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にやにや咲う美紗と晶に迫られて戸惑う健太郎を眺めて陽菜子が咲っていると。
「陽菜子さん、」
「飲んでいらっしゃいます?」
双子たちが陽菜子を真ん中に挟むように座ってきた。瑠璃子はチューハイ系らしい、乳白色の液体で満ちたグラスを、青子は梅酒らしい、青梅の入ったお湯割りのグラスをそれぞれ持っており、白い肌はほんのり桜色に染まっている。最初にくじで決めた乾杯の席が離れていたため、彼女たちが何杯飲んでいるのかは陽菜子にも判然としないが、それなりに楽しんでいるらしい。普段より潤んだ目で顔を覗き込まれた陽菜子は、内心どぎまぎしながらぎこちなくうなずいた。
「う、うん。飲んでるよ」
「楽しんでいらっしゃいますか?」
「うん。楽しいよ」
いろいろな人の酔態が見れて、という言葉は咽喉の奥に残しつつ、陽菜子がにっこり咲うと、双子たちは安心したように微笑んだ。
「それは良かったです。陽菜子さんは今日の主賓でいらっしゃるんですから」
「それは単なる名目でしょ?」
「名目でしょうがお飾りでしょうが、主賓は主賓ですわ」
「瑠璃子の云うとおりですわ。ですから私たち、陽菜子さんに歌をプレゼントしようと思いまして」
「歌って、何の?」
ハピ・バーズディの歌でも歌ってくれるのかと――それはちょっと気恥ずかしいなぁなどと内心思いながら陽菜子が訊ねると、双子たちは互いにアイコンタクトをした後、
「「モスラーヤ、モスラ~」」
突然歌い始めた。
(何故モスラの歌?)
陽菜子はぎょっとした。が、歌はかなり巧く、しかも双子らしく息もぴったり合っており、聞いていてもかなり楽しいものだった。
歌が進むにつれ、店内が静かになってゆく。陽菜子たち新入生はもちろんのこと、他の客たちもがおしゃべりを止めて、歌声に聞き入っているのだ。早い時刻なので陽菜子たち一行のほかはさほど客はいなかったけれど、その少ない客たちや、はては店員までもが仕事の手を止めて、双子の歌に聞きほれていた。
「「カサクヤーンム~~~~」」
最後の一音が消えたのに一拍置いて、どこからともなく拍手が沸きあがった。
「「ありがとうございます」」
彼らに軽く会釈をした後、双子たちは陽菜子に向き直った。
「いかがでしたか?」
「お気に召していただけましたでしょうか」
左右から訊ねられた陽菜子は、それまで浸っていた歌の余韻からはっと醒めて、満面の笑みを浮かべた。
「うん!すごいね。あたしはモスラの映画を観たことはないんだけれど、あれって、ピーナッツって双子の歌手が歌ってるんだっけ?その本家さんと聞き間違えるくらい上手だった」
「私たちも、映画そのものは観たことはありませんわ」
「だって、かなり昔の作品なんですよね」
「ただ、双子ネタのひとつとして練習いたしましたの」
「他にも、ザ・ピーナッツの歌なら大体いけますわ」
「そうなんだ。すごいねー」
「すごいだなんて、そんな」
「単なる趣味ですわ」
「趣味って、……ピーナッツの歌を練習することが?」
「いいえ、双子ネタを増やすことが、ですわ」
「だって、せっかく双子として生まれたんですもの。楽しまなければいけませんわ」
「そういうものなんだ」
「ええ。陽菜子さんも、ご自分が生まれた今日という日を、楽しんでいらっしゃいますか?」
青子の問いに、陽菜子は即答した。
「うん、楽しいよ」
早くも単なる飲み会へと変じているこの集まりだけれど、そのおかげもあってか、皆まだ互いに慣れていないかたくなさを脱ぎ捨てて、かなり素に近いものを見せてくれている。次々とお銚子を空けてゆきつつ、その合間に健太郎をからかって――もしくは健太郎に絡んで――遊び、けらけら大声で咲う美紗や晶子、その脇で嬉しそうにフローズンヨーグルトパフェを食べる未成年、粗隼亮、馴田勝則、爰島姫子の一八歳未成年三人組。お酒は二の次、黙々と料理を平らげる行木莉都や最所絵真、平和晃に波利摩央。仮面ライダーシリーズの話題で盛り上がりながらビールを空け、おつまみも気持ちいいくらいの勢いで口に放り込んでいる砂子茜と佐曽利健、その脇でにこにこ咲いながらアイスクリームを舐めつつカクテルを飲んでいる焼石雪。……
彼らの様子を見ていると、飽きなかった。
(これが、あたしの仲間たち。三年間一緒に勉強して行く友だち……)
悪くないと、そう思った。
(なんだか楽しく過ごせそう)
浮き立つ思いと一緒に一気に咽喉に流し込んだビールは、温くて炭酸もやや抜けかけていたけれど、何故だか最初の頃よりか苦くは感じられなかった。