信教者は厄介者
トゥエルと別れた後、コルベットで駆けつけたイザベラと合流し、今はロンドン市内の道を縦横無尽に突き進んでいた。
先程の戦闘から数分は経った。あの戦闘に気づいてる者がいると思い、すぐにその場を去って正解だった。
すでにあの一件は近隣の住民の噂として立ち籠り、警察が駆けつける騒ぎにもなっていた。
事件の詳細は俺が気絶させた奴が証言するだろう。そうなれば、事件のことは世に広まるはずだ。
俺たちはエルの居場所を突き止めるのが最優先だ。何も術もないまま連れ去られたエルを救い出す、それが今一番の目的だ。
「で?これからどうするわけよ?」
キューバ生まれのイザベラは母国の英雄を綴ったHasta siempreをスピーカーで大音量で流している。
同じくキューバ生まれのシンガーソングライターであるカルロス・プエブラの一曲だ。キューバ国内に広く知られ、40年近く経った今でも名曲として愛されている。
彼女もその魅力にとりつかれた一人だ。嬉しそうに頬を緩ませて和んでいた。
「これからどこへ行くか、検討はついてるんだろ?でなきゃ、車で来させる理由はない。ただ観光しに来たんじゃねぇからな。」
「確かに検討はついてる。だが、奴の言葉を信じるのは......」
「奴?」
「いや、こっちの話だ。」
トゥエルが最後に呟いたあの言葉。
『ボア・アモーレ教会に行け』
これは一体何のことだろうか。名前からして教会なのは間違いないだろう。だが、これだけでは手懸かりにすらならない。
もしかして、そこにヒントが?
「イザベラ、一つ聞くがボア・アモーレ教会って知ってるか?」
「ボア・アモーレ教会......?知らんなぁ。そもそも宗教には興味ないからな。」
「そうか。」
イザベラは知らないようだ。彼女は首を傾げて運転に再開した。
教会と名乗ってるなら間違いなくキリスト教だろう。ロンドンに教会はそんなに多くない。なら探すのは容易なはずだ。
ロンドン市民に聞いてみよう。以外と近場かもしれん
「道案内ならそこのキャリアウーマンに聞いてみな。ほら、そこの眼鏡とスーツの奴だ」
車を道路沿いに停めて降り、道行く紺のスーツ姿のキャリアウーマンに聞いてみた。
『ボア・アモーレ教会って知ってます?』と聞いてみると、『ええ、知ってるわ。ロンドンじゃ、誰でも知ってると思うわよ。』と答えた。
それほど有名なのか、と思ってると住所を書いてくれた。なんでも、知り合いがクリスチャンなのでよく同行して行ってたらしいのだ。
これで場所はわかった。その場所へ向かうことにした。
見えてきたのは十字架が大きく目立つレンガ式の教会だ。それはその建築物のシンボルとなり、多くのキリスト教徒の目に届いていた。
「ここがボア・アモーレ教会か?やけにボロくせぇし廃墟だな。」
「失礼だな。一応人はいるから廃墟じゃない。ここがトゥエルの言ってた教会だ。何かしら、重要な手懸かりがあるに違いない。」
「あたしも行くぜ。一人より二人の方が心強い。何より車で乙女一人にさせるのはエチケットとしちゃ、底辺だろ?」
「乙女だと?そんな聞こえのいい単語似合う訳な......はいすいません」
拳を振り上げてくるイザベラと共に教会の敷地内に足を踏み入れる。
入り口に飾られた植物を掻い潜り、木製のドアを開けると聖堂が目に映えた。
キリストや聖母 マリアなどが映るスタンドガラスにそれに重なるように位置する大きな十字架。横には天使をモチーフにした石像が客を迎えるかのように鎮座していた。
礼拝堂には会衆が座る長椅子が丁寧に整列されており、前方に向かって行列を作っているようだった。
礼拝堂内に誰一人としていないが、スタンドガラスから覗く日の光がこの空間を支配していた。
「こりゃ立派な礼拝堂だな。埃があるのが気になるが。」
「そんなの気にすることじゃない。それより誰かいないのか?」
「おぉーい!誰かいるかぁー!聞きたいことがあんだけどー!」
呼び掛けに答えるように奥の扉が鈍い開閉音を鳴らす。
「.......何でございましょうか?」
一言で言うならば金髪碧眼。ブロンド系のブルーアイズを持ったシスターの体格はほっそりとしており、女性らしい華奢な体つきだ。
特に目がいくのは、女性らしさを飛び越して爆乳を追求したかのようなその母性ある乳房。メロン並の仰天サイズを持ち合わせた女性だ。
彼女はゆっくりとした足取りでこちらへ歩いてきた。
「この教会へ何の用でございましょうか?あいにく、今神父様はお出掛けにございます。用件ならばこのマリア・ルーヴルにどうぞ。」
マリアと名乗る女性はペコリと頭を下げて出迎えてくれた。
動くたびに大きく揺れるその豊満な胸はお辞儀だけでもさらに揺れた。修道女としては邪魔になるかもしれない。
「いや、俺たちは神父に用があるんじゃない。ちょっと人探しをしていてね。とある人物にここに来れば手懸かりが掴めると聞いてきたんだが.......」
「人探し......ですか?」
「この写真の男だ」
マリアに眼鏡の男の写真を見せる。
するとマリアは整った顔を歪め、写真を凝視する。
「.......失礼ですが........この写真をどこで?」
「とある奴が調べた。途方に暮れてるところに女がここへ行けば分かると教えてくれた。」
「その女性の名は?」
「トゥエル。西ヨーロッパ出身で短髪の長身の奴だ。」
名前を教えてやるとマリアは深く縮まった。少し背中が震え、笑ってるようで悲しんでるような状態だ。
「トゥエル.........あの女か........フフフ..........」
「あ、あの?マリア?」
マリアの様子がおかしい。ボソボソと聞こえない声で独り言を呟いている。
「なあ、そいつ頭が可笑しくなっちまったんじゃねえか?スゲェ不気味だぜ?」
「失礼なこと言うな。おい、大丈夫か?」
「フフフ........これも神の試練です。ああ、主よ感謝いたします」
「マ、マリア?」
「聖母マリア様、奇しくも同名であるこの私をお守りくださいませ。今から.........
この悪魔たちを滅してさしあげましょう!」
「なっ!?」
突如、開き直ったかと思えばどこから取り出したか分からない十字剣を突いてきた。
「ぐっ!?」
「まだまだ!大人しく滅されなさい!」
シンプルかつ、単純な構造の剣は表面を銀でコーティングされ、鏡のようにきめらかな輝きを放っている。
神々しさと美しさを兼ねた剣はその銀の刀身を鮮血で飾ろうと、俺目掛けて斬りかかってきた。
「おいおいおい!どうなっちまったんだこりゃ!」
「知るかよ!おい、奴を止めろ!」
「ちぃっ!おいシスター!そこを動くな!頭に風穴が空くぜ!」
イザベラは太もものホルスターからデザートイーグルを抜き、銃口をマリアへと向けるが効果はない。
止まることを知らない修道女はさらに横、縦、斜めと剣を振るい、殺しにくる。
「この女......!正気か?死ぬ気マンマンかよ!」
「だろうな。銃くらいじゃ、脅されないってか。」
「その通りです!神のためならばこの命、惜しくはありません!」
さらに突きを繰り出す。銀の残光を残しつつ一寸の隙も見せぬマリアはさらにこちらへ走り出す。
辺りの長椅子の端に切り傷を遺しながら躊躇なくその剣を振るっていく。
「イザベラ!こうなりゃ自棄だ。マリアを止めろ!」
「世話が焼けるなぁ!あたしはいつからお前の使い走りになったんだあぁん?」
デザートイーグルでは対処出来ないと知ったのか、今度はナイフを取り出した。大きな刃が特徴のサバイバルナイフだ。
逆手持ちにしたナイフで十字剣の斬撃を防ぐ。しかし刀身の長さで優劣さが生まれ、重さとリーチを誇るマリアが優勢の位置に付いた。
斗真はイザベラの働きを無駄にしないようマリアへと駆け寄る。
「ちぃっ!この女は囮ですか........。この悪魔め、悪魔らしい姑息な手じゃありませんか」
「いきなり襲いかかるほうが悪魔らしい......よっ!」
徒手格闘でマリアの無力化を計るが彼女は一歩二歩と後ろに下がる。
そのたびにメロンパイがぶるんぶるん揺れて目の保養.....いや毒になる。えぇい、この俺を油断させるつもりだな
「あぁ、主よ我に力を!」
素早く十字をきるとさらにと斬りかかってくる。軽やかなステップで踏み込んでまた前進を続ける。見事なヒットアンドランだ。
攻撃と回避を上手く使った攻撃法におもわず翻弄し苦戦する。この手法は今だ味わったことのない戦闘のひとつだ。
「ちぃっ!とっとと殺られなさいこの悪魔!」
「殺られなさいと言われてみすみす死ぬ奴がいるか!」
流れ作業のような剣術。俺の首を斬るつもりで横へと薙ぎ払った。
壁へ刀身が突き刺さり、チャンスかと思ったら十字剣を強引に引き抜いて攻撃を再開した。なんとも厄介な手数だ。
狭い礼拝堂をあっちこっちへと移動しながら相手の隙を伺う。
しかしながら隙はない。こちらの武器の性質上、近接戦はしづらい。そのために刃を交じらせるにはもっと近づく必要性がある。それが困難なら隙は見つけるのも容易いことではない。
見事なヒットアンドランは西洋剣術にも似ている。だが、形が残ってない西洋剣術を知ってるはずがない。おそらく我流の剣術だろう。
ならばと一歩踏み込んで殴打を仕掛ける。
思いの外、格闘には慣れてないのか反応が遅れてもろに肩に拳を受けてしまう。
女に手を挙げてしまったのは最低な行いだが、これは殺し合い。今までの倫理観は捨てなければならない。
さらに左手で手首を叩く。彼女を無力化するには十字剣を手放さなければならない。
「やぁっ!」
軸足を起点に1回転。剣の重さと遠心力が加点となりさらなる連撃を見せつけた。
さらに転用して鮮やかなステップ。修道着がドレスに見立てられて円舞曲のようだ。
ザシュ―――、と隣の戸棚に溝が入る。戸棚には聖書なとが収納されてるが今の攻撃で聖書にも切り傷が残った。
「あぁ!主よ、申し訳ありません!貴方の分身といえる聖なる書物に傷を入れてしまいました!願わくば愚かな私とこの者に罰を!」
「俺もかよ!今のはどう見てもお前のせいだろ!?」
理不尽な言いがかりをつけられてご立腹の斗真がナイフで受け流し、横に思いっきり弾く。
剣の重さに引っ張られマリアの軸はぶれた。
そうしてすかさずイザベラがゴム弾を撃つ。数発放たれたが、どれもかわされ、無駄弾となった。
「外したがナイスタイミングっ!バックアップは任せた!」
「慰めるな!ちょっと涙目になるだろうがよっ!」
こちらにもゴム弾がプレゼントされた。仲間なのに......
「せいやぁっ!」
またもや、円舞曲みたいな連撃。言うならば剣舞だろう。
だが、斗真は打開策を見つけた。この手の人間にとって大敵といえる打開策を。
「最初は貴方です!覚悟ぉ!」
胸へと狙いを定め、突きでトドメをさそうとしてきた。それに対して斗真は走りを止め、その場に静止。
イザベラもその奇行に頭を悩ませる。一方マリアは好機と見てか、さらに加速した。
真っ直ぐな刀身の切っ先は彼の心臓付近目掛けて一突き。
斗真は両手を前に出して受け止めようとした。
「 無駄ですよ!素手で何が出来るんですか!」
次こそ当てた!と意気込むマリア。
どころが自分の目を疑った。その手に握られてる物体が事実かどうか。
「っ! 聖書、ですか!?」
その手には分厚い聖書。あれは彼女自身が使ってる聖書だ。この教会にも常用されているからだ。
おもわず足を止め、その手の獲物の軌道をずらす。剣は空気を貫く。
( まさか......これが狙い!? )
彼女はシスターだ。いわゆる神の僕。主たる神にその刃を向けるなど恐れ多い行為に等しい。
やられた、彼は聖書を盾にして彼女の攻撃を未然に防いだのだ。彼女ならではの防御方だ。
「チェックメイトだな」
鋭い手刀が彼女の右手を襲った。それに伴い、後ろから何かが襲いかかった。
「っ!?」
「余所見はしないことだ。もちろん後ろにもな。」
背中に回り込んだイザベラが羽交い締めでトドメをさす。両手を使えなくなったマリアは身長さが仇となり、つま先立ちをしなければならなくなる。
カランと十字剣が地に堕ちた。神の使いはここに崩れ落ちたのだ。
「うぅ.......聖書を盾にするとは......やはり、姑息な悪魔ですね」
「それはこっちの台詞だ。いきなり襲いやがって。どう見てもお前が悪魔だろうが。」
何も術のないマリアは羽交い締めされたまま『エリ・エリ・レマ・サバクタニ..........』とブツブツ呟いていた。
たしかキリストが磔にされた際、最後に言った言葉だよな?キリストと自分を重ね合わせているのか。
「けっ!無駄な手間かけさせやがって。どうやら痛い目見ないと分からんようだな。」
「止めろイザベラ。敵でも友好的な立ち位置で話す。拘束を解け」
イザベラ渋々と羽交い締めを解く。しかし油断は出来ないために腕は後ろで押さえつけてもらう。そうしないと安心できない。
マリアもマリアで抵抗は諦めてるようだ。俺らの意見に耳を貸すようで一事停戦状態となっている。
「さてと、マリアよ。何から話そうか。」
「......貴方が将来埋まる墓標の件でも?」
カチン、と頭がきた
「縛られてるというのに減らず口は収まんないのか。こりゃ厄介なタイプだな。」
イザベラも手で頭を抑えてやれやれと嘆息を吐き出した。
「.....そんなことは誰も聞きたくない。俺が聞きたいのは、なぜいきなり襲いかかったのか、ということだ。」
「誰が言うもんですか。」
ダメだ、元より口を開く気はないようだ。
「推測だが.....おそらくお前の発言が原動力だろうな、さっき名乗った女のことだ」
「トゥエルのことか?」
「そうそう、そいつだ。それからだよ、こいつが狂いだしたのは。」
「ええ、そうですとも」
イザベラに同調するようにそう呟く。その顔には禍々しさを感じた。
「あの女狐....!刺客を寄越すとは姑息な手を使いますね.....今度会ったらただじゃおけない.....!」
「お、おいちょっと待ってくれよ!俺らは人探しに来ただけだ!お前に敵対心はない!」
「嘘を言わないでくださいっ!我々の敵である彼女と関係があるのは明白!その証拠に彼女と接触してたでしょ!?」
これはあれか、トゥエルとつるんでいただけでこの扱いか?そうなれば酷いよ。
トゥエル、一体この娘と何があったんだ......
「知らないんですか?ならば教えてあげましょう。あの女は以前イタリアで会ったんですよ。
――――敵対関係でね。」
「......はぁ、やっぱりか......」
誰かと会うたび敵を増やす、それが奴の本質みたいなもんだ。今更、って感じだな。
「こちらは全身全霊で迎え討ったというのに向こうは戦意を感じられなかった。明らかにバカにしてる態度でした。」
「だろうな。それがあいつだもん」
「それが気に入らないんですぅ!あの笑みが一生モノのストレス対象なんです!あー、イライラしてきたぁ!!」
熱弁したら今度は怒りを見せる。感情落差が酷いな。
「で、これからどうすんだ?こいつは襲ってくるし情報は得られないしもはや孤立状態だ。」
「そうだな。屋敷に戻って一から探すか。」
「......お待ちを」
帰ろうとすると奥の扉からまたもやシスターが現れた。
マリアとは違い、白髪混じりで穏やかそうな熟年層の女性だ。
隣のマリアが『ヨランダ様!』と言ってる辺り、同僚か上司と見れる。
イザベラは身構えたが、相手に戦闘意思はないと感じ取ったのか、すぐに銃を下ろした。
やがて、ヨランダ?は謝罪の意思を表し、頭を下げた。
「申し訳ありません。うちのしがない半人前のシスターが貴方たちに危害を及ぼしてしまいました。これも上司である私の責任です、何卒お許しください。」
なんて綺麗な志だ。いきなり襲うどこぞの女とは大違いだな。
どうやら、彼女はマリアのミスを認めるようだ。マリアも上司が認めた以上、非はこちらにあると思ったのか、重ねて会釈した。デカパイが垂れるのは些か興奮する。
「奥の方でも茶菓子はいかがですか?もちろん謝礼品としてお出しします。これっぽっちで許されるとは思っていませんが、せめてものの謝罪です。」
お言葉に甘えるように、俺とイザベラは二人の後を付いていった。
▼△▼△▼△▼△▼△
「さて、一体何から話せばいいでしょうか?」
小さなキッチンの片隅にある大きなテーブルに座り、マリアが淹れてくれた紅茶を一服したところでヨランダがそう呟いた。
その発言に先程飲んでた紅茶の味はしなくなり、別の思想が頭を埋め尽くす。
「まずは自己紹介といきましょうか。私はこの教会の修道院長をしています、ヨランダと申します。こちらはシスターのマリア・ルーブルです。」
「マリアです。先程は.....あの......その.........」
「.......?」
「........マリア?」
「はっ、はい!先程はすいませんでしたぁ!どうかお許しくださいぃ!」
ヨランダにどやされてか、半分涙目で訴えかける。そのあとは萎縮してしまう。
「.....マリアが迷惑をお掛けしました。」
「い、いやいや!大丈夫だって!俺もイザベラも無事だったんだから!な、なぁ!」
「あぁ、確かにな。これでチャラにしようせ、シスター様よ。あっ、それとあたしはイザベラ、そっちのは.....」
「五月雨 斗真だ。よろしくな」
これで一件落着.....と言いたいところだが、まだまだ話は終わらない。
俺から質問したい事は山々あるし、向こうも聞きたがっていることはあるはずだ。ここからは質問タイムといこうか。
「この教会は何だ?どうも普通の教会とは思えないんでね。」
「.......当教会はただの教会として成り立ってますが、それは表。裏では非公開の極秘組織の拠点となっております。」
「極秘組織?」
「はい......我々はヴァチカン市国直属の諜報機関"フューリー"の一員........。いわゆる国家の諜報員です.......」
おや、それは意外だ。あのヴァチカンに秘密諜報機関があったとは。
ただのキリスト教の聖地かと思ってたけどそんな秘密があるのは知らなかったね。
「そんなのがあるのか.......」
「はい」
「始まりは法王暗殺未遂事件です....」
その事件は俺も知っている。以前どこかで耳にしたことがある。
1981年5月13日、サンピエトロ広場の式典でヨハネ・パウロ2世がトルコ人マフィアのメフメト・アリ・アジャに銃撃される事件だ。狙撃による暗殺未遂。
ヨハネ・パウロ2世は2発の銃弾を受けて重傷を負うが、奇跡的に内臓の損傷は免れ、一命を取り止めた。
アジャはその後、トルコで終身刑を言い渡されるが恩赦され、余罪で服役することになる。
その日はファティマの聖母出現記念日だったので、『聖母様がお守りしてくださった』とヨハネ・パウロ2世自身は語っている。
「あの事件はヴァチカン関係者には疎遠される事件となりました。ヴァチカン建国以来、史上最悪の事件として市民に不安を抱えさせられたのです。」
「翌年1982年でも教皇が聖ピオ十世会神父に銃剣で刺される事件が起こりました。
――この二つの事件を通し、ヴァチカンは秘密利に諜報機関を作り、法王様に仇なす輩を始末してきたのです」
それがフューリー。主君を守る護衛のような役職。
生涯キリスト教に尽くし、愛し、忠を捧げるのだ。裏切りや侮辱は許されない。
彼女たちはその機関に属するイギリス支部らしい。このような支部は世会各地に点在しており、どこでも作戦可能な陣取りとなっている。
「暗殺、秘密工作、諜報活動.....これが私たちに課せられた任務です。本来なら秘匿しなければならないのですが、貴方達になら教えても問題ないと感じたからです。なるべく他言無用してください」
「それはありがたいぜ。葬られるかと思っていたところだからな。」
「それで?マリアはどうして襲ってきたんだ?」
俺の問いにビクッと身体を震わした。何ともわざとらしい。演技じゃないか?と聞きたくなる。
「あ、あれは私の勘違いっていうか.....早とちりっていうか............すいません.........」
ヨランダははぁ、とため息を吐き、イザベラはカカカッ、とから笑い。
おのれ、他人事だと思って。
「まぁ......彼女は個人的な思惑で突撃しました。それについてフューリーは命を下していません。それだけは覚えといてください。」
「わかってる。どう見ても個人的な感情混じってたからさ。」
用はこういうことだろう。
任務を遂行した、さあ帰ろう→あれ、お前誰?→戦場にいたから敵だ!→くそっ、負けた!!覚えてろ!→トゥエルの仲間か!覚悟!
と、いう感じだろう。どう見ても個人的な怨恨だ。被害者はトゥエルで間違いない。
「まっ、これで一件落着だな。」
「そうだな。それで、俺からも一つ聞きたいことが.....」
スーッと一枚の写真をテーブルに置く。もちろんこれは唯一の手懸かりとなる眼鏡男の写真だ。
トゥエルがここへ行けと言った以上、術はこれしかない。藁にすがる思いで事情を話すことにした。
重々しい話を聞いて二人の顔は一層険しくなった。
「なるほど......そんなことが......。せめて、その少年の無事をお祈りします。」
十字をきり、手を合わせて祈る。気休めにしかならないだろうが、少しでも縁を招いて欲しいものだ
「本題に戻るが、この男を知っているか?何でもいい。些細なことでもいいから知ってることは教えてくれ」
二人は写真を凝視すると舐めるように見つめる。
「ヨランダ様........この男は....」
「ええ、間違いありませんね.......」
「知ってるのか?」
問いただすと二人同時に頷いた。
「この男の名はシーク・ゼルセン。フューリー本部より指名手配されている国際指名手配犯です」