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カナメ -君はどう考える?-  作者: 旭月
第六章 問いが育つ場所
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思っていたほど

 五月八日、火曜日。


 松井慎吾は、約束した時刻に、卸会社の担当者へ電話をかけた。

 午前中に届いたメールには、社内で検討した結果について話したい、と書かれていた。


 画面には、三月に送った提案を開いていた。

 いまの業務を整理し、どこから変えるかを検討する、小さな有償の仕事だった。

 開発するものと金額を、まだ決められる段階ではない。

 その前に確かめる範囲と、仕事として受ける場合の進め方を、分けて記してある。


「お世話になっております。カナメの松井です」


 取り次いでもらうと、聞き慣れた声が返ってきた。


「すみません、お電話いただいて。お返事、遅くなりまして」


「いえ。今、お時間は大丈夫でしょうか」


「はい。あの、先に結果からなんですけど」


 松井は、手元の紙へペンを置いた。


「今回は、見送ることになりました」


「……承知しました」


 開いている提案の、一枚目へ目が戻った。

 相手の会社名と、こちらから送った日付がある。


「手間がかかってるのは、そのとおりなんです。営業所でも、話は聞いてもらえて。ただ、今回そこへ予算を付けるところまでは、進まなくて」


「はい」


「ほかにも先にやるものがあるということで。私の方からも説明したんですけど」


 担当者は、少し言葉を探した。

 受話器の向こうで、紙を動かす音がした。


「こちらの説明で、足りなかったところはありましたか」


 松井は尋ねた。


「いえ。何をお願いする話なのかは、分かってもらえたと思います。ただ、ここから先へ費用をかけるかというところで」


「今の時点では、そちらのご判断になったんですね」


「はい。ちょっと、いつならというのも、今は申し上げられなくて」


 松井は、紙へ短く書いた。

 時期未定、と書きかけ、今回見送り、と書き直した。


「分かりました。今回のご提案については、こちらでも、そのように記録します」


「すみません。いろいろ聞いていただいたのに」


「いえ。社内でもご確認いただいて、ありがとうございました。営業所の方にも、お時間をいただきましたので」


「あのときの、流れを書いてもらったもの、私の説明にも使わせてもらいました」


 松井の目が、別に開いていた記録へ動いた。

 二月、最初に訪ねた日に書いた図を、営業所の話も合わせて直したものだった。


「そうでしたか」


「はい。こっちでやってることは、前より伝わったと思うんです。それは、助かりました」


「ありがとうございます」


 担当者は、今後また相談できることがあれば、と言った。

 松井は、その際には連絡をいただければと答えた。

 次の訪問日は、決めなかった。


「今回は、ご検討いただいてありがとうございました」


 挨拶を終え、電話を切った。

 メモには、担当者が説明してくれたことが、数行残っていた。


 松井は、提案の最後のページまで送った。

 受ける範囲と、そのあとに考える範囲。

 何度か読み直してから送った文章は、前と同じように並んでいた。


     *


 小坂との通話をつなぐまでに、松井は結果を記録した。

 相手から聞けたことと、こちらで判断してはいけないことを分ける。

 次の予算の時期や、再検討の約束は、聞けていなかった。


「お待たせしました」


 小坂千尋が入ってきた。

 松井が記録を共有すると、小坂は上から順に目を通した。


「今回は、ここで区切りですね」


「はい。いつなら進められるというお話も、ありませんでした」


「分かりました。先方へ返す内容を、最後に合わせましょうか」


 二人で、電話のお礼と、今回の提案を見送る旨を確認する文面を作った。

 小坂が読み終え、松井へ返す。


「はい。これで、返しましょう」


 松井は送信した。

 返事を待っていたメールの下に、自分たちからの礼が付いた。


 そのまま、案件の一覧を開いた。

 初回訪問。

 営業所への聞き取り。

 提案を送った日と、検討状況を確かめた日。

 下へたどると、今日の結果を入れる欄があった。


 五月八日、見送り。


 入力してから、松井は隣の予定表へ移った。

 来週の午後に、仮の枠がある。

 話が進んだ場合に、次の打ち合わせへ使えるよう空けていた時間だった。


「こちらの予定も、外します」


「はい」


 予定を開くと、メモが出た。

 次に先方へ確かめることが、三つ並んでいる。

 提案を受けてもらえたら、最初に相談するつもりで書いたものだった。


 松井は、その三つを読んだ。

 打ち合わせは決まっていなかった。

 先方に、この時間を空けておいてほしいと頼んだわけでもない。

 それでも、自分の予定の中には、次に話す時間があった。


 マウスを動かしかけ、止めた。


「……もう少し、進むと思っていました」


 小坂は、すぐには答えなかった。

 同じ予定を見ていた。


「私もです」


 松井は、机の端に置いていた紙へ目を向けた。

 二月、最初に訪ねた日に持っていったものだった。

 急いで書いた矢印と、あとから足した言葉がある。

 「各営業所」の文字には、細い線が残っていた。


 担当者は、その図を見て、椅子から少し身を乗り出した。


 私がやってるの、こういうことなんです。


 あのときの声を、覚えていた。

 営業所の担当者に会ったときも、この続きを聞けていると思った。

 本部から届くものをどう見て、何を返すか。

 二つの場所の仕事がつながったとき、小坂と、ここからどこを手伝えるかを話した。


「営業所の方も、時間を取ってくださったので」


「ええ」


「社内でも、説明してくださってたんですよね」


「はい。今日のお話では」


 小坂も、手元の記録へ目を落とした。

 三月、担当者とその上席へ、費用をかけて確かめる範囲を提案した。

 誰がどう判断するかも聞いた。現場の困り事は共有されていたが、予算の承認は、その先だった。


「取りたかったですね」


 小坂が言った。

 松井は、画面へ目を戻した。


「……はい」


 開いたままの予定には、まだ、三つのメモが並んでいた。

 松井は、その内容を案件の記録へ移した。

 次に確かめるつもりだったことも、何を考えて提案したかも、ここへ残せる。


 保存してから、予定を消した。


 前後に入っている、ほかの仕事だけが残った。

 来週の午後が、空白になった。


 小坂は、すぐに次の候補を開かなかった。

 松井も、しばらく、そのままの画面を見ていた。


「今日は、こちらの記録まで合わせておきましょうか」


「はい」


「次に声をかける先は、候補を見直して、もう一度話したいです」


 松井は頷いた。

 提案の資料を閉じ、案件へ使った時間を開いた。

 訪問だけでなく、聞いた内容を整理した時間も入っている。


 ここから先は仕事として受ける、と区切った範囲もある。

 それでも、ここまでに使った時間は、二人の予定の中にあった。


「今回みたいな確認は、ほかの会社にもあると思います」


 松井が言った。


「ええ。お話を聞く前には、分からなかったこともありましたね」


「はい。ただ、毎回ここまで伺ってから、となると」


 手元の時間を、もう一度見た。


「同じようには、続けにくいですね」


 小坂が言った。


「最初に、いま何を変えようとしているのかも聞きたいです。困っていることだけではなくて」


「そうですね。その話を聞きにいく先も、一緒に考えましょう」


 松井は、候補の資料へ、その一行を足した。

 今日のうちに何社かへ連絡して、空いた予定を埋めることにはしなかった。


 通話を終えると、次の仕事の時刻が近づいていた。

 確認を返す資料を開くため、机の紙を端へ寄せる。

 図を書いた紙と、今日の電話のメモを、同じところへ重ねた。


 片付ける前に、小さな矢印がもう一度見えた。

 松井は、その紙も、ほかの記録と一緒に残した。


     *


 翌九日、森川紗季は、朝の点検を終えてから、試行の記録を開いた。

 いつもの確認時刻と、試した内容に使った時間は、別に付けてある。


 最初の一社では、結果を見るための入口が揃った。

 並びも、普段の手順に合わせてもらっていた。

 戻って探す回数が減ったのは、今も同じだった。


 四月から、もう一社の限られた項目も試している。

 三月までの結果を見た井上が、西田と時間を合わせて決めた範囲だった。

 通常の点検や問い合わせを先に進め、そのうえで使える時間を区切っていた。


 森川は、今朝見た二社目の記録へ戻った。

 処理の結果が出る日は、一社目と違う。

 前の日付が出ていても、その日の処理がないなら、それだけで異常とは言えない。

 予定と元の結果を開き、対象になっている日を確かめた。


 その確認自体は、もともと必要なものだった。

 新しい表示でも省くつもりはなかったが、並べてみると、そこへ戻る回数が思ったほど減らなかった。


 藤井から、今、話せるという返事が来た。

 森川は点検の記録を残し、通話をつないだ。


「今朝の分は、元と合っています。二社目の方で、確認する日付があるので、そちらも見ていただいてええですか」


「はい。お願いします」


 藤井直人が画面を開いた。

 森川は、今朝進めた順番をたどった。


「ここの結果は、この日で合ってるんです。ただ、今朝見る分としてそれでええかは、こちらの予定も見ています」


「うん。今の表示やと、そっちは元へ戻るね」


「はい。一社目より、行ったり来たりするところが残っています」


 藤井は、手元の記録へ書き込んだ。

 処理の違いは、追加する前に確かめていた。

 どこまでを取り込み、何を人が見続けるかも、井上と分けてある。


「これも表示へ持ってくれば、もうちょっと減るとは思うんやけど」


 藤井は言いかけ、別の一覧を開いた。


「その予定を、こっちでも合わせ続けることになるんよな」


「変わったときも、ですか」


「そう。元の予定が変わったときに、こっちだけ前のままにはできへんから」


 森川は、画面の二つを見比べた。

 普段の手順なら、元の予定へ戻って確かめる。

 その往復をなくすには、藤井たちが、別のところで同じ内容を保っておかなければならない。


「私が開くところは、減るんですね」


「うん。ただ、そのためにこっちで増える分がある」


 藤井が、試行へ使った時間を出した。

 最初に作ったところとは別に、結果を見て直した時間が並んでいた。

 二社目では、同じように扱えなかったところが、その下へ続いている。


 森川は、今朝の記録を見た。

 自分の点検が終わるまでの時間だけなら、少し短くなった日もあった。

 けれど、それを見られる状態にするまでの仕事は、自分の欄には入っていなかった。


「そちらも合わせると、どれくらいになるんでしょうか」


「井上さんと、一回並べてみようと思ってる。安藤さんに見てもらった分もあるし」


「はい。私の方も、探すのが減ったところと、元へ戻ったところを分けておきます」


 藤井は頷いた。


「便利になったところは、便利になったままで書いてな」


「はい。順番を変えてもらった分は、今も助かっています」


「うん。そこも、井上さんに見てもらおう」


 森川は、最初の一社の記録も開いた。

 表示の順番を変えてもらった頃のメモが残っている。

 使うたびに戻っていたところは、今は、戻らずに済んでいた。


     *


 午後、井上修一は、西田とつなぐ前に、藤井たちの記録を合わせた。

 森川が付けた点検の時間と、安藤が確認した結果。

 藤井の、作るために使った時間と、そのあとに直し続けた時間。


 最初の一社と二社目を、別の行へ置いた。

 最初だけ必要だった作業と、今後も繰り返す作業も、分けてある。


「この分は、試している間だけの比較ですね」


 井上が示すと、藤井が答えた。


「はい。そこは、ずっと同じだけ入るものではないです」


「こちらは、先方の形式が変われば、その都度」


「確認して直すことになります。変わらなければ、毎回この時間というわけではないですけど」


 安藤も、元の点検を確かめたときの記録を出した。

 何を確認していた時間なのか、順に合わせる。


 西田が入ってきたとき、資料には、減ったところと、増えたところが並んでいた。


「通常の方は、どうやった?」


「今のところ、予定した点検と返答は済ませています。こちらの試行を後へ回した日はあります」


 井上が答える。

 西田は、その日付も確かめた。


「うん。そこは、その順でええです」


 続いて、二社分の結果へ目を移した。


「使ってるところは、楽になった?」


「探すところは、減りました」


 森川が答えた。


「特に一社目は、いつもの順番で見られます。ただ、二社目は、予定と合わせるところが残っていて」


 藤井が、更新する側の記録を示した。

 西田は、画面を送りながら聞いていた。


「これを、このままほかのところへ増やすと」


「同じ形式なら、使えるところはあります。ただ、違う分を全部こちらへ持つと、その分の確認も増えます」


「次の一社を足すだけ、とはならへんね」


「はい。最初に作る分だけで見ていたより、あとも手が要ります」


 西田は、資料の端へ短く書いた。

 画面の中では、作る時間の下に、使い続けるための時間があった。


「僕も、もうちょっと空くと思ってたわ」


 藤井が、一度、画面から目を上げた。

 西田は、二社分の記録を並べたまま見ていた。


「このまま全部には、勧めにくいです」


 藤井は言った。


「うん」


「ただ、最初のところは、残したいと思っています」


「うん。そこを全部戻す必要は、ないと思う」


 西田は、一社目の行へ戻った。


「ここで使えるところだけ残す案と、二社目も今の範囲で使う案。続ける方は、誰が何を見ることになるかも付けてもらえる?」


「はい」


「追加で作れば減るところも、何をどれくらい作るのかを見たいです。全部やる前提ではなくて」


 藤井は、書きかけていた改修の一覧を見た。

 次に足せば楽になるところは、まだあった。

 そこへ使う時間も、もう一度、並べる必要があった。


「次の対応まで入れて、出します」


「お願いします」


 森川は、自分が使っていた二つの表示を見た。

 一つ目の並びは、そのまま残っている。

 二社目も、今朝見た内容を確かめ直せる。


 試したものが、通話の終わりに全部消えるわけではなかった。

 次に何を続けるかを決めるために、今日使ったところを、もう少し詳しく残すことになった。


     *


 十日、木曜日。

 高瀬欣也は、経営会議へ出す資料を揃えていた。


 小坂からは、卸会社の結果と、次の開拓先を絞る案が届いていた。

 西田の資料には、運用の試行で残す部分と、今は増やさない部分がある。


 高瀬は、二つの資料に付いた時間を、今月の予定と並べた。

 営業が今回までに使った分。

 運用が、これからも使い続ける分。

 作るときだけの作業と、そのあとも必要な作業は、行を分けた。


 大型案件は、四月末から先行利用が始まっている。

 利用中の確認や、検収へ向けて合わせるものがあった。

 残る拠点へ広げる準備も続いている。

 高瀬は、その予定を動かさず、試行へ使える枠を確かめた。


「営業の方は、最初の聞き取りに行く先を、もう少し絞りたいと思っています」


 確認の電話で、小坂が言った。


「今回までの時間を見ると、次も同じだけ使うのは難しいですね」


「はい。松井さんとも話しました。聞いて初めて分かることはあるので、全部を連絡の前に決めることはできませんが」


「次に確かめるところと、そこで一度結果を見る時期も、付けていただけますか」


「分かりました。候補の方も、それで見直します」


 高瀬は、追加の確認を記した。

 運用の方は、西田から、試す範囲を増やす前にいったん合わせたいと聞いていた。

 作る側だけでなく、点検して確かめる側にも、続ける時間が要る。


 高瀬は、通常の仕事を残した予定へ、使えそうな枠を書き込んだ。

 全部の案を入れるには、足りなかった。

 足りないところも、そのまま資料へ残した。


     *


 午後、松井のところへ、卸会社の担当者から返事が届いた。

 今回の結果を確認したことと、聞き取りへ来てもらった礼が書かれていた。


 松井は、文面を最後まで読んだ。

 添付を求められているものも、返す必要のある質問もなかった。

 やり取りを案件の記録へ付けた。


 机の端にある紙を、もう一度出した。

 営業所の話を聞いたあと、図は書き直していた。

 それでも、最初の紙まで取っておいたのは、担当者が指したところを、あとで見返せる気がしたからだった。


 あの日、分かってもらえたと言ってくれたことは、今日も変わらない。

 仕事として受けるところまでは、進まなかった。


 松井は、紙を戻した。

 候補の資料を開き、小坂と次に話すためのメモへ目を通す。


 困っていること。

 いま、変えようとしていること。


 二つを、分けて書いた。

 次に話を聞けたら、その違いも、相手の言葉で確かめたかった。


 高瀬のところには、小坂からの追記が届いた。

 西田の資料と一緒に、いつもの会議へ出すものへ揃える。

 結果の欄は、書き換わらなかった。

 その後ろへ、次に考えていることが付いていた。


 高瀬は、自分が合わせた予定も添え、宛先を確かめて送った。

お読みいただきありがとうございます。旭月です。


今回は、二月に始めた二つの試みに、思っていたほどの成果が出なかった回でした。


相手の仕事が分かり、話も通じた。それでも、依頼には届かない。松井が消した予定には、まだ決まっていなかった次の仕事への期待も入っていたのだと思います。


小坂の「取りたかったですね」は、次の話へ進む前に、二人で残念がる言葉として置きました。


運用の試みも、便利になった部分は残っています。ただ、見る人の手間が減る一方で、その表示を保つ仕事がある。使う人と作る人の時間を並べて、初めて見えてくる結果でした。


うまくいかなかったことを、すぐに成功の材料と言い換えなくてもいい。それでも、聞いたことや試したことを残し、次に何をするかは考えられる。そんな一回になっていれば嬉しいです。


引き続き、よろしくお願いいたします。

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