冬前の違和感
「この時期はそろそろ鮭が川を上る頃だな……」
エドワルドは窓の外を眺めながら呟いた。
「漁師達は準備を進めているか。今年は多く採れるといいが」
食料の確保は、何より優先されるべき事だ。
山、畑、そして川。
あらゆる手段で、冬を越えなければならない。
その時だった。
「エドワルド様」
扉の向こうから声がかかる。
「グレゴール様が領都からお越しになりました」
「……何?」
思わず振り返る。
「北部方面の件で戻っていたはずだが……わざわざここへ来るとはな」
嫌な予感がした。
「通せ」
扉が開く。
「久しぶりだな、グレゴール」
「エドワルド様も、お元気そうで何よりです」
相変わらず落ち着いた様子だ。
だが、わざわざ来た以上——ただ事ではない。
「で?何があった」
単刀直入に聞く。
グレゴールは軽く頷いた。
「はい。現在は情報収集と伝達業務を兼ねております」
「お父上様、お兄様へは既に共有済みです。エドワルド様にも見せよ、と」
一通の書類が差し出された。
「……見せてもらう」
紙を受け取り、目を通す。
「……これは」
市場の記録。
隣国の国境付近の町。
物資の流通量。
価格の推移。
取引の頻度。
細かく記されている。
「随分と細かいな」
「はい。向こうの商人を通じて集めたものです」
エドワルドはページをめくる。
「……ふむ。冬備えにしては……」
眉がわずかに寄る。
「買い込みが早いな」
通常よりも明らかに時期が早い。
さらに——
「量も多い。前年との比較は無いが……それでも異常だ」
グレゴールは黙って次の書類を差し出した。
「こちらも」
受け取り、目を通す。
「……商人の報告か」
内容を読む。
「去年よりも早く買い始めている……しかも——」
目が止まる。
「一部物資は、既に前年分の売掛を終えているのに。さらに買い進めている……?」
静かに顔を上げた。
「……グレゴール。これは一体、どういう事だ」
グレゴールはゆっくりと答える。
「私も最初は、ただの備蓄強化かと考えました…‥ですが——」
一拍置く。
「量と時期が、どうにも説明が付きません」
部屋の空気が変わる。
エドワルドは書類をもう一度見た。
「……まさか」
口の中で転がすように言葉を出す。
「はい」
グレゴールは静かに頷く。
「お父上様、お兄様も同じ結論に達しております」
「敵は——再度、侵攻を予定している可能性が高い」
沈黙が落ちた。
外からは、いつも通りの町の音が聞こえる。
この部屋だけは別の空気だった。
「……その為の備蓄か」
エドワルドは呟いた。
「兵糧」
「武具の材料」
「長期戦を見越した準備」
グレゴールが続ける。
「はい。しかも今回は前回よりも早い段階で動いている」
「……学習している、か」
エドワルドは小さく笑った。
だが目は笑っていない。
「一度やられて、同じ失敗はしないという訳だ」
「そのようです」
グレゴールも淡々と答える。
エドワルドは椅子に深く腰掛けた。
指で机を軽く叩く。
トン、トン、と規則的な音。
「……となるとこちらの猶予は思ったより短いな」
レオンが横から口を開く。
「再侵攻が来ると見て、間違いありませんな」
「ああ」
エドワルドは頷いた。
「問題は規模だ。どの程度の兵力で来るか?どこを狙うか?」
「そして——」
視線を落とす。
「いつだ」
グレゴールが静かに言う。
「時期までは不明ですが。冬前、もしくは冬明けの可能性が高いかと兵糧の蓄積状況から見ても」
「……冬をまたぐか」
エドワルドは天井を見上げた。
「厄介だな」
冬は動きにくい。だからこそ読みにくい。
「ふぅ……」
小さく息を吐く。
「落ち着いたと思ったがやはり、そう簡単にはいかんか」
グレゴールはわずかに笑った。
「世は既に乱れております。平穏の方が珍しいかと」
「違いない」
エドワルドも薄く笑う。
そして、書類を机に置いた。
「……よし」
顔を上げる。
「対策を考える」
その目は、既に戦場を見ていた。
「今度は——」
静かに呟く。
「迎え撃つだけでは足りんな」
空気が、さらに張り詰める。
冬はまだ来ていない。
だが。戦は、もう始まっていた。




