第21話――“夜明けの壺と、燃える年”
夜。村の中央にある丸太小屋の広場では、薪がぱちんと弾け、火の赤い光がゆらいでいた。
ヨハンが壺を抱えて歩いてくる。
素焼きで、表面に細い傷が走り、まるで水脈の地図のようだった。
「ヨハン、それ……新しい壺か?」
エメリクが火の前で草履を脱ぎながら聞いた。煙が静かに上へ昇る。
「“マナの壺”です。教会領の古文書庫で見つけました。
蓋を開けると……中身は減らない、と書かれていました」
ヨハンが小さく笑う。火の赤が頬に映った。
「減らない飯なんて、そんな都合のいい話あるかよ」
エメリクは苦笑しつつも、壺に目を奪われていた。
「ええ、僕も信じてません。ただ……飢饉の兆しがあります。
北の村で“魚”が取れなくなっているらしいんです」
「魚が?」
火が強くなり、ぱち、と音が跳ねる。
「ええ。古い記録では、時代が大きく変わる時、
“魚の時代が潮の底に沈み、壺を持つ者が道を示す”とあります」
「魚の……時代?」
「象徴です。魚が司る時代から、“水を運ぶ者の時代”へ変わる、と」
エメリクは空を見上げた。夜空には雲が薄く流れ、
星がゆっくりと瞬いている。
「確かに……最近の空は、風の向きが変わった気がする」
ヨハンはうなずく。
「そして今年は“火”の年です。
村歴士に聞いたんですが、来年と再来年は、
燃える獣が南から昇る年――“丙午・丁未”だそうです」
「火の年が続くと……どうなる?」
「乾きます。大地も、人の心も。争いごとも増えます」
火がごう、と強く揺れた。
まるで、未来の予兆を示すように。
「で、試してみましょう」
ヨハンが蓋を開ける。中には白い麦の粒が少しだけ。
エメリクは薪を一本くべながら言った。
「その麦、何度見ても同じ量だったら……信じるぞ」
「僕も信じたいです。でも、奇跡なんて本当は……」
ヨハンは言いかけて、ふと壺の底を覗き込んだ。
「……あれ?」
「どうした?」
「……底が、さっきより、白い」
麦が……わずかに増えている。
エメリクは息を飲んだ。
火の音だけが、静かに空気を満たした。
「これが……“時代の変わり目”ってやつか?」
「かもしれません。魚が減り、壺は満ちる。
そして、火の年が村を試す」
「つまり、今年と来年で村が決まるってことか」
「はい。今のうちに“食料の柱”を作るべきです」
「柱?」
「麦を植える日、豆を植える日、
冬至の夜に畑の“始まり”を決める日も。
この村専用の暦を作りましょう。
ただし、それが“神の名”に触れないよう……
動物や季節風の名前で置き換えて」
エメリクは深くうなずく。
「よし。その壺……村の真ん中に置いておこう。
いいかヨハン、これは“奇跡”じゃない。
俺たちの“新しいやり方”の象徴だ」
薪がぱちん、と大きくはじけた。
火の粉が夜空に舞い、星の光に溶けて消えた。




