名のない作物
「エドワルドの奴め……」
伯爵は、執務室で書簡を置き、低く呟いた。
じゃじゃ芋。
聞いたことがない。
少なくとも、正式な作物として領内に流通した記録はない。
だが、息子は確かに言った。
「地方領では栽培例があります」と。
半信半疑のまま、伯爵は商人に問い合わせた。
それも、ただ一人ではない。
いつも使っている者、別口の者、情報に強い者。
結果は――一致していた。
「確かにございます」
商人はそう答えた。
南の地方領。
痩せた土地。
主作物にならず、細々と。
「土の中で育つ作物です。見栄えが悪く、貴族には人気がありません」
そこまで聞いて、伯爵は眉を寄せた。
まるで、息子の説明と同じだ。
「量は?」
「多くは扱っておりませんが……」
商人は一瞬、言葉を選び、
「十キロほどでしたら、手持ちがございます」
「すぐに?」
「はい。三日もあれば」
伯爵は、思わず椅子に深く座り直した。
ある。
しかも、今すぐ。
偶然か?
それとも――。
「商人は、何か言っていたか」
執事が、苦笑気味に答えた。
「正直、驚いておりました」
「ほう」
「『なぜ、それをご存じなのですか』と」
伯爵は、鼻で小さく息を吐いた。
「そうだろうな」
地方の、しかも評価の低い作物。
王都では話題にもならない。
それを、九歳の子供が口にした。
普通なら、戯言で終わる。
だが――
肥料は、結果を出した。
乾燥した小麦も、形になりつつある。
偶然で片付けるには、数が多い。
「……調べすぎだな」
伯爵は、自嘲気味に呟いた。
息子は、前に出てこない。
命じもしない。
理屈を振りかざさない。
ただ、試し、結果を積む。
それが一番厄介だ。
「手配しろ」
伯爵は、即断した。
「十キロだ。余計な噂が立たぬよう、静かにな」
「承知しました」
執事が下がる。
一人残された伯爵は、机に指を組んだ。
じゃじゃ芋。
名前も地味だ。
見た目も良くないだろう。
だが、土の中で育つという点は――悪くない。
不作。
戦。
飢え。
どれも、地表から始まる。
土の下にあるものは、見落とされやすい。
だが、最後まで残る。
「……さて」
伯爵は、窓の外を見た。
息子は、今頃また畑にでもいるのだろう。
遊んでいるように見えて、
誰よりも先を見ている。
じゃじゃ芋が育つかどうかは、まだ分からない。
だが――
「商人まで驚かせるとはな」
口元に、僅かな笑みが浮かぶ。
遠回りだが、確実だ。
数字より先に、現実を掴みにいく。
そのやり方を、
あの年で、どこで覚えたのか。
答えは出ない。
だが一つだけ、はっきりしている。
この領地では今、誰にも気づかれないところで、確かに、別の道が伸び始めていた。




