レベル72 値踏み
ヒノス公爵に案内されたキースは、白帝城の奥にある皇帝家の私邸ともいうべき区画にたどりついた。
「ここは、あまり立ち入らない方がよい場所なのでしょうか?」
キースの問いにアンティノラは顔をこちらに向けて答える。
「ただの貴族ならばそう思っていたほうが良いでしょう。しかし、我々公爵家は名実ともに皇帝家の縁戚。失礼が無ければそれほど気にすることはないと思いますよ」
「私は陛下との血縁関係はないのですが」
皇帝家に執拗に混ぜ入れられるヒノス家の血脈。
その当主は笑みすら浮かべず言った。
「ベリティス家はベルスローン帝国建国時からの忠臣、皇帝家との関係性は単なる血縁より深く固いものだと思います」
ベリティス様は帝国に一体何をしていたのか。
そうするうちに、アンティノラとキース、ジェナンテラは食事会が行われる部屋にたどり着いた。
本当に皇帝家の私的な食事にしか使われない部屋だという。
「陛下。アンティノラでございます。ベリティス公爵をお連れしました」
アンティノラはドア越しに声をかける。
すると、入れ、との応えがあった。
アンティノラはドアを開け入室する。
中は派手ではないが、良い品質の調度品で占められている。
大きく長いテーブル。
五脚の椅子が置かれ、テーブルの上には美味しそうな料理が並んでいる。
一番奥には一人の青年が座っている。
青年は口を開いた。
「待っていたぞ。新たなベリティス公爵。そして新生魔王軍の朱天の姫王殿」
皇帝はジェナンテラの心の傷をえぐってきた。
おそらく、無自覚なのだろう。
あの呼び方でジェナンテラが密かにダメージを受けているのをキースは知っている。
もし、それを皇帝が知っててやっているとしたら、なかなかのドSなのかもしれない。
頭を下げたままのジェナンテラの顔は真っ赤である。
「お招きいただきましてありがとうございます。皇帝陛下」
「よせよせ、堅苦しいのは今はやめだ。もっとくだけて食事をしようではないか」
無礼講とまではいかないが、楽しい食事会にしようということなのだろう。
うながされるまま席につこうとしたキースは、突然向けられた殺意ともいうべき視線を感じる。
思わず警戒レベルをあげて迎撃するべく体を動かそうとするキース、だが。
「なるほどな。最低限とはいえ、戦いに関するスキルを持っている、か」
皇帝は面白そうにキースのことを評する。
「試したのですか?」
「何か不都合が?」
さも当然という様子だった。
いきなり殺気を向けられてどう動くかを見られていたのだ。
ならばここで慌てるのは下策だな。
「いえ、特に何も」
「うむうむ、それは良いではないか。さあ、出てくるがいい。ベリティス公爵は許してくれたぞ」
部屋のすみからゆるりと現れでたのは、やけに剣呑な気配の男だった。
「ありがとうございます。陛下のお戯れにお付き合いいただいて」
年のころは二十代後半か。
キースのよく知る拳術家とよく似た雰囲気を持っている。
ということは。
「いえ、噂に名高きロクト殿の気であれば誰でもああなりましょう」
ロクトの名前が出た時、皇帝とロクトの目がすうっと細められたのをキースは気付いた。
さっきまで以上に見られている。
「私の方こそ時の人であるベリティス公爵に名を覚えていただきうれしく思います」
ロクトは頭を下げ、そして皇帝の後ろについた。
「このロクトには私の護衛をしてもらっている。なかなかの手練れだぞ?」
「では、陛下。そろそろ食事をはじめましょう。せっかくの料理が冷めてしまいますよ」
機を見たアンティノラが食事会の開始を告げた。
今の殺気は試したにしては強すぎたのだが、その話はこれで終わりのようだった。
キースは出された料理を食べる。
皇帝自ら食べているのだから毒はないと思ってパクパクと食べる。
「私は毒は入れておらぬが、誰かが入れたかもしれんぞ?」
冗談のような口調で洒落にならないようなことを皇帝は口にする。
「陛下が食べてらっしゃるので大丈夫と思いましたが」
「そうか。確かにそう思われてもしかたないか」
皇帝はいたずらげな笑みを浮かべる。
「私は幼いころからの訓練でパッシブスキル“毒無効”を会得しているのだ。だから、毒など気にせず食べている」
訓練でスキルを会得する。
言うのは簡単だが、実際にやるとなるとかなり苦しいものがあるだろう。
毒を死なないようにしながら摂取することで毒耐性を得ることはできる。
毒持ちモンスターと戦った冒険者がたまに取得することはある。
その上位スキルである毒無効はさらに多量の毒を死なない程度に摂取する必要があるらしい。
そうやってあの皇帝はスキルを会得したのだろう。
さてそうなると相手のことを毒殺し放題だな、とキースは思った。
ならば逆に皇帝は毒殺を使わないだろう、と推測できる。
同じものを食べて相手だけ毒で死ぬ。
これはかなり成功率が高い。
しかし、事前に皇帝は毒が無効だと情報が知られていたらほとんどの場合毒殺は失敗する。
だから、これは奥の手。
最大限の効果を発揮するときに、ここぞとばかりに使う技術なのだ。
だから、キースにそんなことをするはずがないので安心して食べることができるわけだ。
まあ、緊張しすぎてものの味がわからなかったが。
その後、当たり障りのない話をして、食事会はおひらきになった。
キースたちが去ったあと、皇帝ベルゼールは従兄弟にして義兄であるアンティノラに聞いてみた。
「新ベリティス公爵はどうかな?」
「……」
「アンティノラ?」
「あれは、何者なんですか……」
「何か見えたか?」
「陛下に匹敵する者など見たことがありません」
「ほう?」
「私の出した会話によどむことなく受け答え、かつ適切な返答をしてくるなど」
「そういえば藩王国削減問題も話し合っていたな。公はなんと答えた?」
「藩王国を増やし、権力を削減すべし、と」
「はっはっは。削減しようという話なのに増やそうか。面白いことを言う」
だが、理にかなっている、とベルゼールはうなった。
藩王国削減問題とは、現在十二国ある藩王国を少しずつ減らしていくことにどのような問題があるか、という問いだ。
属国である藩王国は、権力をかなり集めつつあり、すでに派閥の一つとして貴族や教会としのぎを削っている。
あまりにそれらが強くなりすぎると、皇帝家や大貴族の権益を揺るがしてしまう。
だから、ベルゼールは私的には藩王国を潰していきたいと思っているのだ。
昨年のハマリウムの件もその一環だった。
しかし、キース・ベリティスの考えは違っているようだ。
藩王は増やしつつ、その権力を減らす。
つまり、藩王を公爵や伯爵のような爵位として扱うということだ。
そして爵位とは家ではなく個人に与えられるもの。
藩王位が世襲でなければ権力の集中も妨げられる。
キース・ベリティスはそういう考えのようだ。
「ベリティス公の後継者に選ばれるだけはある、か」
「陛下、ヒノス公、お二人はキディスにて十三歳でローグギルドの幹部になった人物をご存知でしょうか?」
口を開いたのは皇帝の護衛ロクト。
「なんだ、いきなり」
「噂にしか聞いたことはないですね。しかし、十三歳で、ですか」
ローグギルドはある意味ならず者の集まり、そこで頭角を表した人物が十三歳というのはにわかには信じがたい。
「その人物の名はキース。姓はありません」
「同一人物、だというのか?」
「キース・ベリティス公はキディス出身と、そして職はローグ系統の弓使い」
「謎の多い人物ですな」
アンティノラはあごひげに手を触れながら言った。
「だからこそ、前のベリティス公が気に入るわけだな」
「彼が一応は帝国についてくれて助かりますな」
帝国の最高権力者たちは、新たなベリティス公爵に思いをはせた。
次回!キース君の評価がガンガンあがっています!さあキースの今度の一手はどこに打つ?
明日更新予定です。




