お前らなんかに渡さない!
何はともあれさっさと釈明をしておこう。じゃないと一言も釈明しないうちに一言も喋れない体にされてしまいかねない。
「まずエルと会ったのは偶然です。屋台でフランクフルトを売ってるオヤジさんと言い合いをしていたので仲裁に入ったんです。二人とも全然会話が通じてませんでしたしエルはマギラスの金貨しか持ってなかった。俺には言語自動翻訳の能力があるでしょう? オヤジさんもからまれてほとほと困っていたから俺が代わりにフランクフルトを買ってあげたんです。ここまではいいですか?」
そこにあった紳士の楽しみは秘匿させてもらおう。楽しめなかったし。
「……続けなさい」
「最初は魔族だなんて知らなかったですし、そもそも魔族自体見たのは初めてですからね。で、話してみたら自称マギラスの第三王女で一昨日のドラゴンに乗ってやってきたって言うじゃありませんか」
「第三王女? ああ、やっぱり……めんどくさいわね……」
え? やっぱりことはって自称じゃないの? もしかしてエルって有名人? まあ王女だったら有名人っちゃ有名人か……。
「本当は衛兵に突き出したかったんですが、魔法が封じられてるのなんてわかりませんでしたし、下手打ったらどでかい魔法でも喰らって街ごとお陀仏するかと思いまして。かといってそのまま放置しても街が壊滅する事態に発展するかもしれない恐怖感にかられまして。こうなったら俺がこの世界で最も信頼のおける最高の魔道士であるアイーシャさんを頼らせてもらおうかなって思って、ご飯で釣って連れてきたんです。街のみんなの安全もありますし、それもこれもこの国を憂いての事ですよ」
あくまで自己防衛のスタンスを貫き、最後は国を巻き込みスケールをでかくすれば個人は霞む。アイーシャさんのジト目は全然霞まないけど。
「……じゃあ結婚ってなによ?」
きたな! ここが最大の峠! しかしここさえ乗り切れば後はあとはなだらかな下り坂だ! 見せてやるぜ! 俺の華麗なるドライビングテクニックを!
「そ、そそそれそれ、それこそ、誤解なんでしゅ」
……あかん大惨事や。最初のコーナーで大クラッシュしてしまった。
「……誤解ねぇ。あら陽介、汗がすごいわよ……?」
「そ、そう、ご、誤解なんです。だいたい出会ってすぐに結婚なんてどう考えてもおかしいじゃないですか。今日エルが誤解したのは女性と話すにはまず結婚を申し込んでからっていう俺の世界のとある国の風習に従ったからでして――」
「あら? 私は申し込まれてないけど? 陽介の基準だと私は女性じゃないのかしらね?」
「何をおっしゃいますかアイーシャさん。ちゃんと最後まで聞いてから判断してください。この風習には続きがありまして、あえて結婚を申し込まないことで”私はあなたのことを本気で狙ってますよ”っていうアピールをするんです。俺からいつもアイーシャさん好き好きオーラ出てるのはわかってたでしょう?」
……普段出てるのは怖い怖いオーラだが百パーセント嘘ではない。
「私を好きねぇ……」
あ、ちょっとうれしそうだ。口元がにやけている。ならこのまま押しきるのみ!
「そうですよ。確かにエルはどストライクの美少女ですが俺がこんなアホの子に本気になるわけないじゃないですか。愛しているのはアイーシャさんだけですって」
「アタシは本気じゃなかったのかの!? 陽介はひどいのじゃ! もてあそばれたのじゃ!」
なに!? アホの子が話に参加してくるとは……もうシュウマイを食べ終えている!? 話がややこしくなる前になんとか終わらせねば!
「まあ、そうよね。こんなちんちくりんの魔族なんて相手にするわけがないわよね」
いける! この流れならアイーシャさんを丸め込める! エルには悪いがここは涙を飲んでもらおう。アイーシャさんの怒りの大半はエルが作ったんだから別にいいだろう。
「……う、うう、うわーん! ひどいのじゃ! ひどいのじゃ! さっきから聞いてたらひどいのじゃ! 土下座までしてきたのにひどいのじゃ!」
マジ泣きだと!? しかもちゃんと聞いていただなんて……シュウマイにしか集中してないと思ったのに……。やべぇ、心がいてぇ。アイーシャさん、めっちゃ喜んでる……さすがに性格悪いな。
「ふふん、陽介は私にぞっこんなんだからあきらめてさっさと国に帰りなさい」
ぞっこんって……なんか年齢を感じさせるよな……。アイーシャさんの発言は時々年齢を感じさせるから困る。
生き残るために身を売り払った心境ってまさに今の俺の心境なんだろうなぁ……。 そういえばこの国、奴隷って聞かないな。
「うぐっ、えっぐ……。陽介は、えぐ、結婚した、んじゃから、えぐ、帰るなら、うっく、一緒に、ひっく、帰るんじゃ……」
「結婚ならそこら辺のゴブリンでも捕まえて勝手にしなさい。それで国に帰って立派な挙式でもあげればいいわ。結婚式には参列してあげるわよ? もちろん陽介と一緒にね」
やだもう見てらんない。
「結婚したもん! 夫婦だもん! 一緒に帰るんだもん! 魔法使えないし、陽介がいないとご飯食べられないんだもん!」
もんって、お前……。喋り方崩れちゃってるよ――。
「お生憎さまでしたぁ。陽介は一生私のご飯を作るんですぅ。あんたはとっとと野垂れ死になさい!」
一生、だと!? どう考えても召使い……いや飯使い!? ご飯で敵をなぎ倒す新しい職業の誕生!? 俺の価値はご飯のみで構成されているの!?
「年増のバカー!」
「なんですって! クソガキ!」
――バンッ!ガシャン!
やめて! またテーブル壊れるから叩かないで! ものを投げないで! やだもう手に負えない!
「――いい加減にしなよ……」
ここで沈黙を破ってブルーノが参戦!? 起死回生の一手を打ってくれるんだね! 溺れる俺はブルーノをも掴むよ!
「「なによ(んじゃ)!」」
「なにだって? それはこっちの台詞だよ……。さっきから黙って聞いてれば好き勝手言って……」
行け行けゴーゴー! 男ならではの論理思考をみせてやれー!
「陽介は僕の嫁だ! お前らなんかに渡さない!」
「こいつが一番手に負えなかった!?」
「陽介は女じゃったのか!? 女同士は結婚できぬぞ!? アタシを騙したのかの!?」
「そんなわけねーよ!」
アホ通り越して頭腐ってんじゃねーの?
「なら証拠を見せてみよ!」
「そこまでいうなら見せてやるよ!」
もうどうにでもなれだ! 俺のお稲荷さんを見てお腹いっぱいになるがいい!
俺は立ち上がるとズボンに手をかけ一気に下ろ――
「汚らしいものを食事中に見せるんじゃない!」
――グシャン!
スープ皿を投げつけられた。結構気に入ってたのにぐしゃぐしゃに壊れた……。あ、エル、ズボンを掴んじゃいけません。見せるのはいいけど無理やり見られるのはプライドが許さなくてよ。興奮してお稲荷さんから胡瓜が生えちゃうじゃない。
ああ、目の前に星が飛んでる……。壊れたスープ皿のように俺の頭もぐしゃぐしゃなのかな……。父さん、母さんやっとそっちに帰れます……。
徐々に失っていく意識の中、やっとこの状況から解放される安らぎが全身を駆け巡った。
目が覚めると、見慣れた天井だった。大学進学を期に始めた初めての一人暮らし、いろんな物件を比べて一番気に入ったのがこの家だった。通学には少し駅が遠くて不便だが、家賃の安さも加味してここに決めた。
――早く起きないと一限目に間に合わないな……。
「なんてことはなかったぜ!」
「うわ! びっくりしたのじゃ! やっと起きたかの、陽介」
いつも通りアイーシャさんがベッドに放り投げてくれていたんだろう。頭を触ってみるが違和感はない。素晴らしい回復力です。あの人にミシェルさんのようなお淑やかさが少しでも身についたら本気で結婚を申し込んでいるのに……。
「大丈夫かの? 頭は痛くないか?」
ベッドの横に腰掛け、心配そうに頭を撫でてくれるエルにちょっと気恥ずかしさがこみ上げる。
怪我の元凶はこいつだけど、心配してくれているのは正直嬉しい。アホの子だけど見方を変えれば素直で可愛らしいと言えなくはない。それに見た目は完璧なまでの美少女だし。
「もう大丈夫。頭は何ともないよ」
「それならよかったのじゃ。腐ったトマトみたいになってたからもうだめかと思ったのじゃ」
いやーほんと、よく生きてたね、俺。でも腐ったじゃなくて潰れたじゃね?
「陽介はちゃんと男じゃったし、これで結婚も問題なしじゃ」
やはり見られていたか。くそ、なぜ記憶にないんだ!
エルの機嫌はすこぶる良いが、あれからどうなったんだろうか。そんなに時間が経っているとは考えにくい。いつも通りなら二、三時間ほどだろう。
「エル、俺はどれくらい気を失っていたかわかるか?」
アホの子でもそれくらいはわかるだろう。
「まる一日くらいかの?」
なんと、そんなにも長い時間気を失っていたのか。頭がトマトは段違い!?
丸一日ということは無断欠勤をしてしまった。明日ジルさんに誤らねばなるまい。
「そうか、あの後ってどうなったの?」
「それはの――」
――コンコンッ
エルが話しだそうとしたときノックが響いた。
返事をする間もなくドアが開けられる。
「目が覚めたみたいね。ちょっと食堂まで来なさい。陽介が気を失っていた後のことを話すわ。あんたに関わりのあることだからね。クソガキはここで待ってなさい」
「なんじゃと、年増!」
アイーシャさんは完全に無視を決め込み食堂に向かう。アイーシャさんの中でエルの呼び名はクソガキになったようだ。
俺はベッドから立ち上がり急いで追うことにした。
「ごめんエル、おとなしく待っててね」
「……わかったのじゃ」
素直に従ってくれるエルに少し驚いた。机の引き出しから飴を取り出しエルに手渡す。これでしばらくはおとなしくしているだろう。
食堂に入ると昨日、散乱していた食器はすでに片づけられている。きっとブルーノがやってくれたんだろう。碌な発言はなかったがそこだけは素直に感謝をしよう。本当に碌な発言がなかったが。
アイーシャさんは台所からティーポットと二人分のカップを持ってやってきた。彼女の料理はおいしくないが入れてくれるお茶はなかなかいけるので少し嬉しくなった。
「そうね、何から話そうかしら」
ポットからカップにお茶注ぎ差し出してくれる。ども、と軽く礼をして渇いていた喉を潤す。華やかな香りが鼻孔をくすぐり、とても穏やかな気持ちにさせてくれる。
「あのクソガキの事は王宮に報告したわ」
眉間にしわをよせてひどく疲れた様子で頬杖をついている。できればエルには何事もなくこの国を去ってもらいたかったがこの様子ではかなり厄介な問題になっているのだろう。
「……エルはどういう扱いになるんですか?」
「難しいところね……。扱いに困るってのがお偉いさん方の本音かしら。本当なら牢屋にぶち込んでやりたい気持ちでいっぱいなんだけど、仮にも敵対国の第三王女ですからね。角に刻まれたマギラス王家の印も確認できたから本物で間違いないのよ」
エルが角を見せて王家の証だと言っていたのはそういう意味があったのか。しかも自称じゃなくて本物だったのか。あのアホの子が王女となるとマギラスは大丈夫なんだろうか。でもマギラスの王族が全部あんなだったらすでに地図からその存在が消えてるはずだから大丈夫だろう。
「クソガキを王宮に軟禁しようとしたけど陽介から離れるのに抵抗してね。無理やり連行するとそれこそ王族を無下に扱ったっていうマギラスに都合のいい手札を与えることになるからできなかったみたいね。で、うちに置いておく分に問題ないってことになったわ。ふざけてるわよね。陽介も一緒に王宮に連れて行けば問題なくすんだんでしょうけど、それはちょっとね……」
アイーシャさん、それにエル……そんなに俺の事を。ご飯って偉大だなぁ。これが飯使いの実力か。
「お偉いさんの考えでは今回のドラゴンの一件は、マギラスがドラゴンと一緒に第三王女をエスパデルにけしかけてこの国に被害を与えつつ、撃退されたら第三王女の報復として戦線を拡大させるつもりだって考えてるみたい。幸いクソガキは死んでないけどね」
「……エル本人は旅行しに来たっていってましたけど。本当に戦争のための捨て駒にされているんでしょうか」
戦争をしている以上きれい事を言ってられないのはわかるが、あの少女の純真さを利用したのならば魔族とはなんと苛烈で卑劣な種族なのだろうか。
「あのクソガキなら簡単にだませるでしょうからね。エスパデルにおいしいものがあるからドラゴンに乗って旅行でもしてきなさいって言われたらあっさりと出かけるわよ」
……否定できない。あっさりと騙されてるエルの姿が目に浮かんでしまう。
「今日、以前マギラスに送った書状の返信が届いたのよ」
確か、ドラゴンがこの国を襲ってきたのがマギラス側の策略かどうかを問うものだったはずだ。
「マギラス側は一切の関与を否定したわ。その上、もしなんらかの形で今回のドラゴンの襲撃に魔族が関与していても、一切マギラスは関係ないって公式見解を示したみたい」
「それは……つまり……」
「お偉いさんの考えが外れたのか、大した被害を与えることができなかったクソガキが見捨てられたのかどっちかってことよね」
カップを握る手に力がこもる。カップの中にはゆらゆらと揺れるお茶を見つめ、嫌な気分になってくる自分を落ち着かせた。
「落ち着きなさい、陽介。お偉いさんが考えてるのが正しいという仮定ならクソガキが見捨てられたのもあり得るってだけよ」
顔をあげると、アイーシャさんは優しい眼差しをこちらに向けていた。




