とある少女の隣で
ようやく、一つの事件が終息した。玲佳も無事に退学を取り下げ、翔麗高校に残ることが決まった。これで万事解決、めでだしめでたし、───と行きたかったところなのだが、ボロボロになった絢瀬世奈を待ち受けていたのは、涙を流してしまうほどに過酷な日々であった。
まず、何よりも先に絢瀬はひとまず入院することとなった。身体中が傷だらけなのだから当然だが、問題はその先。
ボロッボロでぐっちゃぐちゃの血みどろになってしまった絢瀬を見た、浅倉華火からの大説教が待ち受けていた。『死なない』という約束こそ果たした絢瀬だが、それはそれとして傷を負いすぎた。その結果、自分の身を大切にするための講義を三時間にわたって聞かされる羽目となった。その説教の間も、襲撃がないか見張りを続けてくれていた平良修平には、絢瀬もすっかり頭が上がらなくなってしまった。
問題は更に続く。なんと、偶然同じ病院で治療を受けていた東秀道と病室が相部屋となってしまったのだ。流石に、病室で勝負を挑まれるといったことはなかったが、一宮玲佳についての想いの在り方や、侍という存在の定義について何時間も語りかけられることとなった。あと、寝るときのいびきがうるさいのも地味に大きいダメージだった。
そんなこんなで、無事に生還を果たしたはずの絢瀬はもうくたくただった。けれど、世界は無慈悲である。絢瀬には極めつけに極大の災難が降りかかった。
絢瀬が玲佳と付き合うことになったという情報が、あっという間に広まってしまったのである。いくら空中と言えど、地上からわりと近い高度で、叫ぶように告白したのがいけなかった。いずれ、そういったことも込々で、『嫌われ者』をやるつもりではあったが、入院中くらいはゆっくりしていたかった。それを聞きつけてか、あっという間に病院には襲撃者が相次いだ。病院側も厄介に思ったのか、絢瀬専用の隔離病棟(ほとんどプレハブ小屋)を建ててしまう始末である。平良も、襲撃者と愉快に戯れられている絢瀬を見て安心し、さっさと帰ってしまった。
というわけで、もはや入院する前よりも危険な日々を命からがら乗り越えて、なんとか絢瀬は退院という一日を迎えることが出来たのである。
そうして、……いや、だからこそ絢瀬は緊張していた。
四月二十日に入院してから、丸一週間が経過した。ごたごたしまくった影響で、その間、一宮玲佳とはずっと顔を合わせられていなかった。入院するときに別れてから、それきりである。
今日は、絢瀬が退院してから初の登校日、学校に行けば、当然玲佳とも会うことになる。
どこかそわそわしながらも、絢瀬は学ランを身にまとい、玄関から飛び出す。
(僕と、一宮さん……、本当に、付き合うことに、なったんだよな……)
どこか信じられないというか、つい都合のいい夢でも見てしまっているんじゃないかという猜疑心に駆られてしまう。
(会ったら何を喋ろう……。というか、僕はあの人の趣味とか好みとか、まだほとんど知らないんだよなー……)
付き合うことにはなったが、まだまだ二人には縮められる距離が残っている。前途多難、これから、長い時間をかけて、ゆっくりと紐解いていく必要がある。
(これから、やらなきゃいけないことは山積みだ。危険な連中の対処ももちろんそうだし、一宮さんと仲良くなるのだってそうだ。僕のこと、たくさん知ってほしいし、一宮さんのことだってたくさん知っていきたい。いつかは、華火や平良とも仲良くなって、皆で遊びに行くなんてのもいいかもしれない。案内人とだって、話しておきたいことが山ほど残ってる……)
これで、全てが片付いたわけではない。傾国の少女を取り巻く危険は、今でも確かに存在し続けている。だから絢瀬は、完全な『嫌われ者』をこれからも目指さなければならない。少女が笑顔でいられる世界を守るために、悲劇を彼女の世界から残さず根絶するために。
「……、」
そう考えてながら走っていた絢瀬だが、目の前に、見るからに危険そうな敵意剝き出しの恋敵たちが続々と姿を現した。
『おうおう、絢瀬! テメエ、あの一宮さんと付き合うことになったんだってなあー! だが残念。悪いけど、テメエの幸せな毎日はここまでだァ! なんでかって? テメエにはここで、この道路のシミになってもらうからよォ‼』
(……はっ、はは。ああそうだ、『嫌われ者』でいい。この世界を待っていたんだ……)
自身が予想した通りの展開となり、絢瀬は心の奥底でしかと手ごたえを感じる。そして、
見た目も口調もステレオタイプすぎる不良に笑いながら、絢瀬は恋敵たちに告げる。
「……おい、アンタら。一宮さんの恋人であるこの僕を邪魔しようってんだ。当然、相応の覚悟は出来ているんだろうな?」
わざと、一宮玲佳と親密であることを挑発し、『嫌われ者』の純度を高めていく。
これがいつか、少女の平穏を形作ると信じて。
「行くぞ───」
そうして、絢瀬は、目の前で絢瀬への苛立ちをあらわにしている軍勢へ挑みかかった。武器を振るわれようがお構いなし、襲い掛かる一人一人の意識だけを、正確に奪っていく。
これが、これから絢瀬が歩む道。傾国の少女と対等な、『絶対』になるための試練。
それでも、絢瀬は笑っている。一宮玲佳が笑っていられるためなら、こんな小さな逆風、軽く乗り越えられる。
何度も襲われ、気が付けば、絢瀬は学校までもう少しというところまでやって来ていた。
流石に恋敵たちの残機も一旦は底をついたのか、襲い掛かってくる人間の波が止まった。
(……そういえば、ここ……)
丁度、絢瀬が立っている場所。その数メートル先は、思い入れもあるあの曲がり角だった。
絢瀬はここで、初めて一宮玲佳に認知され、彼女と会話を交わした。
一か月も経っていないのに、その出会いがどこまでも遠い昔のことのように感じられる。
(───、!)
そこで、絢瀬は何かに気が付いて走り出した。
その角の先で、誰かが自分のことを待っているような、そんな気がしたから。
曲がり角を曲がる。
すると、その先には彼女と出会ったときとまったく同じ景色が広がっていて、
その中心に、一宮玲佳が立っていた。
玲佳は、やって来た絢瀬に気が付いたようで「あっ!」と声を上げた。そして、
「───おはよう、世奈くんっ!」
屈託のない笑顔で、少女は挨拶をしてくれた。今なら、少女はこんな表情だって見せてくれる。あのときとは、立っている位置も、言葉に含まれている感情も、まるで全てが反対だ。
少女が当たり前のように挨拶をしてくれたことに、絢瀬は思わずドキッとする。絢瀬は努めて冷静そうに表情を保ち、けれど、隠し切れない喜びを声に含ませて、
「おはよう! 一宮さん」
と、挨拶を返した。
少女は、それを喜んでくれた。
だから絢瀬は玲佳の隣へと並び立ち、共に歩き出す。
二人の物語は、これから始まっていく。ここからが、彼らにとっての本番だ。
きっと、これからも数え切れない悲劇が、二人を襲おうとするのだろう。
それは、絢瀬世奈を傷つけようと、何度も何度も彼の前に立ちはだかるのだろう。
けれど、
今の絢瀬世奈なら、どんな困難だって、乗り越えることが出来る。
一宮玲佳が支える少年が、そんな簡単に屈するはずがない。
そう、この先ずっと、
嫌われた少年の隣には、傾国の少女が立っているのだから。




