分かれる線
「……はぁ」
湯気が立つ。
泥と冷えが、ゆっくりと落ちていく。
足に残っていた重さが、ようやく抜ける。
長かった。
雪よりも、動けない。
踏み出せば沈み、戻せば絡む。
火も使えず、眠る場所も選べない。
木に身体を縛り付け、落ちぬ様に夜を越した。
「……」
目を閉じる。
温かい。それだけで、十分だった。
やがて湯から上がる。拭う。着る。整える。
息を一つ。思考が戻る。
「……行くか」
領主館の奥へ進む。扉の前で止まる。
ノック。
「……どうぞ」
中から声が聞こえ、入る。
クラウスは既に机に向かっていた。
視線だけが上がる。
「……少しは戻ったか」
短い一言。
「……はい」
それで足りる。
間を置かず、話は進む。
「見たな」
机の上の紙。
「……はい」
父の防衛計画。
クラウスは指で紙を叩く。
トン。
「北は、あれでいい」
淡々とした声。
「問題は——」
一拍。
「ここからだ」
「……」
地図が広げられる。
北部とここ。領都。その間。
エドワルドの視線が落ちる。
線。長い。元は同じ国の傘下。境はあるが、防衛線ではない。
「……薄いですね」
ぽつりと漏れる。
「そうだ」
即答。
「拠点が無い。遮る物もない」
つまり——
「丸裸だ」
静かな断定。
「……」
指が動く。
ここから西には、街道が二本。
北部方面には、
大まかに旧領都へ、一本。
ほぼ真北へ、一本。
そして北西に、一本。
低く呟く。クラウスは頷かない。
否定もしない。
「……」
「北は引く」
エドワルドが言う。
「敵を奥へ」
「……」
「なら——」
視線が領都へ向く。
「どこで分かれる」
一拍。
「そのまま北を追うか?途中で南下するか?」
「……」
「あるいは——」
指が止まる。
「最初から、こちらを狙うか」
部屋が静まる。
「……」
長い線。防げない。
エドワルドは地図を見続ける。
「……足りないな」
ぽつりと漏れる。
「決め手がない」
低く言う。
クラウスは何も言わない。
ただ——視線だけが、わずかに動く。
「……だが」
エドワルドは続ける。
「時間は、ある」
雪解け。まだ完全ではない。
「今の内に、形を決める」
それだけ。
静寂。戦は、まだ始まっていない。
だが——もう、動いている。




