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美しくなければダメなんです!  作者: killy
おいおい理解してゆきます
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 双子たちの協力もあって、一週間も過ぎる頃には、一時間もあれば、陽菜子も一人で着つけられるくらいには、着物に慣れてきた。授業も、思っていたよりかは厳しいものでも怖いものでもなくて、実はひそかに怯えていた陽菜子はほっと胸をなでおろした。もっとも実技は数寸――センチではなく「寸」なのである――単位で自分の手足や道具を置く場所や所作を直される堅苦しいものだったし、一つ一つの所作に関して「何故」「どうして」と理由を問われて自分の考えを云わなければいけないことも苦痛だった。加えて授業のたびに、毎回一、二杯は飲まなくてはならない「薄茶」と呼ばれる抹茶は、陽菜子の味覚でにおいては残念ながら美味しいと表現できるものではなかったけれど、毎日日替わりで出てくる老舗の和菓子は美味しかったし、だから我慢できないものではなかった。

 そうして学園生活に慣れるにつれて生じてきた余裕を、陽菜子はグラナトとの「逢瀬」につぎ込んでいた。

 翌日のことも考えて、睡眠時間は六時間を切らないよう気をつけていたけれど、毎日毎日、グラナトの甘い声を聞いて柔らかなほほ笑みに逢える幸せは、陽菜子を陶酔させるのに十分だった。

(ゆうべもグラナト様はすてきだった……)

 その日の朝も、陽菜子はにやけながら、妄想世界にひたっていた。

 昨晩は、二人で学園を抜け出して街へと出かける小エピソードを堪能した。王子が襲われた直後の現場に落ちていた銀のボタンの持ち主を捜すため、手掛かりを求めての外出だったのだが、普段と違う私服姿の彼はまた魅力的で、陽菜子の大好きな場面の一つなのである。

 休憩で入ったオープンテラスのカフェで、カプチーノの湯気ごしにふんわりほほ笑むグラナトの笑みを思いだすと、にやにや咲いが止まらない。ひとりでにやけながら歩く姿はかなり異様なものなのだと、一応自覚はしているのだが、こみ上げてくる幸福感はどうしようもなかった。

(昨日、あたしの方はプリンアラモードを頼んだけれど、今日はシャルロット・オ・フランボワーズにしてみようかな?クランベリーのタルトも良いけれど、いっそのこと、キャラメルショコラケーキにするのもいいし……)

 主人公の注文する品によって、グラナトの反応も少しずつ変わり、そのたびごとに現れるスチル画像も違ってくる。もちろん陽菜子はグラナト関連のスチルはすべて収集、保存済みだが、ゲームプレイ中に見るそれはまた趣があるのだ。

 今夜はどんなデートしようかと、そんなことを考えながら、朝の朝礼会場である三階広間に向かって階段をとろとろ上ってゆくと、上級生にあたる女子生徒がひとり、上から軽やかな足取りで降りてくるのに行き合った。

 小柄なひとだった。

 一六六センチある陽菜子の肩のあたりに頭があることから鑑みて、身長は一四〇センチ台だろう。ほつれ毛の一筋すら落ちていない夜会巻きに結いあげた黒髪は、烏の濡れ羽色と称するのにぴったりな艶やかな色合いで、くりくりと良く動く大きな目が印象的な、チワワか子リスを連想させるかわいらしい容姿の持ち主だった。

(あのひとはええと……三年生さんだったっけ?)

 帯に手挟んでいる名札の色で判断しながら、すれ違いざまにっこり挨拶する。

「おはようございます」

「おはようございます」

 にっこり、見た目を裏切らない可愛らしい声と笑顔で応えてくれた彼女の手にある携帯のストラップに、陽菜子はふと目をとめた。銀色の台に瑠璃色の七宝で色づけされた盾型の地に、純白のユニコーンと白百合が絡み合った、優美な絵柄。それは、『天使の休日Ⅲ』の舞台であるクライノート王国を治める――

「ディアマンテ王家の紋章……」

 何気なく、無意識にそう呟いたとたん、陽菜子も驚くくらい激しい反応が返ってきた。

「知ってるのっ?」

「えっ?あの……」

 思わずのけぞって後ずさる陽菜子の肩を小さな手でがしっとつかんで、彼女は真剣な表情でたたみかける。

「もしかしてあなた、『天使の休日』シリーズを知ってるっ?『Ⅲ』をやったことある?あるのねっ?」

「え、ええ……。やったことは、ありますけれど……」

 実際は「やったことがある」なんて生易しいものではないのだが、ほぼ初めて会話する相手にそれは云いだしにくい。陽菜子が遠慮がちにそう頷くと、彼女は嬉しそうに両目を輝かせた。

「嬉しい!この学園に来て初めて、あのゲームを知ってる人に知り合ったわ!よろしくね!これからいろいろ語り合いましょう!」

 小峯(こみね)由比子(ゆいこ)と名乗った彼女は、帯につけてある名札で陽菜子の名前を確認すると、おもむろかつ真剣に切り出した。

「それで?舟生さんはどなたがお好みなの?」

「どなたって……?」

「どのキャラが好き?」

「好きなキャラクタですか。えっと……グラナト様、かな……?」

 踊り場の隅で立ち話をする自分たちに、ちらちらと視線を注ぎながら次々に通り過ぎてゆく学園生たちの存在を気にしながら、陽菜子がためらいがちに答えると、小峯はうんうんと真面目な顔で点頭した。

「なるほどなるほど。忠誠一徹のお堅い騎士様ですか。あの人って、物すごく真面目だけれど、ときどき見せるはにかんだほほ笑みがむっちゃくちゃ可愛いのよねー」

 ちなみに私はザフィーア様なの、と甘い声でささやかれた陽菜子は、反射的に頷いていた。

「ザフィーア様。王国の行く末に心を痛められておられる王子様ですね。なるほど。先輩は、弱っている方を支えたい、尽くしたいタイプなんですね」

「解ってくれる~?ああ、嬉しい!今までここにいた学園生たちは、基本的にゲームで遊んだ経験がほとんど無い、真面目な人が多くて、乙ゲーってジャンル自体を知らないのよ。だからこんな会話をしたのも、本当に久しぶり!」

 これからよろしく、色々と語り合おうね、と握りしめられた両手ごと、腕をぶんぶん振り回されながら、陽菜子は曖昧な笑みを浮かべて頷いた。

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 何か用事があるとかで、階下へ小走りに降りてゆく小峯を、陽菜子は呆然と見送った。

(激しい人だ)

 たしかに高校でも「乙ゲー」というジャンルを知っている人間は少なくて、陽菜子も同志との会話には飢えていた。だからこそ、稀に知り合った同好の士たちとは固い結束を作っていたのだが、それにしても、小峯のように全身から歓喜のオーラをにじませて、きらきらした目で相手を見つめるなんてことはなかった。

(それだけ『天使の休日Ⅲ』が大好きなんだろうなぁ)

 自分が特にさめていると云う自覚はないが、あの小峯のように激しく嬉しそうに『Ⅲ』のことを語る自信のない陽菜子は、ひたすら放心するほかなかった。


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