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美しくなければダメなんです!  作者: killy
おいおい理解してゆきます
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13/52

13

 小峯との強烈な邂逅をはたしたその日の昼食時。

(ごはん、ごはん~)

 好物のチーズささみフライがメニュに出たことがうれしくて、陽菜子は鼻歌交じりにトレイを受け取って、食堂の席に着いた。学園生が昼と夕ご飯を食べる食堂は、基本的に席順はなく、各学年が入り混じって、その時々で空いている椅子に座る。瑠璃子に青子と一緒に、ちょうど三つ並んで空いていた席に座った陽菜子は、にこにこ、満面の笑みで箸を取り上げた。

 と。

「幸せそうな顔をしてはりますなぁ」

 やわらかな京言葉が、向かいの席からかけられた。

「ふぇ?」

 ちょうど一口ささみフライを頬張ったばかりだった陽菜子が間の抜けた返事を漏らすと、声の主は濃くて太い眉をきりっと釣りあげた。

「あかんあかんあかん。どうせ驚いた声を漏らすなら、こんな時は、『ふにゅう?』でしょ。舟生さんが『ふにゅう』って、」

 こらおかしいわ、と一人で云って一人で受ける彼を、陽菜子も双子たちも唖然と眺めた。

高矢(たかや)君、一年生が驚いてるよ」

 けらけら哄う男子生徒の隣に座っていた小峯が、たしなめるように彼を軽く睨みつけたのち、陽菜子たちに軽く頭を下げた。「ごめんなさいね、高矢君はいつもこうなの。上級生だからって無理して付き合って笑ってあげることはないから、放っておいて」

「苗字のことをネタにされるのは慣れてますんで、大丈夫です」

「なんですと!」

 とたん、高矢が激しく反応した。「しばしばネタにされていたと!舟生さん、あんたこれまで、かなりお笑いレヴェルの高い地域に暮らしてはったんですなぁ」

「いいえ、普通だと思います。栃木ですし」

「ほうほう栃木。それはまた、鄙びたところからようこそおいでくださいまして」

 高矢佳樹(よしき)と名乗った彼は、丁寧に装って頭を下げる。陽菜子も釣られて自己紹介をしつつ、頭を下げた。

「高矢せん――さんは、」

 学園では、なぜかは知らないが、「先輩」づけは禁止されており、学年に関係なく「さん」づけで呼び合うことが基調となっている。それを忘れてつい先輩と呼びかけそうになるのを、陽菜子は慌てて訂正した。「高矢さんは、どちらのご出身なんですか」

「京都どす」

 わざとらしい口調で高矢が返す。「京生まれの京育ち。先祖代々の京都産。私も生まれてこのかた、箱根の山を越えたことはございません」

 ちなみに「京都人」の云う「京都生まれ」は、京都市内の、それも東西は堀川通りから河原町通り、南北は今出川通りから五条通りに囲まれた、ごくごく限られた範囲を云うのだと、高矢は得々と語ってくれた。

「それはすごいですねぇ」

「いえいえどういたしまして。私より、舟生さんの方こそすごいではありませんか」

「そうですか?」

「そうですよ。田舎――つまりは鄙で生まれた陽菜子さん。ご両親のネーミングセンスは素晴らしいですね」

「そ、そうですか……」

 陽菜子は反応に困って小首を傾げるにとどまったけれど、瑠璃子と青子はツボにはまったらしく、ころころと軽やかな咲いを響かせた。それに気を良くしたらしい高矢は、その後自分が食べ終えて席を立つまで、立て板に水のごとく言葉を途切れさせなかった。

「ほなお先に。失礼いたします」

 トレイを持って席を立った高矢が去って行ってのち、瑠璃子と青子はふぅーっと息を吐いて胸をなでおろした。

「「楽しい方ですね」」

 揃ってそう云ったのち、双子たちは口々に話し始めた。

「あんなにすらすらと面白いことをおっしゃるなんて、やっぱり関西に生まれた方ってすごいですね」

「私、高矢さんのお話を伺っていて、落語家さんを連想しました」

「あー、落語家。判るなぁ。容姿もそんな感じよね」

 林家三平に似てないかな、と小峯は尋ねる。「二代目の方ね」

「あー、……確かに」

 陽菜子は納得した。

 くるくる大げさに移り変わる表情や、きょとんと驚いたようにも見える大きな丸い目、福福しい輪郭など、彼を見て以来誰かに似ているとひそかに悩んでいた問題に、不意に答えをもらった気分だった。

「まあ、林家三平は江戸産だけれど」

 それは関係ないか、と小峯は肩をすくめる。「高矢君は、いつもああなの。とき所を選ばず、授業中でも変なことばっかり云うから、ときどき困るのよね」

 私、薄茶を噴き出して先生の顔にかけちゃったこともあるのよ、と小峯は困ったように苦笑いする。

「「そんなことがあったんですか!」」

「そうなのぉ。あれは結構昔……私が一年生の五月だったかな。まだ先生方にも学園にも全然慣れてなくて、緊張していた時だったから、本当に泣きそうになったよ」

「それはそれは」

「大変でしたね」

「まあ、相本先生はお優しい方だから、哄って赦してくださったけれどもね」

 高矢君にはその後、ダブルリストロックを掛けさせていただきました、と小峯は小柄な肩を怒らせる。

「プロレス、お好きなんですか?」

 青子が尋ねた。「ダブルリストロックって確か、プロレスの関節技でしたよね?」

「好きってほどじゃないけれど。私、兄が二人いて、二人とも格闘技好きだから、自然とそう云う知識が溜まったの」

「三人兄妹でいらっしゃるんですか?」

 瑠璃子が小首を傾げて尋ねた。

「そう。末っ子なの。光さんたちは、他にご兄弟はいらっしゃるの?」

「はい」と瑠璃子が答え、

「上に姉がおります」と青子が続けた。

「やっぱりお姉さんもお茶をしてるの?」

 小峯が尋ねると、双子はそろって頷いた。

「していました。中学校の二年生から、高校二年生まで。ですが、」

「高校三年生になった春に、受験優先だと云って辞めて以来、今も再開していません」

「そっかー。そういう人って多いよね。受験の邪魔になるからお稽古辞めましたってひと」

「そうですね。人それぞれですが、もったいないとは思います。週に一回、二時間程度の稽古をしただけで、そうそう成績が変わるものではありませんし」

「お稽古って、いい気分転換になるのにね」

「そうですね。私たちは、早くに推薦で短大に上がることが決まったこともあって、高校三年生のときも休まずずっとお稽古を続けていたんですが、お茶って、現代日本で暮らしている分にはまず触れることのない、純和風の空気に浸れますよね」

「あの独特な雰囲気に満ちた空間に数時間いるだけで、すごい落ち着くと云うか、頭の中や感情がリセットされる気分になりましたし、おかげでその後のお勉強もはかどりました」

「メリハリつくのよね」

 まあ人それぞれだから一概には云えないけれど、と小峯が締めくくったとき、彼女の背後が急ににぎやかになった。

「あ。王子だ」

 振り返った小峯が、丁度その時食堂へ入ってきた男子生徒を確認して、淡々とつぶやいた。

「『王子』?」

 きょとんとした陽菜子に、小峯はまた苦笑いする。

「あだ名なの。言動が何とか王子だから、いつの間にか皆そう呼び始めたんだ。本人も最初は抵抗していたんだけれど、今は諦めたのか、普通に返事するしね」

 ちなみに名付け親は高矢君です、と付け加える。「本名は、千吉良(ちぎら)修」

「王子様っぽいって……すごい偉そうだとか?」

「『王子様』じゃなくて、『何とか王子』。様がつくのと、上に説明語がつくのでは、ニュアンス違うでしょ」

「そうですか?」

「そうね。これは私の感覚だけれど。そうそう。それで王子だけれど、別に尊大だとか傲慢だとか、そんなことはないよ。下級生から見れば、あのぶっきらぼうな言動はもしかしたらちょっと高圧的に映るかも知れないけれど、全然そんなことはないから。普通のひとだよ。うん。ごく普通……だと思う。アレさえなければね」

「アレって……なんですか?」

「それは……おいおい判ってくると思うし、そもそもご飯食べてるときに、自分の口から云いたくない」

「はぁ……」

 説明をきっぱり拒否する小峯の様子からすると、あんまり「普通」ではないようにも思えたけれど、そこを突っ込んで訊ねる勇気は、そのときの陽菜子にはなかった。

「そうそう。その王子だけれど、なぜかは知らないけれど、二年生の女の子たち数人に異様な人気があるから。気をつけてね」

 まったくどうしてあの子たちは平気なのかしら、などとぶつぶつごちる小峯に気おされつつ、

「はぁ……ありがとうございます」

 何をどう「気をつけ」るのだろうかと頭を悩ませながら、陽菜子はとりあえず頷いた。

「どういたしまして」

 小峯がトレイを持って去って行ってから、陽菜子は改めて「王子」こと千吉良を伺った。

(普通だよ、ね……?)

 近くに座った女子生徒たちが嬉々とした様子で話しかける言葉に淡々と答えつつ食事する姿からは、特に変わった様子も雰囲気もうかがえなかった。容姿も所作も、ごく普通だ。

 が、そんなあだ名がつくと云うことは、恐らくたぶん、そうひとに思わせる何かがあるのだろう。

(何なんだろう)

 千吉良が何か呟いた。席の離れた陽菜子の耳までその内容は届かなかったけれど、周りを囲む女生徒達には大そうおかしく聞こえたらしい。わっと場が盛り上がった。

 知りたいような、知りたくないような、ちょっと怖い気持ちになった。

「濃ゆいですわね」

 陽菜子の隣で、瑠璃子がポツリとつぶやいた。

「お味噌汁が?」

 丁度彼女が味噌汁椀に口をつけていたのでそう訊くと、彼女は違いますわ、ここの学園のお話ですわ、と返した。

「ほら、こちらって学生の人数が少ないですわよね。ですからどうしても、人づきあいや人間関係が濃密になる傾向にあるんですわ。きっと」

「一種独特の雰囲気がありますわね」

 青子が重々しく同意した。「村社会に通じる空気ですわ。この空気に慣れることができるか否かで、今後の学園生活が楽しくなるか否が決まると思います」

「……」

 あんまり慣れたくないなぁ――と思った言葉ごと、陽菜子はみそ汁を飲みこんだ。


 玉ねぎとお麩の味噌汁は、美味しかった。

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