22
パン2斤とハム1パック、スライスチーズ10枚、卵3個に玉ねぎ半分、トマト一個にきゅうり一本、それにセロリ半本を使ったサンドイッチを3人で綺麗に完食した後も、クッキやチョコレート等のお菓子類を取り出して、まったりと時間を過ごしていると。
3人の携帯が、ほぼ一斉にメール受信音を響かせた。
「何?」
「「何でしょう?」」
それぞれ携帯を開いて確認する。
「美沙さんからですわ」
「わたしも」
「あたしも」
何だろう、とそれぞれのファイルを開いてみると、タイトルなしで本文はただ一行。
――ギョーザ食べない?
とだけあった。
「餃子?」
「どこか外へ食べに出かける、と云うことでしょうか?」
時計を見ると、時刻はそろそろ夕刻に差しかかる頃合いであり、ちょっと早いが夕食を食べに出かけてもおかしくはないときではあった。
――どこかお店に食べに行くってことですか?
陽菜子が代表して返信すると、ほどなく、
――違うよー(笑)
と美沙からメールが返って来た。それによれば、井潤がホットプレート持っており、それを使って何か作ろうという話になって、色々考えた末に餃子を作成しようと云うことになったらしい。
――具はもう作ってあるんだけれど、それがうっかり10人分くらい作っちゃって、私と晶子さんだけじゃあ、さばききれそうにないのよ。手伝ってー。
「……どうする?」
メールを開いた携帯画面を二人に見せて訊ねると、青子と瑠璃子は互いにちらりと目を見合わせたのち、同時にこっくり頷いた。
「手作り餃子」
「美味しそうですわね」
「「参りましょう!」」
是非、と訴える双子に、もともと否やはなかった陽菜子も頷いた。
「じゃあ、そう伝えるね」
――ありがとー。助かるわぁ。じゃあ、各自自分の飲み物と箸とお皿持参でよろしくー。
と云う美沙からのメールを見せた途端、青子と瑠璃子の眸がきらりときらめいた。
「餃子に合う飲み物」
「と、申しましたら勿論、……」
「「ビールですわね!」」
双子が互いの両手を打ち合わせて嬉しそうに唱和する。
陽菜子は絶句した。
(昨日あれだけ呑んでて、また飲むの?)
アルコールの味や臭いを思い出しただけでまた、頭の奥で二日酔いの疼痛が復活するような気分になる陽菜子としては、考えられない選択肢だった、それは。
が、双子たちは全く平気らしい。早くもビールと餃子の取り合わせに興奮した様子で、
「「ではでは、早速スーパに買い出しに参りましょう!」」
陽菜さんもいらっしゃいます?と云う呼びかけに、陽菜子は曖昧な笑みを浮かべてかぶりを振った。
「あたしはいいや。部屋にお茶のペットボトルがあるから、それで行く」
「さようですか?」
「では、また美沙さんのお部屋で」
「うん。合流しよう」
双子たちと別れて部屋に戻った陽菜子は、買い置きのお茶のペットボトルと箸と小皿、ついでに、
(食後に良いかな?)
チョコレートひと箱を持って美沙の部屋へ向かった。
美沙の部屋にはすでに何人か来ており、めいめい座った膝の前にビールや缶チュウハイ等の缶を置いて餃子を包んだり、持ってきた出来合いパックのサラダを取り分けて食べたりしていた。
「陽菜ちゃん、いらっしゃーい」
もう結構飲んでいるらしい、早くも真っ赤な顔をした美沙がそう迎えてくれる。
「美沙さん、こんにちはー。お邪魔しまーす」
「どうぞぉ。丁度良かった。今、第一陣が焼きあがったところなの」
「わーい!」
ひき肉と皮の焼ける香ばしい匂いに釣られて奥へ進むと、既に来ていた晶子と茜、それに雪が、それぞれにっこり挨拶してくれた。
「おおっ、陽菜子ちゃん。いらっしゃーい」
けっこうおおきな餃子を、一個丸ごと口中に放り込んだ茜がもごもごと云い、
「お先に頂いてますぅ」
小皿に盛ったタレに、ほぼ同量のラー油を流しこみながら雪がほほ笑み、
「美沙さん特製の餃子は、にんにくを全く使ってませんから、明日が平日でも安心していただけますわよ」
フライ返しで焼きあがった餃子を大皿に盛りながら、晶子が云った。
「今日はー。ご一緒させていただきますー」
3人がそれぞれ動いて作ってくれた場所に座り込みながら、陽菜子も返した。「それにしても、餃子を手作りするだなんて、すごいですねぇ」
「ぎょうざなんて、簡単よ?」
新しいビールの缶を冷蔵庫から出しながら、美沙があっけらからんと云った。「キャベツとニラと長ネギと生姜をたっぷり刻んで、豚ひき肉と捏ねるだけ。味付けは、わたしはぎょうざ本体にある程度味が付いていた方が好きだから、XO醤と味噌と胡椒と、インスタントの中華スープの素と、あと豆板醤もちょっと入れる。んでジューシーにしたいから、ごま油をたっぷり入れるのね。で、あとは市販の皮に包んで焼くだけ。それもホットプレートがあれば簡単だし」
「そうなんですか?」
「うん。手間がちょっとかかるだけ」
にやっと咲った美沙はそうして、陽菜子の小皿に餃子を五個も一度に取り分けた。「ま、とりあえず食べな食べな」
「いただきまーす!」
ギョウザの小山から一個目を箸でつまんで無造作に食べてみる。
とたん。
「熱っ」
かりっと香ばしく焼けた皮を一口かじった途端、肉汁がたっぷりあふれ出てきて、陽菜子の舌を焼いた。
味わう余裕もなく、慌てて、冷えたお茶で流し込む。
「死ぬかと思った……」
ほうっとため息。
「あ、そうそう。焼きたては熱いですから、気をつけて食べてくださいね」
晶子が思い出したように陽菜子に云った。
その言葉に従って、二口目は慎重に、よくよく吹いて冷ましてから恐る恐る、先よりも小さくかじりつく。
柔らかな具がほろりと、こくのある肉汁と一緒に、口中でほどけるようにふんわりと広がった。
説明を聞いた分には、かなりくどい味になるかと思っていたけれどさにあらず、さほど主張しすぎない上品な下味となっていた。酢をきかせたタレで食べると、何個でもいけてしまえそうな美味しさだ。
「ご飯が欲しくなる味ですね」
思わず云うと、
「ご飯なら、あるわよ」
美沙が、部屋の隅のコンセントにつないである小型の炊飯器を指し示した。
「いただいていいんですか?」
「構わないよ?ただ、ご飯茶碗が人数分ないから、ラップでおむすびにするか、もしくは自分でご飯茶碗を持ってきてもらわないといけないけれど」
ラップは自由に使ってもらって構わないよと美沙が云う。
「ありがとうございます。けれど、すぐ近くですし、ご飯茶碗をとってきます」
云うなり美沙の部屋を出て、二つ隣の自分の部屋へと入る。この寮に入る際、母静子が持たせてくれたものの、普段はほとんど使わないご飯茶わんを出して美沙の部屋へと戻る。
陽菜子が離れていた間に、青子と瑠璃子も到着したようで、さほど広いとはいえない室内は、足の踏み場もないくらいごった返していた。
「陽菜ちゃん、お帰りー」
またそれぞれが、少しずつ座る場所を詰めて陽菜子の座る場所を作ってくれる。陽菜子は礼を云いいつつ友人たちをまたぎまたぎ、そこに座り込んだ。
「あ、ご飯……」
座ってから、なぜ自分が一度ここを離れたのか、その理由を思い出したものの、来た道を再度辿るのは大変そうでためらう陽菜子に、炊飯器のすぐそばに座っていた雪がすっと手を差し出した。
「渡して。よそってあげるわ」
「ありがとう。いただきまーす」
雪に持ってもらったご飯で、改めて餃子を食べ始めた陽菜子に、美沙が不思議そうに首をかしげた。
「陽菜ちゃんは、あんまりお酒飲まないのねぇ。お酒、嫌い?」
「嫌いってわけじゃありませんけれど、そう毎日飲むものでもないと思いますし」
「そっかぁ。……若いなぁ」
美沙は眩しそうに目を細めてうんうんうなずく。
何がどうすればこの会話で「若さ」が出てくるのか、陽菜子にはよく判らなかった。が、それを尋ねようと口を開くより先に、晶子が呆れたように、おかしそうに美沙に話しかけた。
「美沙さんったら、もう出来上がってる。相変わらずペースが早いですねぇ」
云われた美沙は屈託の無い口調でけらけら咲った。
「だってトシだもん。酒の回りも速いんだよぅ」
「年齢と飲むスピードは関係ないと思いますけど?」
ギョウザの襞を綺麗に作りながら、雪が突っ込む。京生まれの京育ち生粋の京女である彼女は、ふぅわりと柔らかな口調でありながら、関西人らしく突っ込みどころは見逃さない。もっとも彼女に云わせると、「京都は関西ではありませんわ。一緒にしないでください」となるのだそうだが。陽菜子たち関東圏生まれの人間には、その違いは良く解らない。
「確かに。美沙さんは飲むペースが速いよなぁ。その分潰れるのも一番早いんだけれど」云いながら五〇〇ミリリットルのビール缶を一息に半分ほど飲み干した茜は、一呼吸おいて、「おいしーい!」と、さも美味そうに感情を溜めた声で呻いた。「やっぱ、ギョウザには冷えたビールだね。沁みるぅ!」
砂金茜は、この学園に入るまでは地方で警察官をしていたと云う。長身で身のこなしもきびきびしており、勇み肌の持ち主である彼女のことを、周囲が苗字をもじって「姐御」と呼び始めるまでに、さまで時間はかからなかった。
「確かに。だんだんとビールの美味しい気候になってきましたわねぇ」
晶子が、ギョウザを作る合間にやはりビールを美味しそうに飲みながらうっとり応える。「そのうちに、ビアガーデンに行きたいですわ」
「ビアガーデン!」
「素敵ですわ!」
双子がキラキラと目をきらめかせる。
そう云えば上七軒に舞妓さんがお酌してくれるビアガーデンがあるって聞いたよと、美沙が楽しそうに云った。
「あそこね。うん、私も聞いたことある」
茜が頷いた。「行ったことはないけど、面白そうだよね」
「じゃあ、もう少し暑くなったら、皆で行こっか。ビアガーデン!」
「行きましょう、行きましょう!」
「じゃあ、あたしたちのビアガーデン行きを祝して、――」
美沙がビール缶を持ち上げると、その場にいた全員がそれに合わせて飲み物を持ちあげた。
「乾ぱーい!」




