怒りの業火で火傷するわ!
木の陰から現れた奴らは五人。そのうちの一人が声を上げる。
「俺たちの気配に気づくとはなかなかできるみたいだがこの数の差じゃ命を無駄にするだけだ。大人しくその馬車と金目の物を置いていきな」
男たちは薄汚い笑いをしながら近づいてくる。心臓が破裂してしまうかと思うくらいにばくばくと動いている。逃げなければと思うも体は緊張でうまく動かない。ゴブリン相手に練習していた戦闘訓練など全然役に立っていない。
バルバトスのおっさんが身を屈めると、矢が弓から発射されたかのようなスピードで男たちに迫った。
「抵抗する気か? っこんの!」
一番近くにいた男は剣を上段に構えるが、振り下ろすことも出来ずに喉を突かれ絶命する。あっさりと人が死ぬのを目の当たりにし恐怖で心がいっぱいになる。
「野郎っ! よくもっ!」
横から切り込んできた男の剣をバルバトスのおっさんは流れるような動作でいなし、男がバランスを崩したところにすかさず首を切りつけた。
「いでぇ! ぢがっぢがぁ!」
武器を投げ出し首から流れ出ている血を必死で抑えているが、あの出血量では助からないだろう。
「ふんっ!」
バルバトスのおっさんはすぐさま次の男に切りかかる。しかし剣ではじかれていまい距離を取られる。
「くそ! 囲んで一気にやるぞ!」
男は仲間に声をかけるとバルバトスのおっさんを三方向から囲んだ。じりじりと距離を詰めてくる男たちに対しバルバトスのおっさんは微動だにしていない。後ろに回った男が切りかかるが、まるで頭の後ろにも目がついているかのように横にずれてあっさりと躱した。お返しとばかりに切りかかってきた男の腕を掴み無理矢理に右から迫ってきている男にぶつける。
「うわあ」
ぶつかった男たちはたたらを踏むが倒れはしなかった。バルバトスのおっさんはもう一人の男に向かって剣を突き出すがすんでのところで躱されてしまう。持ち直した二人が迫り同時に切りかかってくる。さらにもう一人も横薙ぎに剣を振るう。
「危ないっ!」
俺はとっさに叫んでしまった。しかしバルバトスのおっさんは転がって横なぎにしてきた男の横を通りすぎ危機を脱する。さらに立ち上がる際に男の足を切り付ける。悲鳴を上げながら男は倒れ、バルバトスのおっさんはその頭をガスッガスッと何回も踏みつける。
「あの男なかなか強いのう」
エルが緊張感もなく暢気につぶやいている。だが確かに強い。一対五をものともしていない。
バルバトスのおっさんは踏みつけていた男の首を切り付けとどめを刺した。
「お、おい」
「ああ……」
完全に目論見のはずれたであろう男たちは目配せをすると急にこっちを振り返り走り出した。
「くそっ! 兄ちゃん! なんとか持ちこたえてくれよ!」
バルバトスのおっさんが後ろから一人切り伏せるが必死の形相をした最後の一人が迫ってくる。
「う、うわああああ!!」
俺は持っていた槍をがむしゃらに突き出したが男の振るった剣にはじかれてしまう。バランスを崩したところに男の持った剣が迫ってくる。
あ、死んだ、と思ったとき目の前の男の頭がバンッと音とともに爆散した。
「ぬぅ、予想以上の威力じゃのう。ブルーノめ、何が爆竹程度じゃ」
爆風を受けて尻餅をつき倒れてしまう。どうやらブルーノは俺には何もくれなかったがエルにはいろいろ渡していたようだ。
自分が生きていることを確認し、改めて周りを見渡すとエルが声をかけてきた。
「大丈夫かの、陽介。ちょっと顔に血がついておるぞよ」
エルは隣に座るとローブの裾で俺の顔をぬぐってくれた。心臓は今だばくばくと高鳴っている。お礼を言わなきゃと思うがうまく声がでてこない。バルバトスのおっさんが走って近づいてきた。
「兄ちゃんたちすまねえ! あいつらが近づいてきてたことに全然気づかなかった! 許してくれ!」
「……え、でも」
やっと声が出るようになっていた。
「バルバトスさんってあいつらの仲間なんじゃ……」
「そんなわけねぇって。タイミングが絶妙に悪かったのは確かだけどよ。あいつら弓持ってなくて助かったぜ」
いかつい顔を歪めてすまなそうにしている。俺は心臓の高鳴りが少しおさまってきたのでのそのそと立ち上がる。俺のことを気遣ってくれてか、エルも一緒に立ち上がって手を握ってきてくれた。
「いったいどういうことだったんですか……?」
「いやあ、兄ちゃんノリがいいからよ。なんか思わせぶりなこと言って、”野郎ども! 出てきな!”っていう盗賊ごっこっていうのか? 一度やってみたかったんだよな」
しょうもな! 紛らわしいことしやがって……。その気持ちは少しわかるが時と場所を考えてほしい。
「そしたら兄ちゃんが後ろをやけに警戒するから振り向いたらいつの間にかあいつらがいるときたもんだ。まさに吃驚仰天よお」
「バルバトスさん……本当に盗賊かと思いましたよ」
「すまねえすまねえ。しかしお嬢様が投げたやつはすげえ威力だな。あれをオレに投げつけられたのかもかと思うとぞっとするぜ」
頭をポリポリ掻いて少しおどけるおっさん。俺はじと目で見るが動じた様子はない。
「思わせぶりなことを言ってって言ってましたけど、さっきのことは全部演技だったんですか?」
ただの冗談だったならどこまでが冗談だったのか確認しておかねばならない。
「んー、そうだな……。よし兄ちゃん、腹割って話さねえか?」
「……というと?」
「実は最初からそのお嬢様が魔族で、兄ちゃんが一緒に街中をうろうろしてたのを知ってたぜ」
最初から? ならいったい何を企んでいるんだ?
エルの手を握っている右手が強張る。
「情報収集が得意な知り合いがいるからな。今回みたいなきな臭い依頼のときには下調べは必須ってこった」
時間がなかったとはいえアイーシャさん、もろばれでしたよ。
「ただ兄ちゃんたちが逃げている理由がいまいちわからねぇ。なんとなくは予想できるが……確信が持ててるわけじゃねぇ。
どういう相手が敵になってるのかがわかんねぇ以上、対峙した時に後手後手に回らなけりゃならねぇ。何から兄ちゃんたちを守ればいいかがわかればより安全にマギラスまで行けると思うんだが……どうだ?」
昨日の今日だからそこまでは情報が流出していないのか。
ここはバルバトスのおっさんを信じてみるべきか……? いや今はバルバトスのおっさんを頼るしかない状況だ。選択肢はない。
「わかりました。では――」
「おっと待ちな兄ちゃん。こんな血生臭ぇところで話すよりは先に進みながら聞かせてくれたほうがいいんじゃねぇか?」
「……そうですね。そうしましょう。でもこいつらの死体はこのままでいいんですか?」
「ほっとけほっとけ。時間ねぇんだろ? それにほっといたって誰かが片付けてくれるさ」
魔物が寄ってきたりアンデット化したりはしないんだろうか? 気になるところではあるが時間がないのは確かなので放っておこう。
スープに使ったカップを泉で軽くすすぎ荷物を馬車に詰める。エルはさっさと馬車に乗り込んでもらった。馬に目を向けるとあんな騒ぎがあったのに暢気に寝ていた。
「根性あるっていうか……なんも考えてねぇんじゃねぇか? この馬……」
バルバトスのおっさんは少し呆れたように馬を起こして馬車に繋いだ。馬は起こされて少し機嫌が悪そうだったが軽く鞭を入れるとすぐに走り出した。
「さて兄ちゃん、聞かせてもらおうか」
俺は御者台に近付いてバルバトスのおっさんにこれまでの事情を話した。エルがドラゴンに乗ってきたことから偽物の王女が現れて処刑されそうになったところを逃げ出したところまであっさりとではあるが誤魔化さずに全て伝えた。
「へぇ、第三王女で魔力を封じられたねぇ……。聞いてた話と違うのはそれでか……なら――」
「え? 聞いてた話ってなんです?」
馬車の振動音が激しくバルバトスのおっさんの呟きがうまく聞き取れなかった。
「いや何でもねぇ。気にしないでくれ。
しかし……さっきは人には秘密がつきもんって言ったが、兄ちゃんがいったい何者なのか聞かせてはくれねぇかい? 魔族の言葉が喋れることといい兄ちゃんはあまりにも不自然すぎるぜ」
「それは……」
はたして言ってもいいものだろうか。いや、ここまで事情を話してしまったのだからここで不信感を持たれないほうがいいだろう。
「……俺は異界人なんです」
「異界人だって? しかし新たに召喚されたとは聞かねぇぜ。いまいち信じられねぇな」
「一か月ほど前にブルーノっていう元宮廷魔導士が個人で俺を召喚したんです」
「個人でねぇ……。そんなしょうもない嘘をつくとは思えねぇし、信じてみるがよ。兄ちゃん、異界人ならあほみたいに強いんじゃないのか?」
うう、答えたくない質問が来てしまった。
「ブルーノが召喚のときに魔石をけちったので俺の魔力はほとんどないんですよ。だからものすごく弱いです」
「へぇ、魔石をけちると弱くなるのか。そりゃあ災難だったな」
「ただ俺には言語翻訳の能力だけがありました」
「言語翻訳?」
「はい。たぶん……ですがどんな言葉でも理解できるし話せます。その言語で書かれたものも読むことができます」
「なるほどなるほど、そりゃあすげー能力じゃねぇか」
確かに便利な能力ではあるが、できれば戦闘系の能力のほうがよかった。
「兄ちゃんとは長い付き合いをしてぇから、お返しと言っちゃなんだがオレの魅力の一端を教えてやろう」
魅力の一旦? どんなことだろう。くだらないことだったら問答無用でど突こう。
「護衛雇う時よくマギラスに行くやつって聞かなかったか?」
「そういえばそうでした。ってことはまさか魔族と通じてるとかですか?」
それならものすごく都合がいい。まさに今回の件には適任だろう。
「いや、そこまでじゃねぇが知り合いくらいはいる。それに魔族の言葉も不自由なく喋れるぜ」
なんと俺の価値がまた下がってしまったじゃないか。でもまあめんどうがなくていいか。
「ならエルの前ではなるべく魔族の言葉で話してもらってもいいですか? 毎回通訳するのもあれですし」
「そりゃもちろんだぜ。あとこれはお願いになるんだが、王城に乗り込むときはオレも連れてってくれやしねぇかい?」
マギラスについたらバルバトスのおっさんは護衛終了とばかり思っていた。王城にエルと俺だけで乗り込むよりはちゃんとした戦力があったほうがいいに決まっている。偽物を用立てた奴らに武力で攻めてこられたら対抗できるとは思わないが心強いことは確かだ。逃げる時間くらいは稼いでもらおう。
「それは願ったり叶ったりですよ。でもなんで王城に行きたいんです?」
「あー、そうだな……。まあ言ってもいいか」
バルバトスのおっさんは困ったように考え込んでから返事をした。
「昔なじみの知り合いがいてよ。ちょっとそいつに会いたくてよ」
昔なじみの知り合い……人間と魔族って交流はないんじゃなかったのか? まったくないとは言えないらしいがなぜ傭兵のおっさんが王城にいるような魔族と知り合いなんだろうか?
「別に血生臭ぇことにはならねぇから心配すんなって。くわしくは言えねぇがその秘密がオレの魅力を数倍に高めてるってことで納得してくれや」
いったいどんな魅力だ。納得したらバルバトスのおっさんが魅力的と認めなきゃいけないじゃないか。
「兄ちゃんたちには迷惑かけねぇって」
「わかりました」
へへへ、と調子よく笑うバルバトスのおっさんには何を言っても無駄だろう。偽物の一派がどう出てくるかもわからないし、あとはなりゆきに任せるしかない。今は逃げることに集中しよう。
「そうだ兄ちゃん、吊り橋効果って知ってるか?」
「? ええ、知ってますよ」
いったいなんだろう。このおっさん何を言い出す気だ? 嫌な予感がしやがる。
「さっきの盗賊はなかなか危険だったよな」
危険だったのは確かだが……エルがおっさんに惚れるとでもいうのか?
「兄ちゃん、オレに惚れると……火傷するぜ?」
「惚れねぇよ! なんで俺がおっさんに惚れることになってるんだよ。怒りの業火で火傷するわ!」
「ははは、照れるな照れるな!」
このおっさんに真面目に取り合うのがばからしくなってきたのでエルの方に近づいておっさんとの話を説明した。
「なんと! ならもう黙ってなくてよいのじゃな」
今まで完全に黙ってたわけではないが、しゃべるのは控えていたので嬉しそうに笑っている。
ならば、と言うとエルはバルバトスのおっさんに近づいて話し始めた。
「エル・アザリア・マギラスじゃ。よろしく頼むぞよ」
「おうエルお嬢様、バルバトスだ。オレに惚れたら火傷するぜ?」
おっさん、もしかしたらそれが言いたいだけじゃね?
「おお、なかなか我らの言葉がうまいのう。でも残念じゃがアタシが惚れているのは陽介だけじゃ。あきらめるのじゃ」
エルのやつ……恥ずかしいことを……。そんなこと言われると聞いてるこっちが照れてしまうじゃないか。
「おいおい兄ちゃん、隅におけねぇな! でもこれじゃあ恋の三角関係になっちまったな!」
「なってねーよっ!?」
「三角関係じゃと!? では陽介はバルバトスに惚れたのかの?」
「なんでそうなるっ!?」
なにをエムトさんみたいなことを言い出してるんだこのおっさん! エルも素直に信じるんじゃない!
バルバトスのおっさんとエルに話をさせておくのは不安があったが逃げ出してからの緊張が少し解け、眠気が襲ってきたので少し眠らせてもらうことにした。
「少ししたら起こすぜ。日が高いうちにオレも寝ておきたいからな」
「はい。お願いします」
しばらく深い眠りについていると、ぺちぺちと頬を叩かれている感触があり、徐々に目が覚める。
「陽介、バルバトスが交代してほしいと言っておるのじゃ」
「……ああ、ありがとうエル」
ぼうっとする頭を振って意識を覚醒させる。御者を交代するためにのそのそと前方に向かう。夜の見張りをバルバトスのおっさんに任せる以上、日が高いうちに休んでもらことになっていたからだ。
「バルバトスさん、ありがとうございました」
「おう、起きたか兄ちゃん。この馬のおかげで予定よりもだいぶ先に進んでるぜ。一回追手らしき奴らに止められたがよ」
「本当ですか? 全然気が付かなかったですけど」
「二人組のやつが来て止められたんだがよ。エルお嬢様が魔道具を使ったらまったく気にした様子はなかったぜ。すげーなあれ、あんな魔道具聞いたことなかったぜ」
バルバトスのおっさんですら知らない魔道具、ものすごくレアなのか? やはり没収だな。ブルーノにはもったいない。俺が有効活用しよう。
「このままのペースで行ったら野営予定地より先の場所までいけるぜ。地図に印が書いてあるからそこを目指して行ってくれや」
「はい、わかりました」
馬車を走らせながら場所を交換して手綱を握る。馬の身体強化の魔道具の魔石をチェックするがまだまだ使えそうだ。
「じゃああとはよろしく頼むぜ兄ちゃん。なんかあったらすぐ起こしてくれよ」
「はい。お休みなさい、バルバトスさん」
「お休みなのじゃ、バルバトスよ」
バルバトスのおっさんはすぐさま寝息を立てている。眠れるときに眠る。流石は傭兵といったところだろう。
日の傾きから俺が寝ていたのは二時間くらいだろう。追手に止められたらしいが大事にならなくてよかった。
特にトラブルもなく野営地に着いた。エルと話をしていたが途中からエルが寝てしまったので走ってる馬相手に話しかけて気を紛らわした。馬は全く聞いていなかったと思うが。
途中の町や村で追手が待ち伏せしているのではないかと気が気じゃなかったが目の前を通っても特に問題は起きなかった。
一日目は野盗に襲われることはあったが移動距離で考えれば順調に進んだ。このペースでいければ三日目の昼には国境は越えられる。夜の見張りをバルバトスのおっさんに任せ、何事もないようにと祈りつつ固い馬車の板の上でエルと身を寄せ合って眠りについた。




