レベル71 都会は恐ろしい人ばかり
帝都のベリティス公邸は豪華過ぎず品の良い建物だった。
というくらいしか、キースには表現できなかったが。
そこに入り、皇帝からの呼び出しを待つ。
「そんなに待たされることはないはずじゃ」
優雅に紅茶を飲みながらジェナンテラはそう言った。
春、という季節はこういった貴族の代替わりが報告される季節でもある。
だいたいは前当主の引退(無理矢理なものも含む)といった比較的穏やかな代替わりが多い。
「ベリティス様は教えてくれなかったが、やっぱり帝国にも派閥的なものはあるんだろ?」
「それはもちろんあるにきまっておる」
ジェナンテラの説明だと、藩王閥、貴族閥、教会閥の三派閥がせめぎあっているらしい。
そこに中立かつ中堅で、どこかの派閥につけばバランスが引っくり返るベリティス公爵家があるという話だ。
藩王閥はかなりの勢力を持っているが、それぞれの藩の統治があるため、なかなか国政には関与できない。
しかし、最近一つの藩王国の勢いが増しているのだという。
「トネリコ・トラアキア。トラアキアの藩王じゃ」
キースが思い浮かべたのは人の良さそうな中年の商人のような男だった。
トラアキアの藩都が新生魔王軍によって陥落させられた時、魔王様によって救出された。
キースもその場にいたのでよく覚えている。
「なんでまたあの人が」
「立地条件の良さじゃろうな。帝都にも近く、大瑠璃海貿易の重要拠点でもある」
金も権力も手に入りやすいということか。
では、なんで今頃台頭してきたのか。
と、考えてキースはハッとジェナンテラを見る。
「キースの想像通りじゃ。わらわたち新生魔王軍がいなくなったから、余計な国防に力を割かなくてもよくなった、がゆえに権力を増したということよ」
「ま、それだけ、新生魔王軍を恐れ、評価してくれていたってことだろ」
「そう、じゃの。それなら犠牲になった皆も喜んでくれるじゃろう。そうならよいのう」
新生魔王軍は壊滅した。
幹部構成員で残ったのはジェナンテラとノーンだけだ。
倒したのは魔王様とキース達だったが。
「話は変わるが、次は貴族閥の説明じゃ。これを仕切っているのはヒノス公爵という。今の皇帝の祖母と母親、さらに正妃はこのヒノス家から出ている。外戚ゆえに大きな権力を持っている」
ヒノス家と聞いてキースは思い出す。
確か、キディス王国のベルナルド王の妃が帝国ヒノス家の出身だったはずだ。
ということは、キディス女王のアリサとは縁戚関係にあるわけだ。
何か利用できるか……?
「そしてもう一つの教会閥。これはバルニサス教会の神官らが大きな権力を持ったものじゃ。政治に参画する家としてグラールホールド家がある。ただし事実上の派閥の領袖は枢機卿のルベロースという人物じゃ」
「すうききょうって?」
「教会のトップは教皇聖下じゃが、その下に三人だけつく補佐役、それが枢機卿じゃ。そして、その三人は実質的に次の教皇候補でもある」
「そのトップがルベロース?」
「そうじゃ。ただ教会関係者はなかなか表に出ないので何か交渉する際には派閥の貴族に話を通す必要がある」
「たとえばグラールホールド家のような?」
「そうじゃ」
なるほどなあ、三つの勢力が三つ巴になっていてそこへベリティス家が様子をうかがっている感じか。
ベリティス家を敵に回すと他の勢力に付かれてしまう。
そうなると叩き潰される、か。
そういった説明が終わったころに、皇帝からの呼び出しの使者が訪れた。
さあ、いよいよだ、とキースは気合いを入れた。
「キース・ベリティスをベリティス公爵家の継承者と認める」
儀式は一瞬で終わった。
まあ、キースだけじゃなく、他の貴族の後継者も順番待ちをしていたので早く終わって良かったというところか。
それにしても。
ベルスローンの皇城である白帝城に入った瞬間から、キースは己を値踏みするような視線をいくつも感じていた。
「仕方なかろう。帝国勢力の均衡を破ることのできるベリティス家の後継者なのじゃから」
「ジェナンテラは平気そうだな」
「わらわに向けられた視線ではないからな」
なんというひどい女だとキースは思うが口にしない。
白帝城の庭は綺麗に整えられていて、見るものの目を楽しませている。
と同時に帝国の権力があれば季節の花々がそろった庭園など造作も無くつくれるということを示してもいる。
よく咲いているのは薔薇のようだ。
もちろん、キースはその咲き乱れる薔薇の種類などわかりはしない。
薔薇の庭園から、一人の女性がゆっくりと現れる。
銀の髪の法衣の女性だ。
明らかにキースの方を向いている。
「メレスターレ……殿」
メレスターレ・グラールホールド。
メルチの姉であり、教会閥のグラールホールド家の“聖女”。
“聖女”職を持つ人物は彼女しか確認されていないため、世界でただ一人のレア職の持ち主だということになる。
キースとはグランデ王国内戦時に共闘したことがある。
「まさか、アトロールの軍師殿がベリティス公爵の息子だったとは、思いもよらずその節は失礼しました」
メレスターレは美しい笑顔を浮かべたまま、頭を下げる。
「俺……いや、私はベリティス公とは血の繋がりはないのです。単なる養子です」
「ふふふ、ご謙遜を。いまやベリティス公爵とはあなたのことではないですか? それに血の繋がりもなく公爵位を継ぐことがどれほど凄いことか」
なるほど、そういう見方もあるのか。
と、キースは納得する。
で、あれば。
この縁は利用しつくしてやるとしよう。
「誉められるのには慣れてませんのでそれくらいに。メレスターレ殿とは今後も良いお付き合いをさせていただきたいものです」
「グラールホールドではなく、私とですか?」
「ええ。あんまりそちらの家の方と仲良くすると、ほら、こちらのあの方がすねてしまいますでしょう?」
「ああ、あの方ですね。ではわたくしたちはわたくしたちで良いお付き合いをしていきましょう。それにあの方にも、良い紅茶が入りましたとお伝えください」
「ええ。承りました。では」
と言ってキースはすっと歩きだした。
後ろからジェナンテラが突っついてくる。
「ずいぶん、仲が良さそうじゃのう? ……と、なんじゃ、その汗は!?」
キースはだらだらと冷や汗をかいていた。
やはり、帝国でも有数の実力者だ。
会話するだけでも頭を使いすぎる。
どこかでヘマをしていないか、キースは自分の会話を思い起こす。
たぶん、大丈夫だとは思うが。
「あれがグラールホールドの“聖女”メレスターレだ。ベリティス様は、俺がやがては世界でも有数の智者になると言ったが、それにはあんな怪物を超えなきゃならない」
「怪物……?」
「そう、怪物だ。あの短い会話の中で俺とベリティス様の関係を確認、魔王様の動向も確認、そのうえでハマリウム交易を押さえたことをアピール、だぜ?」
「そ、そんなことをしておったのか?」
「流せる情報は流したから、おそらく俺とは友好的にやってくれるみたいだ。敵にはならないだろうが、今後も大変だろうな」
「やっぱりキースは頭が良いと思うぞ」
ジェナンテラにそう言われてキースは照れながら頬をかく。
しかし。
「いや、俺程度なんてざらにいるさ。こうやってうろうろしていると、ほら」
今度は廊下の奥の方から、キース達へまっすぐ歩いてくる人物がいた。
キースと同じくらい背が高く、そして鋭い目付きをしている。
「あれは、アンティノラ・ヒノス……公爵」
「ヒノス家の当主、にして皇帝の義兄にして従兄弟、超がつく大物、あるいは化物」
貴族閥の領袖。
アンティノラはキースの前に来ると、わずかな時間キースを見た。
何を見ている?
「キース・ベリティス公とお見受けする」
「ご挨拶が遅れましたヒノス公」
「実は皇帝陛下が共に食事をしたいと仰せられまして、もし昼食がまだなら、とお誘いに参りました」
「それはありがとうございます。ぜひともご一緒させていただきたい。なにぶん田舎者でして、帝都の美味しい料理を食べたいと思っていたところなのです」
「それは良かった。では、陛下がお待ちです。参りましょう」
優雅な足運びでヒノス公爵はきびすを返し、歩き出した。
キースの胃の痛くなる一日はまだまだ続くようだ。
次回!皇帝と偉い貴族と食事会!キースは乗りきれるのか!
明日更新予定です。




