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携帯メールの受信音で目が醒めた。
(誰……?)
時刻をを確認すると、朝の一〇時過ぎ。寝坊してしまったけれど、日曜日のことだし、なにより昨晩のことを考えればいたし方の無いことだろうと、陽菜子は自分に云い訳した。
(昨日はかなり飲んだしなぁ……)
疼痛を訴える頭を抱えて陽菜子は昨夜のことを思い返す。
飲み放題の規定時間が過ぎた後は、二次会という名目で場所を変えて飲み直した。おかげで帰寮は二二時の門限ぎりぎりで、しかも美紗と晶子はへべれけの泥酔状態という体たらく――健太郎と茜は、途中から彼女たちの介抱役になっていた――。寮では寮生たちの確認と連絡事項の徹底のために、毎晩二一時五〇分から、全員参加を義務付けられている点呼という名のミーティングがあるのだが、揃って真っ赤な顔で駆け込んできた一年生たちを驚いたように見る先輩方の視線が、酔った身でも痛かった。
(いくら合法的に飲めるようになったからって、お酒はやっぱり控えなくちゃいけないよなぁ……。飲んでも飲まれるなってあの言葉、至言だわ)
反省しつつ携帯を確認すると、青子からのメールが届いていた。
昨日はありがとうございました、楽しかったです、という挨拶のあとに続けて、彼女の部屋に遊びに来ないかという誘いがあった。
『瑠璃ちゃんが学園の当番で出かけていて、暇なの。おしゃべりしません?』
『行く行く!今起きたばかり(笑)だから着替えなきゃだけど、すぐ行くね。一〇分くらい待っててー』
と返事を打った後、陽菜子はベッドから滑り降りた。
友だちの部屋を訪問するのは、わくわくして楽しい。
(寮生活の醍醐味ってヤツだよね)
素早く着替えて顔を洗い、髪を梳かして身支度を終えた陽菜子は、手土産に持ってゆくものを物色し始めた。
(えーっと、確か買い置きのチップスがあったはず。あと、飲み物。あったかいのがいいな……)
好きで集めているフレーバーティの中からバニラとストロベリのパックを選び、ついでに自分の、くまのキャラクタ柄のマグカップを抱えて部屋を出る。目指す青子の部屋は六階の三号室だ。陽菜子の部屋がある五階から行くのにエレベータを使うまでもない。階段を駆け上る。
(フロアが違うと、雰囲気も違うなぁ)
寮では各階ごとに、そのフロアに暮らす生徒たちをまとめる「寮長」と云う任を負った上級生がおり、フロアの管理をしている。その人の趣味が反映されるのか、廊下の飾りつけも、どこか雰囲気が違っているのだ。連絡事項を書き連ねるホワイトボードに共用の資料や茶道雑誌を収納するボックス、細々した物を入れておくかごと云う調度の類は共通しているはずなのに、五階と六階では明らかに違う。五階はなんと云うか……
(可愛い系だよね?)
対する六階は、シンプルだ。
(寮長さんの性格もそうなのかなぁ……?)
辛うじて名前と顔が一致するだけの上級生を思い浮かべて、陽菜子は首をひねった。学園生活に関する物事をいろいろ細々と教えてくださる二年生の先輩方とは違って、日常に特に接点の無い三年生は、依然近寄りがたく遠い存在だった。
(まあ、おいおい解ってくる……かな?)
そうだといいなぁ――と期待しつつ、六〇三号室の扉を軽くノックする。間をおかずすぐに、
「はーい」
と返事が聞こえて扉が開き、今日もボビンレースを華やかにあしらった、ごくごく淡いピンクのワンピースをふわりと着こんだ青子が現れた。
「いらっしゃいませ、陽菜さん。突然お呼び立てしてごめんなさいね?」
扉を押さえながら脇によけて自分を通してくれる青子に、陽菜子はにっこり首を振った。
「うんん、むしろありがとう。青子さんがメールくれなければ、今日はきっとあたし、お昼過ぎまで寝ていたと思う」
それじゃあ、せっかくの日曜日がもったいないよね――と云うと、青子はそうですね、と微笑んで同意した。
「おじゃましまーす!」
過去にも何度か訪れたことのある青子の部屋は、国内の某生活ブランドで家具を固めた、シンプルと云う単語がしっくりくる飾りつけになっている。入ってまず目につくベッドカバは藍染めの幾何学模様が描き出されたもので、あとは白木の座卓とカラーボックスが効果的に配置されている。床面積は陽菜子の部屋と同じくらいであるはずなのに、妙に広くすっきりとして感じられるのは、彼女のセンスなのだろう。
余談だが、青子の片割れである瑠璃子の部屋は、ベッドカバが空色に代わっているくらいで、あとはほぼ同じである。
「お加減はいかがです?」
陽菜子が渡したフレーバティを淹れながら、青子がそう訊ねてくる。陽菜子は軽く肩をすくめた。
「ちょっと頭が痛い。たぶん二日酔いってやつだと思う」
「あらあら。二日酔いは初めてですか?」
「うん。あんなに飲んだのも初めて」
「楽しかったですね」
二人の前にそれぞれの紅茶と砂糖、ミルクを置きながら、青子がにこにこ云う。陽菜子もつられてにこにこ頷いた。
「本当。面白かったー」
それからしばらく、昨晩の思い出話から学園のうわさ話などを二人で存分に楽しんでいると。
「ただ今~……って、あー!陽菜さん!いらっしゃーい!」
当番から帰って来た瑠璃子が陽菜子を見つけて嬉しそうに顔を輝かせた。
「お邪魔してまーす」
「いえいえこちらこそ、青ちゃんのお守りをしてくださって、ありがとうございます」
「瑠璃ちゃんったら!私は陽菜さんと楽しくお話していたのであって、断じてお守りなんてしていただいてませんわよ?」
「ふーんっだ。どうせ一人が寂しいから来てくださいとか云って、陽菜さんを誘ったんでしょう?」
「う」
図星を刺されて絶句した青子に、瑠璃子はけらけら咲う。
「青ちゃん、私、お腹すいた―!お昼にしよう?」
「あら、もうこんな時間でしたの?」
お昼ですわねと、青子が壁にかかった時計を見上げて驚いたように云った。
「あ、じゃああたしはそろそろ帰……」
「陽菜さん、ご一緒しません?」
もちろんご迷惑でなければのお話ですがと、青子が腰を浮かしかけた陽菜子を引き留めた。
「そうそう。陽菜さんも一緒に食べましょう?」
瑠璃子も楽しそうに同調して云う。「もちろん、他に予定が無ければ、のお話ですけれど」
「あたしは全然かまわないけれど。二人は良いの?あたし、邪魔じゃない?」
訊ねる陽菜子に、双子はこっくり頷いた。
「もちろんですわ」
「邪魔だなんてそんなこと、あるはずがないですわ」
「そっか。じゃあ、お言葉に甘えちゃおっかな。それで、……どうしよう。どこか外に食べに行く?」
「悪いですけれど、今から出かけるのは勘弁させてください」
瑠璃子がげっそりと疲れた表情でそう云った。確かに、校舎中を十余人で掃除してきた後で外に出かけるのは疲れるだろうと、陽菜子も青子も同情した。
「じゃあ、カップラーメンでも作ろうか。それともスーパでお弁当やお惣菜を買って来るのも良いよね」
陽菜子が思いついて云う。
「それなら、サンドイッチはいかがでしょう?」
青子が云った。
「サンドイッチ!」
素敵ーと、瑠璃子が嬉しそうに手をたたく。
「じゃあ近くのコンビニで――」
云うなり腰を浮かしかけた陽菜子を、青子は手で制した。
「ではなくて、私たちで一緒に作りませんこと?」
「作るの?」
「ええ。サンドイッチなら簡単ですし、自分好みのお味で作れますもの。しかも、買ってくるよりずっと美味しくできますわ」
「そう……?」
実を云うと、陽菜子はこれまで、中学高校の調理実習を除いて、料理なんてしたことが無かった。その調理実習でさえ、グループ単位での授業だったのを幸い、洗い物と味見以外してこなかったのだ。母の静子はことあるごとに「女の子なんだから、お料理くらい……」と云って教えてくれようとしたのだけれど、コンビニやスーパーに安価かつ美味なお惣菜が何種類も並んでいる昨今、そんなものは覚える必要は無いと思っていたし、実際そう云って拒絶していた。そのことを正直に告げると、双子は一瞬驚いたように目を見開いたものの、すぐに、大丈夫ですわ、と陽菜子を励ますように声を揃えて云って微笑んだ。
「サンドイッチですもの。もちろんパン屋さんで美味しい食パンを斤単位で買ってきて、それを薄ーく切ることから始めよう、なんてこだわったら大変ですけれど」
「私たちがこれから作ろうと思っているものは、専用のパンを買ってきて、具をはさむだけのもの。何ら難しいことはありませんわ」
「そうかなぁ……?」
「ええ。至極簡単ですわよ」
「ですから、ね?一緒に作りましょう?」
「……あんまり役に立たない手伝いでよければ」
にこにこ、あくまで善意で押してくる双子の圧力に負けた陽菜子が渋々頷くと、双子は大仰に喜んだ。
「うれしい!では、まずはお向かいのスーパーへ、材料の買い出しに行きましょうか。ええと……ツナと卵とマヨネーズはこの部屋にありますし、たしかマーガリンとスライスチーズは……」
「はーい。私の部屋にありまーす!」
瑠璃子の言葉に、青子はこっくり頷いた。
「では、買うのはサンドイッチ用のパンとトマト、それにスライスハムくらいでよろしいかしら?」
「だったらあたしが行って買ってくるよ。他の材料はあるものを使うなら、それくらい出させて」
「そうですか?」
「うん。じゃあ、ちょっと部屋寄ってお財布取ってきてから、行ってくる」
「私も行きますわ」
青子がラックに掛けてあったバックを取り上げながら云った。「瑠璃ちゃんはお茶でも飲んで、休んでてくださいな」
「そうさせてもらう」
既に遠慮なしに青子のベッドに潜り込んでいた瑠璃子が気だるい口調でささやいて返事した。
「では、陽菜子さん。参りましょうか」
陽菜子の腕にさりげなく自分の腕をからげてにっこり云う青子に、陽菜子も微笑って礼を云った。
「ありがとう、青子さん。正直なところ、一緒に行って貰えると、間違ったものを買わずにすむだろうから、助かる」
「あら。サンドイッチは、砂と魔女以外は何でも挟んで食べられるから、その名がつけられたって珍説もあるくらい、何でも入れて良いお料理なんですから。何を買っても間違いはありませんわ」
「だと良いんだけれどもね」
寮から歩いて一分の至近距離にあるスーパーで、云われた材料をかごに入れる陽菜子とは別に、青子はレタスを半玉買いこんだ。
「サラダを作るの?」
と尋ねた陽菜子に、青子はいいえ、といたずらっぽい表情で首を振った。
「せっかくですからスープも作ろうと思いまして」
「スープ?レタスで?……スープって、火を通すんだよね?」
「ビシソワーズやガスパッチョのように冷たくしていただく、いわゆる冷製スープもありますわよ。ですが今日作りますのは、おっしゃる通りに温かいスープです。お食事には温かい飲み物もあったほうがいいですわよね。ですからぐつぐつ煮ちゃいますわ」
「あたし、火を通したレタスは今まで食べたことが無いんだ」
レタスは生のまま、サラダに入れたり肉料理の添え物として食べるものだと、陽菜子はこれまで思っていた。
「美味しいですわよ」
「ふーん……」
少し不安になりながらも、作ってもらう身である以上、それ以上は云えず、陽菜子は口をつぐんだ。
台所に立つのも好きで、普段から瑠璃子と二人でいろいろ料理をしていたという青子は、部屋に戻ると手際よくサンドイッチの具を作り、陽菜子にそれを挟ませている間に、作り置きしているという千切りキャベツとニンジン、タマネギ、セロリをオリーブ油であえて塩コショウで味をととのえたサラダを冷蔵庫から出して小皿にもり、一口大に切ったレタスをコンソメキューブで煮て仕上げに粒コショウを摺ったスープをマグカップに盛って出してくれた。
「あがる直前に、焼き海苔を入れてくださいね」
熟睡していたところを容赦なく起こされてふらふらしている瑠璃子に、彼女の分のスープを注いだカップを渡しながら、青子が云う。
「どうぞ。冷めないうちにあがって?」
「……じゃあ、いただきまーす」
云われたとおりに、渡された焼き海苔をちぎって入れ、一口、おそるおそるすすった陽菜子は、ぱっと顔を輝かせた。
「美味しい!」
レタスのしゃりしゃりした歯ざわりとさわやかな香気、それに焼き海苔の香ばしさがコンソメの風味に溶け込んで調和している。一口口にするまでは、かなり異色の取り合わせだと思っていたけれど、これはこれでありだなとそう思った。
「お口にあってよかったですわ」
青子が自分の分のスープを軽く吹いて冷ましながら、うれしそうに微笑んだ。「これはとても簡単で、三分もあればできますから、普段からよく作ってますの」
「普段から自炊してるんだ。すごいねえ!」
「食堂がお休みでお食事が出ない土日だけですわ。それも瑠璃ちゃんと二人で作ってますから、手間は半分ですし」
「あたしなんか、土日はいつもコンビニか外食だよ」
「この辺りは、大学も近いせいか、店内が綺麗でお値段もほどほどで、かつお料理もおいしい、良いお店がたくさんありますものね」
「と云っても、確かにコンビニへお弁当を買いに行くのも面倒くさい時ってあるし、そう云う時はあり合わせの物でちゃっと手早く作れたらいいなぁ――って、最近は思うようになってきた」
「陽菜子さんは、筋が良いですし、きっと上手になれますわ」
「そう?」
「ええ。陽菜子さんが作ってくださったサンドイッチ、とても美味しいですもの」
ゆで卵をつぶして玉ねぎとセロリのみじん切りを混ぜ、マヨネーズであえたものを挟み込んだサンドイッチをつまみながら、青子が云った。
「うん、青ちゃんの味付けとはちょっと違うけど、そこがまた美味しい」
半分眠りながらサンドイッチを口に入れていた瑠璃子がもそもそ云い添える。
「ありがとー。……って云っても、卵をゆでたのも、玉ねぎやセロリを切ったのも青子さんで、あたしはそれをつぶしてマヨネーズとあえただけなんだけれど」
「そのマヨネーズと卵の比率が私好みのすばらしい具合なんですもの。美味しいですわ」
「うん、美味しい」
「そう?」
どう考えても苦しい褒め言葉としか思えなかったけれど、それでも、
「そう云ってもらえると、嬉しい」
陽菜子が包丁を持ったサンドイッチの切り口は、かなりいびつで悲惨なことになっているのだが、そのあたりのことはあえて触れず、三人ともにっこり咲って飲み込んだ。




