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ちゃんと世話しなさいね

 アイーシャさんは手を組み少し前のめりになって説明を始めた。


「お偉いさんは暇だから陰謀論が好きなのよ。彼らは物事を難しく考えて最悪の事態に対応するのが仕事みたいなものだからしょうがないわね。

 でも物事は多くの情報を整理して単純に考えた方が状況を正しく認識できることがあるわ」


 単純に……か。


「マギラスは隣接する人間が統治している大国と四百年以上戦争をしているのは知ってる?」

「初耳です。そんなに長いことやってたんですか」

「マギラスに隣接するのは西にこのエスパデル、南にはお隣のカウワイとアルフォン、東にキンギィの三国ね。その間にちょこちょこ小国があったりするけどほとんどが属国になってるわ」

「マギラスの北に国はないんですか?」

「北はエスパデル、マギラス、キンギィの三国に横たわる広大なクレイフ大森林っていうのが続いていて、それを抜けたら大雪山を挟んで北海に面しているから国はないわ。クレイフ大森林は強力な魔物の住処で人が入り込むのは危険なところよ。エルフが住んでいるって話もあるけど本当のところはどうなのかわからないわ」


 ここらへんはほとんど野良の魔物は見ないけど強力な魔物は存在してたんだな。それにエルフか……街では見たことなかったけどやっぱりいるのか。


「しかしなんでマギラスは隣接する国とそんなに戦争してるんです?」

「魔族は魔物を操るって能力があるから人間から敵視というか差別されているのよ。だから諸悪の根源たる魔族を滅ぼせって感じでね」


 これは前にどこかで聞いたことがあるな。


「だけど本当は魔族だけが魔物を操れるってわけじゃないわ。彼らはただ血筋として魔物を操ることに特化しているにすぎないの。これは二百年前、賢王様が自らドラゴンを使役して証明したわ」


 賢王はすごい人物だったのだろう。しかしそれでも差別は続いているのだろうか。


「ならなぜ戦争が続いてるんです?」

「何百年も続いた差別はそう簡単にはなくなりはしないわ。でもこの国は賢王様のおかげで人種の差別はほとんどないわよ。差別が激しい、というよりは選民意識の強いカウワイやアルフォンだったら、あのクソガキは問答無用で殺されてたでしょうね」


 バルバトスのおっさんがあまり治安がよくないと言っていたな。そういう国民性なのだろう。でも冒険者ギルドはあるんだよな。一度見に行ってみたいものだ。


「キンギィは違うんですか?」

「キンギィは賢王様の時代に当時の王太子が留学してきたのよ。それで賢王様の治世に感銘を受けたらしいわ。国に戻って王になってから賢王様の治世に倣って飛躍的に国を大きくしたわ。そのおかげもあって人種差別もほとんどないわね」

「ならなぜうちとキンギィはマギラスと戦争しているんです?」


 正直さっさと停戦なり終戦なりすればいいのに。


「それはカウワイとアルフォンのせいね。彼らは大昔からクレイフ大森林の資源が喉から手が出るほどほしかったのよ。だったら魔族から奪ってしまえばいいって長年戦争をしてるわけだけど、彼らにしたら本当は戦争吹っかけるのはエスパデルでもキンギィでもどっちでもいいのよ。マギラスとの戦争をやめてしまうと彼らに宣戦布告の大義名分を与えてしまうってのが懸念されてるわ。人間のくせに人類全ての宿敵の魔族に組みするとは何事かってね」

「マギラスと手を組んで両国に対抗はできないんですか?」

「彼らは戦力だけ見たら強大よ。戦争で奪うことで領土を広げていったから戦うことに関しては群を抜いているわ。賢王様はマギラスと手を組もうとしていたんだけど、魔族側が人間は信用できないって拒否されたの。人間側は魔族に何度もだまし討ちを仕掛けてきたからね。今でも和解はできていないわ」


 差別され騙されてきた者にとっては差別していた者から差し伸べられた手は突きつけられた剣に見えてもしょうがないか。


「それで表面上は戦争をしているのよ。エスパデルもキンギィもね。ただ今はこっちが攻め込んでいかなきゃマギラスはほとんど攻めてこないわ」


 惰性で戦争してるっていうのはそういうことだったのか。


「マギラスと戦争をしている戦力よりカウワイ側に配置している戦力の方が何倍も多いのよ。カウワイからは難民や野盗が大量にあふれてくるからそっちのほうが厄介よね。現に異界人の二人もカウワイ側に配置されてるしね」


 そういえば弥生ちゃんはマギラスから来たドラゴンを別のところから追ってきたんだっけ。


「マギラスの状況はわかりましたけど、それがエルにどう繋がるです?」

「まずマギラスはカウワイとアルフォンから定期的に大規模な攻撃をされているわ。その防衛に力を注がなきゃならないからわざわざうちに攻め込む余剰戦力はないはずなのよ。そんなのがあったら逆に攻勢に打って出てるでしょうね」

「今回のドラゴン騒ぎはマギラス側にとっても想定外ってことですか?」

「多分そうね。クソガキの単独行動だと思うわよ。

 それと前線で戦ってるマギラスとエスパデルの兵士たちって実は仲がいいのよ。お互いが死なないように手を抜いてるし、戦う前に挨拶も交すらしいわ。本人達は軍事演習って言ってるみたいね」

「なんというか、本当に表面上だけですね……」


 現場はやめたいけど首脳部は断固として続ける姿勢なのだろう。


「今回のことでうちが報復行動にでたらマギラスは窮地に立たされるわ。強大な戦力を隠し持っていないのならね。書状の返信が早かったのもそれを恐れてだと思うのよね」


 確かにそんな戦力があればカウワイやアルフォンに反撃をしかけているだろう。


「陽介、あなたあのクソガキをどう思う?」

「アホです」


 美少女です。あ、言う方間違った。


「それだけじゃ言い足らないけどまあいいわ。それに見た目の割に中身は子供よね」


 ラチェちゃんよりも幼く感じちゃうからね。


「あなたが気を失った後クソガキからいろいろ聞き出したわ。それを考えたら今回のことは完全にあのクソガキの単独行動だと私は思ってるんだけど、それをお偉いさんに伝えてもまったく信じてなかったわね」

「じゃあ、マギラスは関係なく本当にただ旅行しに来ただけだと?」

「ほんっとうに迷惑な話だけどね……」


 アイーシャさんは苦々しいく表情を歪めている。きっと俺も同じ顔ような顔をしているはずだ。


「今日新たにクソガキに関して書状を送ったみたいだから、早ければ三、四日で返事がくるはずよ」


 片道二日くらいなのか。そうしたらエルともお別れかな。嬉しいような寂しいような。


「それまでは本当に嫌だけど我が家で預からなきゃいけないわ。陽介、ちゃんと世話しなさいね」


 拾ってきた子犬じゃあるまいし、いや似たようなもんか……。


「あなたの隣の部屋を使わせることにしたから、何かあったら知らせてね。それと、ジルさんのところには今回の件が片付くまでは行かなくていいわ」


 何? 俺のゴブリン討伐作業がお休みになるだって!? それはあまり嬉しくないぞ。最近新たに必殺技を開発してるのに。


「監視の意味も含めてエルについてなさい。どうせクソガキはあなたにべったりだろうけどね。これは王命として受けているから私には拒否権はないわ」


 俺の拒否権は……もちろんないですよねぇ……。

 美少女と常にべったり、いいと思います! アホの子と常にべったり、いくないと思います! この二律背反をどうしたらいいんだ……。


「じゃあ私はもう寝るわ。申し訳ないけどお茶は片づけお願いね」


 ふわぁ、とあくびをすると眠そうに立ち上がった。


「はい、お休みなさい。いろいろとありがとうございました」

「いいのよ。でもクソガキと付きっ切りでいるからって手ぇ出すんじゃないわよ!」


 ごめんアイーシャさん、それは聞き入れられない。


「あ、それとブルーノが陽介を早く女にしなきゃ寝取られるって意気込んでたわよ」


 ごめんアイーシャさん、それは聞きたくなかった。


 ティーセットを片づけ簡単に明日の朝食の準備をして部屋に戻ると、エルは俺のベッドで寝息を立てていた。俺が気を失っていた間ずっと心配をしていてくれて疲れていたようだから仕方がない。アホの子だけど、いやアホの子だからこそ完全に悪ふざけの結婚を申し込んだ俺なんかを思ってくれているんだろう。断じてご飯につられてるわけじゃない……はず。

 小さな寝息を立てている可愛らしい顔はまさに天使と言ってもさしつかえない。今夜はこのまま俺の部屋に寝かせてあげよう。布団の掛けずに寝ていたら風邪をひいてしまうと思いつつエルの服に手を掛ける。


「――服をつかんで何をするのかしら?」


 !? いつの間に俺の背後に忍び寄ったんだアイーシャさん!? 寝たんじゃないのか!? アサシンかなんかか!?


「いえ……、これは寝苦しいだろうなと思って、はい……。いやらしい気持ちはまったくありませんです!」

「そうなの……。じゃあお休みなさい」


 アイーシャさんの腕から先がぼやけたのが見えると一瞬で意識が刈り取られた。



「――陽介、起きるのじゃ、陽介」


 ゆさゆさと体を揺らされている感覚に徐々に意識を取り戻すとエルの可愛らしい顔が飛び込んできた。


「陽介、床で寝ると風邪をひくぞよ?」


 寝ていたわけではないがそんなことはエルにはわかるまい。心配してくれるのは素直に嬉しいものだ。


「おはよう、エル。よく眠れた?」

「おはようなのじゃ、陽介。ぐっすり眠れて気分爽快じゃ!」


 朝っぱらから元気で何より。


 まだ日の出くらいの時間なのだろう。外は少し白々としてきている程度でほどよく薄暗い。これなら少し朝食を豪華にしてもアイーシャさんが起きだす時間には間に合うだろう。今回のことでも手間を掛けさせてしまったので少しずつでも恩返しをいていこう。


「エル、朝ごはん作るけど何か食べたいものってある?」

「食べたいものか!? そうじゃのう。ハンバーグがいいのう。でもから揚げも捨てがたいのう。ステーキも食べたいのう。この前の南瓜のやつもいいのう。それからそれから……」


 朝からヘビーなものばっかりリクエストしやがるお子様だぜ。


「エル、流石にそんなには作れないよ。これが食べたいってのを何か一つに絞って」

「むむむ、そんなことを言われると悩むのじゃ」


 悩む姿も可愛らしい。これがアイーシャさんだったらただただあざといだけにしか思えなかっただろう。


「決めたぞ! アルテンタが食べたいのじゃ!」

「……何それ?」


 アルデンテの親戚? アルデンテはゆで加減よ!?


「皮に包まれてて中に肉が入っててかむとじゅわっと肉汁が出るんじゃ」


 餃子か? ラビオリ……肉まん……ロールキャベツに似たものかもしれない。

 エルの説明では全く見当がつかない魔族の料理は作れないので、また悩みだしたエルを待っていては時間が無駄になると思い、残り物のシチューでミニグラタンを作ることにした。エルのリクエストは今晩作ることにしよう。

 ご飯の炊ける匂いが食堂にまで広がり始めると、その匂いにつられてやってきたのか、いつの間にかアイーシャさんが座って待っていた。


「おはようございます」

「おはよ……」


 身だしなみはきちっとしているが、まだ少し寝ぼけた顔をしている。エルが少し不機嫌そうにアイーシャさんを見ているがまったく気にした様子はない。アイーシャさんの中ではエルはすでにペットの枠組みに入ってしまったのだろう。

 まだ朝食が出来上がるのに時間がかかるのでお茶でも飲んで待っていてもらうことにしよう。


「ありがと……」


 暖かいお茶を飲んで少しうつらうつらとしている。エルにもお茶を出したがどうやらエルは猫舌のようでちびちびと飲んでいる。その姿がまた可愛らしい。

 三人分の朝食を配膳し、みんなでそろって食べ始める。エルは「ごっはん、ごっはん」と相変わらず喜んでいる。ご飯以外のことは考えていないんだろうか。


「陽介のごはんはやっぱりうまいのう! ブルーノのごはんとは全然違うのじゃ」


 どうやら昨日はブルーノが作ったようだ。まずくてもいいからたまには俺にも作ってもらいたい。


「陽介、今日ミシェルのところに行ってクソガキの服を見繕って来てちょうだい。お金はいつものところから持って行っていいわ」


 そういやエルはずっと同じローブ姿だったな。全然臭くはないが流石に女の子が着替えなしではよろしくないだろう。


「わかりました。ミシェルさんに何か伝言はありますか?」

「んー……、あ、ラチェにこの間のクッキーおいしかったって伝えておいて」


 何!? ラチェちゃんのクッキー!? 俺はいただいてないですぞ?


「それとミシェルの胸ばっかり見るんじゃないわよ」

「ははは、もちろんですよ」


 でも目に入ってきちゃうからしょうがないの。悪いのは俺じゃなくてあのたわわに実った二つの果実なの。


「あと外では騎士団の連中がクソガキを見張ってるから変なことすんじゃないわよ」


 なんとそれでは公開デート状態じゃないか。変なことを仕事してる彼らに見せつけてやるわけだね。ちょっと優越感を感じちゃう。


 アイーシャさんを見送り、昼前ほどになってエルと出かけた。エルは目を離すとすぐにどっかにいくので手をつないで歩くことにした。これが休日に子供を連れて出かけるお父さんの気持ちなのだろう。


「そういえばエルって何歳なんだ?」


 アイーシャさんには絶対できない質問をする。この間ミシェルさんから二八歳って聞き出したからもうすることはないだろうが……。


「十五になったばかりじゃ。もう大人の女なのじゃ」


 そうだったのか。この世界ではほとんどの国が十五歳で成人としているらしいので、数字の上ではエルも大人といっても差し支えはない。


「大人の女になった記念に旅行に出たのじゃ」


 そっかぁ、それなら永遠の十四歳なら今回の騒ぎは起こってなかったのか。もしくは成人がもっと上の年齢だったら……結局いずれ来てしまうか。


 エルがあっちこっとと興味を示し寄り道をしすぎたため、太陽が真上を通り過ぎたあたりで広場の近くまでやってきた。たくさんの屋台からお腹を刺激する匂いが漂ってくる。まだかまだかと並んでいる者や、すでに買い求めて広場で食べている者、広場を通り過ぎて持ち帰る者など様々な人でごった返している。


「陽介、お腹がすいたのじゃ」


 予想通りの反応に苦笑してしまうも、俺もこの匂いには耐えられそうもないので何か買って広場で食べることにした。あれもこれもというエルを抑えつつ何を食べようかと見て回る。


「よう、あんちゃん」


 唐突に横から声を掛けられた。

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