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第55話 治された子どもたちが、壊される場所

春の門は、病院の入口によく似ていた。


白く塗られた壁。

整えられた動線。

人を流すための構造。


違うのは、ここでは誰も横にならないということだけだ。


エメリクは門の外から、列を眺めていた。

入学式の日だ。


並んでいるのは子どもたち。

その後ろに立つ親たちの顔に、見覚えがあった。


——あの癒院の。


病院の廊下で見た顔


包帯を巻いていた腕。

夜勤明けの目。

帳簿の前で黙り込んでいた背中。


数か月前まで、エメリクはそこに立っていた。

病院の中で。


内科医。

看護師。

薬剤師。

森で薬草を集める者。


彼らの共通点はひとつ。


自分の体を削って、他人を保たせていること。


その子どもたちが、今ここにいる。


「この子は、元気になりました」


看護師の母親が、子どもの肩に手を置いて言った。


「去年は、ずっと寝てばかりで」


「でも、癒術のおかげで」


言葉の途中で、母親は口を閉じた。

癒したのは誰か。

癒されたのは何か。


それを語る場所ではないと、彼女は知っている。


子どもは前を向いていた。

その目は、少しだけ緊張している。


——この子は、もう“患者”ではない。


だが、それは本当に終わったのだろうか。


教室という次の病室


教室に入ると、空気が変わった。


整然と並べられた机。

一定の距離。

一方向の視線。


病院のベッドと、よく似ている。


違うのは、ここでは 「治る」ことが前提にされていないことだ。


教師が入ってくる。


年配の男。

この学校で育ち、この学校で教え、この学校で評価されてきた。


「では、始めます」


その声に、子どもたちの背筋が伸びる。


——この反応も、病院で見た。


「できるかどうか」を測る


最初に黒板に書かれたのは、数字だった。


説明は短い。

質問もない。


「分かる者は手を挙げなさい」


数人の手が上がる。


教師はうなずき、満足そうに言う。


「よろしい」


次に、こう続けた。


「分からない者は、努力が足りません」


誰も手を挙げない。


だが、分からない者はいないわけではない。


分からないと言っていいか分からないだけだ。


医療の現場では、逆だった


エメリクの脳裏に、癒院の光景がよぎる。


「どこが痛いか、分からなくてもいい」


「違和感でもいい、言ってくれ」


そう言われて、患者は初めて口を開いた。


ここでは逆だ。


「分からない」は、努力不足。

「違和感」は、甘え。


——この場所は、症状を聞かない。


仕分けが始まる音


教師は、自然な流れで子どもたちを分けていく。


答えられる子


答えられない子


だが、より重要なのは別の線だ。


教師の視線が向く子


向かない子


視線を向けられる子は、質問される。

質問される子は、考える時間を与えられる。


視線を向けられない子は、命令だけを受け取る。


「書きなさい」

「覚えなさい」


——治療で言えば、投薬だけして診察しない状態だ。


「何が分からないかが分からない」


しばらくすると、変化が起きる。


分からない子は、

自分が何を分かっていないのかを失う。


質問する力を奪われるからだ。


病院なら、これは危険信号だ。

だが、教室では「静かで良い子」になる。


エメリクは、拳を握った。


——この構造、知っている。


医療と同じ“予言”


癒院でも、似たことが起きていた。


「回復が遅いですね」

「体質でしょう」


そう言われ続けた患者は、治りにくくなる。


教師も同じだ。


「この子はできない」


そう判断された子は、

できなくなる方向に環境が整えられる。


これは偶然ではない。

心理の作用だ。


だが、この教室では、

それが“能力”と呼ばれる。


エメリクの視線


エメリクは、教室の後ろからそれを見ていた。


子どもたちの中に、見覚えのある顔がある。


薬剤師の娘。

夜遅くまで帳簿をつけていた男の息子。


——あの大人たちは、壊れながらも耐えていた。


だが、この場所は。


壊れる前提で、子どもを並べている。


「ここも、次だな」


エメリクは、誰にも聞こえない声で言った。


病院の次に、

癒さなければならない場所。


それが、ここだ。


だが、病院と違って、

ここには「症状」という言葉すらない。


あるのは、


評価


序列


従順


そして、

「勉強が嫌いになった」という結果だけ。


門を出る子ども


式が終わり、子どもたちが出てくる。


朝とは違う顔だ。


期待は薄れ、

緊張が疲労に変わっている。


母親が聞く。


「どうだった?」


子どもは少し考えてから言う。


「……分からなかった」


その一言が、

この章の始まりだった。

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