焦土の選択
黒鎧の男――やはり、あれが指揮官だったのだろう。
見た目通りだ。
あの男が落ちた瞬間から、敵の動きは鈍った。それでも奴らは砦に押し寄せてきた。
だが兄上が仕込んだ嫌がらせの罠は、まだ生きていた。
落とし穴。
偽の退路。
崩れる柵。
足を取る杭。
統率を欠いた兵に、あれは効く。
「……崩れてますな」
レオンが呟いた。
「ああ。いまいち統率が取れていない」
混乱。怒号。命令の不一致。
こちらにとっては有利。
これなら持ち堪えられる。
いや――
「少し余裕があるな」
そう言ったのは、自分でも驚くほど冷静な声だった。
昼過ぎ。敵は明確に退き始めた。
「敗走だ!」
誰かが叫ぶ。
「追撃だ!」
俺は迷わなかった。
「レオン! 敵国のここから一番近い村は?」
「……はい? ありますが?」
「そこへ案内せよ」
「案内も何も、敵が逃げている方向です」
「なら、手間が省ける」
レオンが一瞬だけこちらを見る。
「……まさか、更に追撃を?」
「そうだ」
止めなかった。
止められなかったのかもしれない。
俺たちは国境を越えた。
敗走兵は散り散りに逃げていたが、進む方向は同じ。
やがて村が見えた。
木柵。家畜小屋。小さな畑。
敗走兵が駆け込んでいる。
略奪まではしていない。
だが――
味方の村に武装した敗残兵がなだれ込めば、何が起きるかは想像に難くない。
「……」
レオンは何も言わない。
気に入らないのだろう。
俺のやり方が、だが止めない。
それが答えだ。
俺は馬を進め、村の中央へ出た。
「村人を集めろ!」
叫ぶ。
混乱した顔の村人たちが集まる。
「逃げろ」
短く言った。
「今すぐだ。山へ入れ。荷は持つな」
敵兵も、村人も、意味が分からず立ち尽くす。
「今すぐだ!」
威圧ではなく、命令。
やがて理解した者から走り出した。
女が子を抱え、老人を支え、山へ向かう。
誰もいなくなった村。風が吹く。
「……やるのですな」
レオンの声は低い。
「ああ」
俺は頷いた。
「兵站を断つ。根を焼く」
松明が投げられた。
乾いた屋根に火が移る。
パチパチと音が広がり、やがて炎が立ち上る。
燃える村。俺はそれを見ていた。
心は、揺れない。
「これで向こうも簡単には手を出せない」
食料も、宿も、休息地も失う。
次に来る時は、より慎重になる。
それだけのことだ。撤収を命じる。
炎の向こうで、黒煙が空へ昇る。
レオンは最後まで何も言わなかった。
一度だけ、横目で俺を見た。
その視線は、問いかけでも、非難でもない。
ただ――
確認するような目だった。
エドワルドは、どこまで行くのか。
俺は視線を逸らさなかった。
守るためだ。
すべては。
守るためだ。




