第8話 尾行
「まあ、たいていのものはうちの店でそろうさ」
アンナの言う通り、この店で日用品がたいていそろった。
歯ブラシ、タオル、ハンカチなどなど。
「ベッカー、この子に男の子の服を着させるなら、その目立つ銀髪も縛って隠した方がいいんじゃないのかい?」
「そうだな。帽子は?」
「さすがにうちにはないねえ。その前に髪を切るか縛らないと」
「そうか。ヘアゴムも貰うか」
「ほらこれだ。色は何がいい?」
アンナがエバに見せると、黒のゴムを手に取り「ベッカーさんと同じ黒でいいです」と答えた。
ベッカーはパンを作るため、黒の長髪を一つにまとめゴムで結わえていた。
髪を短くするより抜け毛が落ちてこないからだ。
「おいおい。それじゃどっちの奴か分からなくなる。色くらい変えてくれ」
間違って俺のヘアゴム使いたくねーだろ、そう言って色を変えるように諭した。
「お揃いでいいかと思ったのですけど」
そう言いながら、灰色のゴムを選んだ。
「そうさね、あんたの銀の髪にはそれくらいが目立たなくていいかもしれないね」
そう言いながらアンナはエバの髪を櫛で軽くといてやり、ヘアゴムで纏めてあげた。
「ほら、見てごらん」
鏡の前に立たせると、自分の姿を見たエバは、ベッカーの方を振り向き腕をつかんで鏡の前まで連れてきた。
髪を同じ結び方をした二人の姿が鏡に映る。
「ほら、まるで親子のようですね」
ベッカーは苦い顔をしながら「あ~そうだね」と受け流した。
「じゃあ、服屋に行くよ。その後帽子屋だね。おっと、その前に会計を済まそうか」
出された伝票を見て、「櫛、こんなに高いのか」と驚いたベッカーだった。
◇
「あんたも入るかい、ベッカー」
からかうようにアンナから声がかかる。「よせよ。下着買うのに男は邪魔だろ」と外で待ってることにした。
「女性の買い物は長げえからな~。エルザに服買ってやった時は、なんだかんだで二時間待たされたもんだ」
懐かしそうに呟きながらベンチを探す。
「少しくらいいいか」
ポケットからスキットル、携帯用の蒸留酒用の容器を取り出し一口飲もうとした。
「ん? 二人か」
店の左右の道の角に不審な男がいる。
「距離は取っているし、さすがに今すぐ店は入らないだろうが」
気づかないふりをしながら、酒を飲むふりをした。男がこちらを見ている。
「寝たふりしとくか」
もう一口飲んだふりをしてから、大きく伸びてあくびをし、そのまま居眠りを始めた。
しばらく経つと、右側の男がベッカーに近づいてきた。
彼らも昼日中から騒ぎは起こしたくない。
眠っているなら、今のうちに毒でも仕込もうかと画策するに違いない。
俺が知っている殺し屋なら、その手口を使うはず。
ベッカーの予測通り、ベンチの隣に男が座った。
「よう、飲むかい?」
いきなり声を掛けて男を動揺させた。ベッカーはその隙に、金属製のスキットルを差し出すふりをして、男の顎に思い切りぶつけた。
ヴバキグシャッ、という聞いたこともない音が響き、男が卒倒して背もたれによたれかかった。
「あ~すまねえ、手元が狂った。警備兵呼んできてくれ。アゴ割れちまってる」
大声で騒ぎ立てると、もう一人の男を睨む。
騒ぎに巻き込まれたくない男は、足早に去って行った。
「何があったんですか」
見ると、この間カルロの隣にいた若い警備兵デニスと、同じくらいの年の同僚が近寄ってきた。
「嬢ちゃんの命を狙ってる殺し屋だ。騒ぎを大きくしたくねえ。とりあえず詰め所に連れて行ってカルロの指示を仰げ。パン屋のベッカーがそう言ってたって伝えろ。後で顔を出す」
殺し屋、という言葉に疑いながら、「もし嘘だったらあんたを捕まえますからね」と言い返した。
それでも貴族令嬢の護衛を受けていることを知っている立場のデニスは、分団長の指示を仰ぐため、応援を呼びに行くと同僚を残し詰め所に走っていった。
ちょっとした騒ぎになりそうだったが、昼から飲んでいる酔っぱらいのいざこざだということで興味を失った野次馬はすぐにいなくなった。
「待たせたねぇ。おや、何かあったのかい?」
「いや、なんもねえよ。居眠りさせてもらってた」
買い物を終えたエバとアンナにこの騒ぎは気づかれることもなく、三人は帽子屋に向かったのだった。




