畑の知恵
新たな作物か。
エドワルドはゆっくりと歩きながら、先ほど見たヤコンの畑を思い返していた。
「……やはり」
小さく呟く。
「現場の人間に話を聞くのは悪くないな」
書類の上だけでは分からない事がある。
農民が毎日触れている土。
山に入る者が見ている草木。
彼らが当たり前に知っているものでも、領主や文官は知らない事が多い。
今回のヤコンも、そうだ。
もし自分が畑を見に来ていなければ。
もし農民がぽつりと話さなければ。
「……見落としていたな」
その存在すら知らないままだったかもしれない。ましてや、この町で育てるなど考えもしなかっただろう。
エドワルドは少しだけ苦笑した。
「書類だけでは分からないものだ」
町を歩き、畑を見て、農民の話を聞く。
そうして初めて分かる事もある。
エドワルドは足を止めた。
「……念の為」
そう呟く。
「文官に聞き取りをさせるか」
今回の様な作物が、他にもあるかもしれない。
農民が知っている植物。
山に生える食べられる草。
保存が利く根菜。
そういうものは、案外見過ごされている事が多い。
「名前」
エドワルドは指を折りながら考える。
「簡単な生態」
「食べ方」
この三つだけでもいい。
それだけでも、十分な情報になる。
「この程度でいいだろう」
農民達から聞き取った内容を文官がまとめる。そしてそれを俺が確認する。
エドワルドは頷いた。
「俺が目を通す」
その中で、気になった物を俺が見に行けばいい。畑でも、山でも。
「問題ないな」
エドワルドは歩き出した。
以前も似たような事をしていた。
領都でも。農民に聞き取りをさせ、作物や土地の特徴をまとめさせた。
そして使えるものを見つけ、試していった。
「……同じ事をここでもやるだけだ」
違う点があるとすれば。
ここには、まだ書庫が無い事だ。
領主館には古い書物があり、そこから知識を得る事も出来た。
だが、この町は違う。
崩壊した土地。書物も記録も残っていない。
エドワルドは少し空を見上げた。
「まあ」
小さく笑う。
「書庫が無くても」
農民の頭の中には、長年の知恵がある。
どの草が食べられるか。
どの芋が育つか。
どの土地が良いか。
本当の知識は、畑にある。
「皆の頭に入っているだろう」
エドワルドは静かに頷いた。
それを引き出せばいい。
それだけで、この町はもっと強くなる。
「よし」
エドワルドは文官達のいる建物へ向かった。
新しい仕事を与える為に。
エドワルドからの指示を聞いた文官達は、一瞬だけきょとんとしていた。
「……作物の聞き取り、ですか?」
古参の文官はすぐに理解した様子だったが、最近加わった文官達は戸惑っている。
新たに領都から派遣されてきた文官達は、互いに顔を見合わせていた。
領主自らが農民の作物に興味を示す。
しかもそれを文書としてまとめさせる。
普通の領地では、あまり聞かない話だ。
エドワルドはその様子を見て、少しだけ口元を緩めた。
「……まあ」
心の中で思う。
領都から来た文官達は、直接関わってはいなかった。
だが古参の文官達から、いろいろと噂は聞いているのだろう。
畑を見に行く領主の子。
農民と話す領主の子。
作物を試す領主の子。
そういう話を。だからか。
一瞬戸惑いはしたものの、すぐに文官達は動き出した。
「農民の聞き取りを始めましょう」
「山に入る者からも聞くべきですな」
「記録用の帳面を用意します」
紙と筆を持った文官達が、慌ただしく動き始める。エドワルドはその様子を見ながら、小さく頷いた。
「……早いな」
一度理解すれば、動きは早い。
文官達も、この町を維持するために何が必要かを分かり始めている。
それは悪くない。
エドワルドは静かに呟いた。
「さて」
これでまた一つ、この町の土台が整う。




