
「いいわけないでしょ?」
一人で書類仕事をしていたキースの背後から怒ったような声。
キースの恋人ジェナンテラである。
「よ、よおジェナ」
「よおジェナ、じゃないでしょ? なんで起きて仕事してるの?」
「いや、この案件は今日決済しないといけないし、キディスも放置してきたからそのフォローもしなきゃだし……」
「あれだけ戦ったのに、馬鹿じゃないの?」
「トドメをさしたのはジェナだけどな」
「そ、それは悪いとは思ってるわよ」
恥ずかしそうにそっぽを向いたジェナ。
「ジェナの応援のおかげで勝てた」
「知らないわよ、そんなの。キースの実力でしょ」
「実力と言えば、実力なんだけど」
「ねえねえ教えてよ。どうやって攻撃避けたの?」
「私も、それを知りたいな、キース」
二人目の来訪者はヨートだ。
「むぅ、二人だけじゃったのに。まあよい、教えるのじゃキース」
実に自然というか、逆に不自然な口調変更である。
ヨートとジェナンテラの迫力に押され、キースは仕方なく口を開いた。
「ヨートの言っていた流れ、というのを俺なりに考えて見たんだ」
流れ。
力だか、魔力だか、気だかわからない何かがこの世界中を流れている。
その流れに乗って、攻撃を加えれば常にクリティカルになるという謎仕様だ。
ヨートのように流れが見えるものにとっては、常時攻撃クリティカルだ。
どうやらその流れは、強者はある程度操れるものらしい。
ファリオスが振るう剣は流れを掻き乱し散らせていた。
逆に言えば散っていく流れに乗れば、ファリオスの剣をかわすのは容易だということだ。
はじめに予測していた人間でレベルカンスト説は否定されたが、こっちのほうがよほど厄介だ。
レベルに関係なく、相手の攻撃回避、攻撃クリティカル(攻撃力アップ、防御無視)ならよほどステータスに劣っていなきゃ勝てるだろ。
それらのことを勘案すると、キースがヨートの直撃を食らう=即死という説が導き出される。
導き出したくなかった。
当たらなければなんとか、と言っていた人がいたような気がしたのでその方向でいくことにした。
「そこで俺は、流れとやらを見てみようとした」
「あれは適正がある人か、瞑想で常識をぶっ壊した先に見えるものですよ」
ヨートが丁寧に可能性を潰してくる。
そんなことはわかってるよ。
「目でじゃなくて、計算で」
「は?」
ジェナとヨートが何わけのわからないことを言っているんだ、という目でこちらを見てきた。
「実は一人の時に全方向攻撃を放って、それぞれのダメージ値を計算してみた」
放った矢は空気にダメージを与えたはず。
「ダメージ値を計算してみた?」
「基礎魔法スキルにあるんだよ”ダメージ視覚化”」
基礎魔法スキルは、全ての魔法スキルの基礎がいろいろ詰め込まれたカテゴリである。
このスキル群によって己に向いている適性を判別できる。
設定倒れ?
「あ、確かに。えい”ダメージ視覚化”」
ジェナンテラが不用意にそのスキルを発動する。
「え、ああああ、ヤバイ、これヤバイ奴! ”解除”!」
「そう、今のジェナの反応から分かる通り、全ての行動はごく微小ながら空気や地面にダメージを与えている。それが全部視覚化されると、まあ思い切り気持ち悪くなる」
「はじめに言えー!」
おう、怒った顔も可愛いぜ。
「で、キースはその状態で全方向に射出した矢のダメージ量を確認した、と?」
「無茶苦茶気持ち悪くなった。まあ、そんなのは些細なことだ」
「些細かなあ」
「些細ではないですよね?」
二人の視線は無視しキースは話を続ける。
「で、ダメージ量にバラつきがあった。もしかしたらダメージ計算式にランダムな要素があるのかもしれない。しかし、もし流れというものが存在しているのなら。そのダメージ量のバラつきの変遷で流れの動きを見ることができるのかもしれない」
それで、体力がつきるまでダメージ視覚化状態で全方向攻撃をし続けた結果。
流れには一定のパターンがあることがわかった。
だいたい、255通りくらいの変遷パターンだ。
「それを全部記憶して、ヨートとの戦いの際に流れのパターンを見極めればなんとかなると思った」
「私の恋人はバカだった」
「私のパーティーメンバーはバカだった」
二人は呆れたようだった。
「なんだよ、結果的に勝てたんだから良いじゃないか」
「キースは朝まで仕事を禁止します」
ジェナの宣言どおり、俺は朝まで寝台から起き上がることを許されなかった。
次回!ゴタゴタのおさまった魔王軍はようやく二国間の話し合いをはじめることになった!
明日更新予定です。