第5話・生徒会長 #15
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「――あ、万美、おはよう」
葉山未衣愛は、教室の廊下側の席に山口万美の姿を見つけ、声をかけた。
「お? 未衣愛。おはよう」万美は、笑顔で挨拶を返した。「今年は同じクラスだね。よろしく」
「うん、こちらこそ、よろしくね」
春。無事に2年生に進級した未衣愛たち。クラス替えが行われ、今年は山口万美と同じクラスになった。万美とは中学時代の同級生だ。去年は別々のクラスだったので、1年ぶりのクラスメイトということになる。
未衣愛はクラスを見回した。万美の他には、ボクシング部員の西沢茉優、その友達の百瀬架純、ギャル系ファッションの青山梨花、ヤンキー系ファッションの牧野里琴、そして、優等生の岡崎リオなどがいた。
「そういえばさ」と、万美。「聞いた? 香奈の話」
「うん。聞いたよ。うちに来ることになったんでしょ?」未衣愛は万美の隣の席に座り、机に頬杖をついた。
高樹香奈は、未衣愛と万美の後輩だ。ボクシング歴10年で、中学時代はジュニアチャンピオンになったこともある。ボクシングの強豪校への推薦入学が決まっていたが、先月、ショッピングモール近くの広場で乱闘騒ぎがあり、それが原因で入学を取り消されてしまったらしい。
「他にボクシング部のある高校をいろいろ当たってみたんだけど、事件のこともあって、どこも受け入れてくれなかったんだって」万美は残念そうに言った。
未衣愛は大きく息を吐いた。「それで、どんな落ちこぼれも受け入れる我が四木高に来るハメになったと。可哀そうにね」
「ホント。忍先輩と絡むと、ロクなことが無いよね」
「ところでさ」未衣愛は頬杖をやめ、万美の方へ顔を寄せる。「香奈は、なんで忍先輩に襲撃されたの?」
「うーん。それなんだけどさ。忍先輩は、香奈がバイクにイタズラしたから、その仕返しだ、って、言ってたらしいんだよ」
「え? 香奈、そんなことしたの?」驚く未衣愛。
「いや、そんな訳ないじゃん」即座に否定する万美。「香奈は、そんなくだらないことする娘じゃないよ。絶対」
「そうだよねぇ。あたしも中学時代、何度か話したことがあるけど、そんな娘じゃなかったよね。じゃあ、なんでそんな疑いをかけられることになったの?」
「忍先輩が言うにはさ、香奈が、ツブヤイターで、バイクにイタズラしているのを、写真付きでつぶやいたらしいんだ」
「『バカダッター』ってやつだね」未衣愛は笑いながら言った。
最近ツブヤイターでは、未成年飲酒や無免許運転などの違法行為や、コンビニの冷蔵庫に入るなどのイタズラを、写真付きでつぶやき、それが拡散されて炎上するという事例が増えている。そういうバカなマネをする人たちのことを、ネット上では『バカダッター』と呼んでいるのである。
「え? でも、香奈は、バイクにイタズラなんてしてないんでしょ?」未衣愛は言った。
「うん。イタズラもしてなければ、写真も撮ってない。だから、そんなつぶやきもしてないって、言ってる。でも、確かに香奈のツブヤイターには、バイクにイタズラしてる写真が投稿されてたんだ」
「えー? 何それ怖い。心霊現象?」
「違う違う」万美は笑いながら言った。「たぶん、アカウントを乗っ取られたんじゃないかな?」
「アカウント乗っ取り?」未衣愛は、思わず声を上げた。
万美は、以前岡崎リオから聞いたという、フィッシング詐欺について教えてくれた。
未衣愛は腕を組んだ。「――じゃあ香奈は、その偽メールに引っかかって、IDとアカウントを盗まれたってこと?」
「じゃないかな? 香奈も、そういうメールに心当たりがあるって言ってるし」
「そうなんだ。怖いね。あたしも気を付けなきゃ」未衣愛は両腕を抱き、小さく震える仕草をした。「でも、アカウント乗っ取りなんて、誰がやったんだろ?」
うーん、と、万美は唸った。「詐欺グループとかじゃないと思う。忍先輩のバイクにイタズラして、その罪をなすりつけるくらいだから、絶対身内だよ」
「あ、もしかしたら」未衣愛は、声を潜めて言う。「美青じゃない?」
「え? 美青が? まさか」驚く万美。
市川美青は、香奈の同級生だ。ボクシング部のマネージャーをしており、香奈と仲がいい。
「分からないよ?」と、未衣愛は言った。「だって美青、香奈と一緒の高校に行きたがってたんでしょ?」
「そうだけど、それが?」
「例えば、香奈が暴走族とケンカになって、推薦が取り消しになったら、一緒に四木高に行けると思った、とか?」
「あ、ありえそう」万美は手を叩いて笑う。
「でしょー?」未衣愛も笑った。
もっとも未衣愛は、美青に限ってそんなことはあり得ないと分かっていた。「ま、美青にそんな知恵は無いか」
「そうだね」と、万美も同意する。「フィッシング詐欺とか、美青の頭じゃ、絶対無理だよ。もっと頭の良い人じゃないと」
そして、もう1度2人で笑った。
万美が2つ隣の席を見た。優等生の、岡崎リオの席だ。リオは、机の下でスマートフォンを操作していた。
「あれ、岡崎さん、いつの間にスマホにしたの?」万美が驚いて訊く。「前は、ガラケーだったよね?」
「うん。今年のお正月に、お母さんに買ってもらったの」リオは顔を上げ、悪意のない笑顔で応えた。
「えー? 結構前じゃん。もう。早く教えてよ」万美は、リオの席まで行き、スマホの画面を覗き込んだ。「お? 結構いいヤツ使ってるね。しかも、ライーンとかやってるし。超意外」
ライーンとは、無料通話やチャットができる、現在大人気のコミュニケーションツールである。
リオは、照れたように笑った。「あ、これは、ちょっとどんなのか興味があって、試してみただけ。ほら。最近、ニュースとかで話題になってるじゃない? ライーンを使った事件」
未衣愛も万美もニュースを見たり新聞を読んだりしないが、その事件については知っていた。1ヶ月前、どこかの県の未成年の少年少女6人が、山の中で同級生を殺害し、埋めたという事件があった。少年たちは事件当日、ライーンを使って殺害計画の相談をしたと、警察の取り調べで供述したらしい。おかげで、ライーンを規制するやら有料化するやらなんやらの大騒ぎになり、ライーンを愛用している未衣愛は、迷惑しているのだ。
「でも、怖いよね」と、未衣愛。「せっかく便利なものを、そんな犯罪に使うなんて」
「もしかしたら忍先輩も、香奈を襲撃するとき、ライーンを使ったのかもしれないね」万美が言った。
「うーん。どうかな?」リオは首をひねった。「もしかしたら、そうかもしれないね」
「ま、いいや」万美は自分のスマホを取り出した。「岡崎さん。せっかくだから、ライーン交換しようよ」
「あ、あたしも、いい?」未衣愛も手を上げる。岡崎リオは、学年でダントツトップの成績だ。仲良くなっておけば、いろいろとお得なことがあるだろう。
「うん。いいよ」リオは笑顔で答えた。
「あ、でも」万美が未衣愛を見る。「未衣愛、気を付けてね」
「何を?」首を傾ける未衣愛。
「ライーンも、ツブヤイターと同じで、アカウントを乗っ取られることがあるから」
「え? ライーンも?」
「そう。だよね、岡崎さん」万美は、岡崎さんの方を見た。
「うん、そうだね」リオは頷いた。
万美はさらに言った。「アカウントを乗っ取られると、勝手にメッセージを送信されるのはもちろん、グループ内のチャットを覗かれることもあるの。秘密の話とかも、うかうかできないからね」
「へぇ。万美、詳しいじゃない」未衣愛は感心して言った。
「うん、前に岡崎さんに教わって、あたしも、ちょっと勉強したんだ」
「ふぅん。気を付けよっと」
そうだね、と、岡崎リオが笑った。「本当に、気を付けた方がいいよ。ツブヤイターやライーンの、情報の流出には。じゃないと――」
「じゃないと?」
「ううん。なんでもない」リオは、首を振った。「さ、ライーン、交換しよう?」
リオはスマホを操作する。未衣愛もスマホを取り出し、3人でライーンを交換した。
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(第5話・生徒会長 終わり)
(第1部・完)