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第47話 オストロフ

ラナ達は子供のいる集会所を訪れた。

ルーエと顔なじみになっていたイゼーロの領兵が通してくれる。

「子供たち…。」

ラナが寝台で眠っている姿に立ち止まった。傍らには白い制服の医師や看護師がいる。

「いまは落ち着いています。お医者様が見てくださいましたから。

お嬢、マチュア様は奥です。」

小声でそういうとルーエが促した。

「ルーエ、」

カートライトが声をかけた。

「姫様も、」

ルーエが頷く。

「先に、マチュア様にお会いなさる。」

カートライトをおいて奥へ進んだ。

さっきの部屋の前に立ち、扉を叩いた。

「ルーエです。

ラナ様をお連れしました。」

「…お入りください。」

マチュアの声がした。

ルーエが扉を開け、ラナを通した。

「マチュア様…」

久々に会うマチュアは、優しい顔で迎えてくれたが、笑顔ではなかった。

ラナがマチュアに近づく。

マチュアがラナに深く頭を下げた。

「マチュア様、そんなことは、」

ルーエはマチュアのそばにいた医官に小さく会釈した。

エリー医師は、亡くなった子供に付き添っていた。エリーもルーエを見たが何も言わなかった。

「マチュア様、何があったのですか。」

ラナはマチュアの顔と同じ高さまで身を屈めた。

「湖の皆が、ハル様がいなくなったって…」

「貴女様をオストロフに差し出さねばなりません。」

「!?」

「そうしなければ、ハルが魔獣に…」

「人質…」ラナが呟く。

「…不注意でした!」

「ハルは湖が大好きで、湖のほとりで歌うのです。湖の娘たちはそれを喜んでくれて、かわりにハルを護ってくれていました。」

「…。」

「それに安心して、目を離してしまった。」

「マチュア様、」

「男にさらわれたのだと、湖が知らせてくれた時には姿はありませんでした。

探したのですが、見つからず…

その後、脅迫状が、」

マチュアが涙声になる。

「イゼーロに来るラナ様を捕まえるようにと。

ラナ様とハルを交換すると。」

「マチュア様、アイン様もご存じなのですね。」

マチュアが頷く。

「私は、アインとハルを護るためにここにいるのに、役に立たない!」

マチュアの叫びに何も言えなくなってしまう。

マチュアが床に膝をついた。

ラナも膝をつく。マチュアの手に自分の手を重ねる。

「ハル様を助けに行きましょう!」

マチュアが顔を上げた。

「それは…。」

「『私』を捕まえて、ハル様と交換すればいいのだわ、言われたとおりに!」

「お嬢…」呆れ声がルーエから漏れる。

「探し出す手間が省けるし。」

「…。」

「どのみち、オストロフには行くのだし。」

「だからといって、危険なことに飛び込むのは感心しません!」

ルーエが声を荒げる。

「ルーエったら、公爵様みたいに怒るのね。」ラナが笑う。

「それは…、護衛騎士ですから!」

ルーエはそういうとエリーを見た。エリーが目を伏せている。自分は、彼女の護衛騎士を命じられていたというのに今は別のご令嬢の騎士をやっている。

(怒るよな…)

「私を捕まえたことはどうやって知らせるの?」

「私が馬車を先導します。オストロフ領主に会うふりをして、貴女を引き渡します。」

「誰に?」

「『ブラドセクタ』と名乗りました。

領民に金を握らせて、手紙とハルの服の襟を届けてきました。」

マチュアの声が震える。

(人質に取られていたら、王都へもいえないな。お嬢を引き受けて、それを裏切る。悪いのはイゼーロばかりか…)

小さなため息が出た。

「でも、私を騙してってことなんかできないわよね。筒抜けなのにいいのかしら。」

ラナが首をかしげる。

「…お嬢はこういう話を聞いて知らん顔はしませんよね。お互い、手間を省いているだけじゃないですか。」

「そうね。」

ラナがにっこり笑った。

「で、いかがします?」ルーエが二人を見る。

「最初のとおり、私はカートライト卿と馬車で向かいます。

道案内はマチュア様に。

ルーエは私の護衛騎士だから離れていてはおかしいわね。」

「相手の出方がわかりません。大勢で囲まれたら!」

「…別働隊として領兵を近くに配置するので良いでしょうか。」

マチュアが口を開いた。

「ですが、指揮する者がおりません。

イゼーロの領兵にはまだ指揮官がいないのです。」

「…困ったな。」ルーエが腕を組んだ。

大きなため息がした。

「お嬢様、発言をお許し願えますか?」

ラナの後ろからメルダが歩み出た。

ラナが頷く。

「では、私が指揮を引き受けましょうか。」

メルダが微笑った。

「メルダ殿?」

「メルダ姐さん!」

一番大きな声を上げたのはマチュアだった。驚いた顔を見せている。

「どうしてここに!?」

「ラナ様の侍女で来たのだけど、グレンがマチュアの様子も見てきてほしいって。」

「…姐さん。」

「相変わらず、こういう時は気弱いのよね。」

「お知り合い?」

「グレン様のところでご一緒させていただきました。メルダ様は、グレン様の左腕でしたから。」

「左腕?」

「右腕は、シェリー様です。」

「ご領主さまのご夫君が侍女に敬語で話しちゃダメじゃない。」

マチュアの表情がすこし緩む。

「グレンも来たかったらしいけど、ここは右翼の縄張りだしね。この前は、マリー様がとりなしてくれたそうだけど。」

「マリー」の名が出て、エリー医師の表情が微かに強張った。

「…ふがいなくて申し訳ありません。」

マチュアが肩を落とした。

「ラナ様、私がイゼーロの領兵を連れて外からお守りいたします。」

メルダが頭を下げた。

マチュアが申し訳ないという顔で俯いてしまう。

ルーエは諦め顔でラナに頷いた。

「わかりました。

メルダさん、お願いします。」

ラナがマチュアの手を取った。

「必ず、ハル様を助けます。」


◇◇◇


「彼、目を覚ましたの? 知らせてくれれば!」

「だ・ま・れ!」

ロドニーの腕をねじ上げたまま、キクオがパーシバル医師に詰め寄った。

「あいつらを起こせ。

馬車を用意しろ。」

「…どうするの。」

「帰るんだよ。」

「どこへ?」

「森の向こう。」

「…ヴィーデルフェン?」

「…子供ばかりで森に『流生』したんだ。知らせがあって迎えに行ったら、そこの村の連中が皆を売り払っていた。

それを助けに行ったら、このざまだ。」

ロドニーはキクオの力が緩んだのを感じた。

「…顔色が悪いわ。傷口、見せて。」パーシバルがキクオを見た。

キクオがロドニーを盾にして拒む。

「わ、わかったわ。

私には権限はないから、もっと偉い人を呼んでこなくちゃ。」

「えっと、先生? こちらに…」

カートライトが顔を見せた。それを見てパーシバルが微笑む。

「偉い人が来たわ。彼に頼みなさい。」

「え!」

カートライトが驚き、少年たちが振り返った。

「全く!」そう言ったのはカートライトの後ろから姿を現したルーエだった。

手を伸ばし、キクオの腕を掴んだ。力ではルーエがはるかに勝る。キクオがロドニーを離した。

「静かにしろ。せっかく皆、寝てるんだ。」

キクオが唇を噛んだ。ルーエに連れられて部屋を出る。

「ロドニー殿、この子供ぐらい何とかできるだろう。」ルーエがため息がつく。

「申し訳ありません、つい。彼が何をしたいのか気になって。」

キクオが暴れたがルーエはびくともしない。キクオがそばのロドニーに蹴りかかったがあっさりとよけられた。

「おい、ルーエ!」カートライトがルーエと並んだ。

「明日の話は!」

「ラナ様、」

ルーエが足を止めた。別の部屋の扉が少し開けられ、ラナが顔を出していた。

「こっち、」

手招きしたラナのいる部屋に向かう。

「ラナ様! もうめちゃくちゃですよ!」

「申し訳ないです、カートライト卿。」

「明日、出立の準備はさせていますが、行けますか!」

「ええ。」

カートライトが深呼吸した。

「こちらの『近衛』だけでは心配だし、おまけに『近衛』は領門までだし。」

「イゼーロの領兵がついてきてくれる。」ルーエが答える。

「…。」

「それでメルダ殿が領兵の指揮をとる。」

「メルダ殿?」

「私の侍女としてついてきてくれた人。」

「侍女に指揮なんて!」

「あの方は、『左翼』のグレン様の副官をされてましたから、大丈夫です。私も従軍したことがあります。」

マチュアがそういって姿勢を正した。

そして、深く頭を下げた。

「よろしくお願いいたします。」

ラナがルーエの手に気づく。短い黒髪の少年がぶら下げられていた。

「彼は?」

「保護した子供たちを取り返しに来たらしい。」

「『流生』の・・・」

ルーエがキクオを下ろした。

キクオが周りを見回す。その目は反抗的だ。

「子供達やキミに危害を加える気は無い。

わかるか。」

ルーエが腕組みしてキクオを見下ろした。

キクオは返事をしない。

「彼も『流生人』のようですが、言葉はわかるのですか?」

マチュアがルーエを見た。

「少しなら、アンタたちの言うことはわかる。オレも少しは話せる。」

ふてくされながらキクオが答えた。

「森の向こうに迎えがきている。

オレ達を帰してくれ。」

キクオの声が小さくなっていく。

「…子供たちを助けに行ったって聞いたが、どこから助け出したんだ? オストロフか?」

「オストロフはしらないが、森の奥の水に囲まれた街からだ。

子供をそこに売りやがった連中がいる。この世界もろくでもない!」

キクオが怒っていた。ルーエの表情が険しくなる。

「捕らえられていた場所は?」

「おっきな湖みたいなとこの真ん中に島がある。

水路があってそこから島に入る。舟で行って半地下みたいなところが船着き場で、その奥に人がいた。」

「子供達だけ?」

「そこはな。

いくつか部屋があって、オレが連れ出した皆以外にも子供が入れられていた。」

「!?」

「小さな男の子がいなかった?」ラナが言った。

「いたかもな。小さすぎて言葉はわからなかったよ。」

「なぜ、助けない!?」ルーエが声を荒げた。

「自分の仲間だけで精一杯だ! 悪いか!」

「…。」

「…子供たちのところへ案内してもらえないかしら?」ラナがキクオに訊ねた。

「…。」

キクオが困った顔をする。

「地図、描けないか?」ルーエも催促する。

「…暗い中、手探りだった。島の中の道はわからない。」

ラナだけでなくマチュアも落胆顔を見せた。

「案内は…、船着き場の入り口までならできる…と思う。」

マチュアが顔を上げた。

「でも、タダではしないぞ。案内したら、オレ達を帰せ! 約束しろ!」

マチュアが頷いた。


◇◇◇


カートライトが欠伸をした。

結局、一睡もせず、馬車に揺られている。

馬車の窓には布がかけられ、外からは見えづらくなっている。

カートライトが布の隙間から外をのぞくと馬車に並走しているルーエの姿が見えた。『騎士見習』の同期で、奴は二つ年寄りだ。『王立』に滑り込みで就職したらしいと聞いていたがなんで『銀翼』なんだろう…。

「カートライト様、」

ラナに声をかけられて顔を向けた。

「はい、お嬢様。」

目の前の水色髪の少女は、男物のいでたちでそばに大きな水筒を置いている。国王の覚えめでたく、あの『公爵』の『姫』だという。書簡を届けるお使いに過ぎないが本当に務まるのか疑問だった。昨夜の魔物退治までは。

まさか、ルーエ以上に剣をふるうとは。

「カートライト卿も『騎士見習』のご出身なんですよね。」

「…まあ。」

「ルーエさんとはお知り合いなんですか?」

(ルーエ、『さん』?)

「…同期です。」

カートライトが少し笑みを見せた。

「奴は末席で修了。」

「まあ、」ラナが微笑む。

「カートライト卿は?」

「…次席です。」

ふふとラナが笑う。

「じゃ、首席は?」

「首席は、ゾーイ。

『王立』の騎士、やってます。ルーエといつもつるんでますが、ご存じない?」

「残念ながら、」

「…お嬢様こそ?」

「『お嬢様』はやめてください。『ラナ』と呼んでください。もしくは『王立』の皆さんのように『お嬢』って呼び捨てで。」

逆にカートライトが苦笑した。

「…このお役目、怖くはないのですか?」

「…。」

ラナが一度、下を向いたが、すぐに顔を上げた。

「それが、陛下との約束なのです。

王国の水魔を退治すれば、ダーナクレアに援助してもらえます。」

「…正義感からではないと?」

「私は、『勇者』じゃありません。」

カートライトが肩を聳やかせた。

馬車が少し弾んだ。

少し前から揺れが大きくなっていた。道が悪いのか。

馬が足を取られそうになる回数が増えた気がする。

ルーエは、手綱のひきを強くした。前方の地面を見る。

(ぬかるんでいるのか。)

地面が濡れている。ゆっくり水が染み出している。

(まだ、イゼーロ領では?)

先頭を行く『近衛』の馬が止まった。マイヤーも手を上げ、隊列を止めた。

ルーエもラナの馬車も止まった。

「ルーエ!」

馬車の窓からカートライトが声をかけた。

「お嬢を頼む。」

ルーエが馬の腹を蹴って前へ進ませる。先頭の『近衛』と並んだ。

前方が暗くなっている。壁のようだ。壁から何かが突き出た。

「なんですか、あれ?」

『近衛』の騎士が口にしたとたん、彼の身体は泥ミミズに飲み込まれて消えた。

泥ミミズは反転し、いったん壁に戻ると再び首を持ち上げた。

「全員、下がれ! 泥ミミズだ!」

ルーエの叫びに馬が脅えて立ち上がる。それを制しながら隊が後退する。

再び、泥ミミズが伸びてきた。ルーエは剣を抜いて泥ミミズの首を切り落としたが、落とされた首から胴が生えて、小ぶりの泥ミミズの姿になる。

馬が脅えて前足を高く上にあげるとルーエの身体が地面に落とされた。

(無理ないよな。)

急いで立ち上がると正面に立って剣を構える。

「ルーエ! 体の中の黒い塊! それをつぶさないと退治できない!」

ラナの声だった。

ルーエが小さい泥ミミズの身体を裂き、中に見えた黒い塊を剣で突き刺すと泥が砂に戻って地面に落ちた。

「!」

「ルーエ! 背中を貸して!」

馬車の屋根から助走をつけてラナが宙を飛んでいた。

その勢いに背中を向ける。ルーエの肩を踏み台にラナが高く飛び上がった。壁から現れた泥ミミズの真上に上がると『熔水剣(ようすいけん)』を真下におろし、泥ミミズの頭の黒い塊ごと地面へ突きさした。崩れた泥がラナ達の頭から降り注いだ。

「お嬢!」

ルーエがラナに駆け寄る。

「大丈夫!」ラナが笑みで答えた。

泥が降り止んだ後には壁が無くなっていた。

かわりに背の高い一人の男が立っていた。

黒い長衣を纏い、銀色の長い髪は腰まであった。

ルーエがラナを庇うようにマントを寄せた。

男は右手を胸に当てるとラナに頭を下げた。

「ユーリ・オストロフと申します。」


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