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バーテンダーと事件

「はぁ?」

 開店前で、他に客がいなくてよかったと、私は、思わず口走ってしまってから思った。

「たーくん、今、何て言った?」

「だから、和明の結婚式の帰りについでに、谷岡のお母さんに挨拶してきた」

「たーくんって、まだ、谷岡さんと付き合ってないよね?」

「だって、ミケ、お前、早い者勝ちって言ったろ?」

 言ったかもしれないが、絶対にそう言う意味合いでは言っていない。

「それにさ、谷岡も母子家庭だったから、春奈さんに参考までに聞いてみたら、母親の後押しが一番の決め手だったって言ってたから」

「何だかそれ、ズルい」

「大丈夫だ、今日プロポーズして、来週あたりに返事をもらう予定だから、それまでは内緒って言ってある!」

 それもそれでどうなのかと……。

 しかも、聞くところによれば、谷岡さんと共通の友人の結婚式で再開した際に、べろべろに酔った谷岡さんを家まで送り、谷岡さんのお母さんにあらかじめ好印象を植え付けておいたそうだ。

 何だか、やっぱりズルい気がした。


「今日は、谷岡さん来るの?」

「いや、それがまだ、返事がない」

 寂しそうにたーくんは携帯電話を見つめた。

 それから少しして、開店時間になり、私は黙々と仕事をし、たーくんは黙々と、カウンターの端で飲んでいた。

 そのまま数時間が経過した。

 だいぶ、客もまばらになったころ、たーくんの携帯が鳴った。

 慌てて携帯を見たたーくんは、しょぼくれた様子で携帯を置いた。

 ……何か、聞いてあげたほうがいいんだろうか?

 いや、むしろそっとしておいたほうが……。

 まあ、聞かなくても、この時間だし、状況的に、断られたんだろうな。

 少しの間しょぼくれていたたーくんは、再び携帯を手にすると、必死の形相でメールを打ち始めた。

 あの真剣なまなざしは、きっと、次の約束を何とか取り付けようとしているか、今日やはり会えないかと食い下がっているかどちらかだろう。

 その後、たーくんの携帯が鳴ることがなく、閉店時間になり、たーくんはしょぼくれた様子で帰って行った。

 私もたーくんも、谷岡さんがどんな状況下にあったかなんて全く想像もしていなかった。


 翌朝、テレビをつけると、見たことのある公園が映し出されていた。

 あれは、お父さんが入院していた病院の近くの公園だ。

 ニュースキャスターが、その公園で、レイプ事件の犯人が現行犯逮捕されたと伝えていた。

 その犯人の顔を、どこかで見たことがあるような気がした。


 その日は、父の大学病院の定期健診の日だったため、私は父を駅まで迎えに行くことにした。

 何となく、商店街のほうを歩いて、私はふと思い出した。

 そうだ、あの顔は、ここで谷岡さんに警察に連れて行かれそうになっていた、あの男だ。

 やっぱり悪いことしてたからあの時逃げ出したのだなと、私は一人で納得しながら、私は駅へと歩いて行った。


 私たちが病院についたのは朝だったが、すべての診察を検査を終えて病院を出たのは、夕方だった。

「少し休憩してから帰ろうか」という父の提案により、私たちは病院の近くのカフェに入った。

 そこは、私が、兄の結婚と父の余命を知らされた場所だった。

 父に悟られないよう、なるべく平静を装おう。

「あ、ごめんなさい」

 そう思った傍から、後ろの人に椅子をぶつけてしまった私は、今度は別の意味で平静を装えなくなりそうだった。

 私の後ろに座っていたのは、谷岡さんだった。

 その向かいにいる人物をちらりと見たが、それは、ササオカさんでもたーくんでもない、見たことのないイケメンだった。

 谷岡さんの新たな男の影に、たーくんの存在感は消え失せてしまいそうに感じた。

 いや、で、でも、谷岡さん友達多そうだから、男友達の一人かもしれない。

 それでも、後ろから聞こえてくる声の調子や雰囲気は、慣れ親しんだ友達と言うより、ほぼ初対面の二人のようだった。


「翠さんって、兄貴と付き合ってるんですか?」

 イケメンから質問された谷岡さんは、思いっきりむせていた。

「いやいやいやいや、付き合ってないよ」

 苦笑交じりにそう言われそうな相手が何となく想像がついたが、その人物と谷岡さんの前にいるイケメンには、あまり血の繋がりを感じられなかった。

「そうですか、よかった」

 イケメンが嬉しそうに言っている。

 このイケメンは、どうやら谷岡さんに好意を寄せているようだ。

 しかも、谷岡さんもまんざらではなさそうだった。

 たーくんの恋路には、新たな障害が立ちはだかろうとしていた。


 聞き耳を立てるつもりはないのだが、席が近かったため、否応なしに後ろのテーブルの会話が聞こえてきた。

「そう言えば、雅之(まさゆき)君は、昨日どうしてあんな時間に公園にいたの?」

「話すと長くなるかもしれないですけど」と、前置きをしてマサユキ君は話し始めた。

「一か月くらい前に兄貴から、レイプ犯を取り逃がしたかもしれないって言ってたのが、何だか気になって、昔探偵事務所でバイトしてたんで、そのツテで独自に調査してたんです」

 レイプ犯を取り逃がしたかもしれない一件と言うのは、商店街で見かけたあの時の事だろうか?

 そうだとしたら、イケメンの兄貴はササオカさんと言うことになる。

 世の中には似ていない兄弟もいるということだ。

「そうしたら、ここ最近、病院近辺の犯行も多いので、気を付けたほうがいいって言おうと思って、兄貴の家の前で待ってたんですけど……」

「そっかぁ、笹岡君、昨日夜勤だったもんね」

「そうなんですよ、それで、終電がなくなりそうだったんで、駅に行こうと思ったら、公園のほうから何か光が見えて」

 昨日……公園……何かあったような……。

「近づいてみてみたら、携帯電話で、そしたら、今度は、茂みのほうから声がして、声のほうに行ったら、ちょうど犯人が翠さんに刃物を振りかざしてて、そこからは無我夢中で、犯人を投げ飛ばしてました」

 えーっと、今の会話からすると、昨日の夜の公園で、例のレイプ犯に襲われそうになってたのは谷岡さんで、それを間一髪のところで助けたのがマサユキ君って言うことだろう。

 加えて、あのルックス。

 しかも、好意を寄せられては、女性として揺らがないはずがない。

 谷岡さんがピンチの時に、ふてくされて酒を飲んでいただけのたーくんとは天と地ほどの差があるように思えた。

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