婚約者の魅力(後編)
真剣な眼差しで、とんでもないことを頼んできたフィオルドの気迫に一瞬だけローゼリアがのまれそうになる。
その状況を察してか、さらにフィオルドが、たたみかけてきた。
「私と兄上では人間性が違いすぎて、内面部分で近づこうとすることは到底無理だ……。だが、仕草や行動を真似るだけなら私にもできる! 君は兄上にどんな言葉を囁かれたら胸が高鳴る? どのような触れ方をされたら幸福を感じる? そのされたことを具体的に教えてくれ!」
「具体的に!? ええと……流石にそのような恥ずかしいことをお話するわけには……」
「恋人同士の甘い触れ合いは、周囲も祝福したくなるような微笑ましい交流だろう。恥ずかしがる必要などない! さぁ、遠慮せずに惚気てくれ!」
何故、元婚約者に現在の婚約者との惚気話を要求されているのか……その奇妙な状況にローゼリアは、頭を抱えたくなった。
だが、まずは興奮気味のフィオルドを落ち着かせるべきだと思い、宥めだす。
「殿下、とりあえず落ち着いてくださいませ。そもそもそのような甘い接し方をお兄様がなさるとお思いですか?」
すると、興奮気味だったフィオルドは一瞬でキョトンとした表情を浮かべる。
「するも何も……最近の兄上は、必要以上に君の手を取ったり、よく腰を抱き寄せているじゃないか。特にここ最近は君の髪に愛おしげに口づけをしてくるのだろう? やはり女性は、あのような甘い愛情表現をされると嬉しく感じるのか?」
フィオルドのその質問で、ローゼリアが珍しく耳まで真っ赤にしながら絶句する。
「な、何故、殿下がそうのようなことをご存知なのです!?」
「何故って……今、社交界では君に対する兄上の甘い接し方が話題になっているじゃないか」
「そのような話が出回っているのですか!?」
「……君は知らなかったのか?」
そう言ってフィオルドは、ローゼリアに呆れた表情を向ける。
今までであれば呆れた表情を向けられるのはフィオルドのほうだったが、現状は珍しく逆の状態になっている。
だが、そのことに気づけないほどローゼリアの頭の中は真っ白になっていた。
「まぁ、二人が仲睦まじいという噂なのだから、そんなに気にしなくてもいいんじゃないか? それよりも私は、兄上にそのような接し方をされている時の君の心境が知りたい! やはり女性は好意を抱いている男性に甘い接し方をされると幸福を感じるのか? 君は兄上から髪に口づけをされているとき、どのような心境なんだ?」
「……っ! ど、どのような心境といわれましても……。婚約者とのプライベートな交流については、淑女としてお答えするわけにはまいりません!」
「淑女として話せないほど情熱的なときめきを感じているということか?」
「ち、違います!!」
「ならば、教えてくれてもいいじゃないか……」
何故かもったいぶっているような言い方をされたローゼリアは、フィオルドに苛立ちを覚える。
「そもそも殿下は、シャーリー様とは、ご婚約はされておりませんよね? ハロルド様が、その……あ、甘い接し方をするようになられたのは婚約後です!」
するとフィオルルドが、まるで活路を見出したかのような期待に満ち溢れた表情を浮かべる。
「ということは、君は友人間で許される接し方と恋人同時にしか許されない接し方を判断できるということだな?」
「何故そうなるのです!?」
「現状兄上から甘い接し方をされているから、その判断基準がわかるのだろう?」
「そ、それは……」
言い逃れができない状況に追い込まれたローゼリアが、目を泳がせながら口ごもる。
普段は空回りの多いフィオルドだが、変な時に頭の回転が冴えわたるのだ。
「頼む、ローゼ! 兄上はそういう話を私に一切してくれない……。頼りは君だけなんだ!」
さらに前のめりになったフィオルドが、真剣な眼差しで訴えてくる。
「婚約に至るまでの間、兄上が君に対して無自覚に行っていた甘い接し方を詳しく教えてくれ!」
フィオルドは両手をテーブルに両手を突いて立ち上がり、懇願しながらローゼリアに詰め寄る。
その気迫に飲み込まれそうになったローゼリアが、思わずテーブルから身を引いた。
だが、何故か椅子の背もたれではない何かが後頭部に当たる。
そして背後から伸びた手が彼女の頭上で第三王子の顔面をあっという間に捉えた。
その状況に既視感を覚えたローゼリアは、そっと見上げるように背後を振り返る。
すると、そこには弟の顔面を容赦なく締め上げるハロルドの姿があった。
「フィオ……知っているか? 今のお前の言動を北の大国では『セクシャルハラスメント』と言って、女性に対して侮辱的な振る舞いとみなされ非難されるらしいぞ?」
「あ、兄上……。い、いつお戻りに?」
「つい今しがただ!!」
そう叫んだハロルドは勢いよく右手に力を込め、フィオルドの顔面を締め上げる。
「いだだだだだだっ!! 痛い! あ、兄上!! とりあえず……お、落ち着いて!」
「この状況で落ち着けるか!」
そう言って弟の顔面を掴んだまま、乱暴に椅子に押し込んでから手を離す。
反動でフィオルドは、強制的に椅子に座らされるような形になる。
すると、彼の頭上からハロルドがまくしたてるように怒鳴りつける。
「何故、お前がここにいる!? 今週は領内の視察で不在なことが多いと伝えたはずだ!」
相当痛かったのか、涙目でこめかみを摩っていたフィオルドが恨めしそうに兄を見上げる。
「ですから訪問したのです! 今であればローゼしかこの邸にいないと判断したので!」
その瞬間、ハロルドは怒りを通り越して言葉を失った。
同時にローゼリアはこの後の惨状を想像してしまい、二人からサッと視線を逸らす。
「お、お前……私がいない状況を狙って来たのか!?」
「はい。兄上がいると彼女から兄上の甘い接し方についての話が聞き出せないと思ったので」
「何故、兄のそのようなことを知りたがる!」
「私は恋人との甘い接し方に強い憧れがあります! ですが、それを堪能なさっている兄上がまったく教えてくださらないから……。兄上の溺愛対象であるローゼから話を聞こうと思ったのです」
その弟の言い分にハロルドは唖然とした後、ガクリと肩を落とした。
「何故、私なのだ……。リカルド兄上に聞くという選択しはなかったのか?」
「リカルド兄上のお話は、夫婦間でしか許されない接し方だったので参考にはならないと判断しました」
「兄上……。何故、無知な弟に猥談をなさった?」
「ですが、将来的には大変参考になるお話でしたよ?」
「黙れ! お前の感想など聞いていない!」
そう叫ぶと、ハロルドは盛大に溜め息をつく。
「わかった……。今度時間ができたら、その質問にはなるべく答えてやる。だからローゼに突撃するのは、もうやめろ!」
「本当ですか!? 絶対ですよ! 言質をとりましたからね!」
「ああ。とりあえず、今日はもう帰ってくれ……」
すると、何故かフィオルドがキョトンとした表情を浮かべる。
「何故です?」
「何故って……お前、今日ここに泊まるつもりなのか!?」
「はい。先程ローゼに確認を取ったところ、兄上の許可があれば宿泊してもよいと」
「そうか。ならば私は許可しない。とっとと帰れ!」
「兄上、酷いです! 私は本日一時間以上もかけて叔父上宅から、ここまで馬を走らせてきたのですよ!? 少しは労ってください!」
「先触れもなく勝手にやって来たのはお前だろう! 迷惑だから、もう帰れ!」
「そ、そんなっ!」
悲壮な表情を浮かべ、ローゼリアに助けを求める弟の首根っこを兄が掴んで無理矢理立たせる。
「イース! フィオが帰るそうだ! 確実に邸の外まで追い返……案内してやれ!」
「嫌です! 本日は朝まで兄上と語り明かしたいです!」
「そうか。だが私はしたくない……。さっさと帰れ!」
そう叫んだハロルドは、駆けつけてきた側近に弟を突きだす。
「あ、兄上! まだローゼに聞きたいことが……」
「いくら義弟になる関係とはいえ、婚約者である兄の不在を狙ってくるような輩と話しなどさせられるか!」
そのままイースのほうへフィオルドを押しやると、有能な彼はすぐに対応を開始する。
「さ、フィオルド殿下。ここは素直にお帰りになりましょう。これ以上、兄君を怒らせると、また顔面を鷲掴みにされてしまいますよー」
「は、離せ! イース! まだローゼとの話が途中……」
「はいはーい。後日、兄君からお話いただけるのですから、本日は大人しく引き下がりましょうねー」
必死に抵抗する第三王子を有能な側近は、ニコニコしながら手際よく連行していく。
流石、幼少期に子守を担っていた実績を持つ見事な対応である。
対してハロルドは、側近に引きずられていく弟の姿を目にしながら呆れるように息を吐く。
「まったく、あのバカは……。油断も隙もあったものではないな」
そう愚痴りながら、二日ぶりに再会となる愛しの婚約者に改めて視線を向ける。
だが、何かを怪しむようにスッと目を細められた。
そんな反応をされたハロルドは、少々気まずそうに肩をすくめる。
すると、ローゼリアは敢えて美しい笑みを彼に向けて浮かべた。
「ハロルド殿下。どの辺りから会話を聞かれていたのですか?」
その質問でハロルドが、ゆっくりと彼女に向き直る。
「その……あのバカが私からされている甘い接し方を教えろと喚きはじめた辺りから……」
「本当はそれ以前から会話を聞かれていたのではございませんか?」
「……何故、そう思う?」
「殿下が間に入ってくださったタイミングが、あまりにも絶妙でしたので」
「…………」
口元に笑みを浮かべてはいるが、目から冷気を放っている婚約者の様子からハロルドが観念するように両手を上げる。
「すまなかった。本当はフィオがシャーリー嬢の好みを君に確認してほしいと言い出した辺りから聞いていた。だがその後、非常に興味深い話題をあのバカがはじめたので、つい……」
「殿下?」
「本当に反省している! だから殿下呼びはやめてくれ……。折角、名前呼びをしてもらえるようになったのに地味に堪える」
気まずそうに前髪をかき上げた彼は、つい先ほどまで弟が座っていた席に着く。
「それにしてもフィオは、未だにシャーリー嬢のことを諦めていないのだな。そこまで執着をされている彼女が、少々心配になってくる……」
「シャーリー様は、とても聡明な方なので上手く立ち回れているようです。確かにフィオルド殿下は執着心がお強いですが大変素直な性格ですので、彼女がはっきりと不快であることを伝えると、すぐに引いてくださるそうですよ」
「だが、あいつは独断で婚約破棄などという失態をやらかして、盛大に彼女に迷惑かけただろう。本当に大丈夫なのか?」
周囲を振り回すことにかけては天才的な弟に執着されているシャーリーをここ最近のハロルドは、本気で心配している。
しかしこの三カ月で彼女と親睦を深めたローゼリアからすると、意外と要領のよい彼女であれば、心配はないと考えている。
「彼女であれば大丈夫です。そもそもそのフィオルド殿下の失態が切っ掛けで、わたくし達は婚約に至ったのではないでしょうか」
「それを言われると、あのバカを咎めることができなくなる……」
そうこぼしながらハロルドが苦笑する。
「ところで、ローゼ。少し気になることがあるのだが……」
「何でございましょうか?」
「君が甘さを感じる私の接し方というのは、一体どういうものを指すのだ?」
一瞬、何を聞かれたのか理解できず、ローゼリアがポカンとする。
すると、その反応を楽しむようにハロルドがにっこりと笑みを向けてきた。
「今後さらなる良好な関係を築くために参考にしたい。是非、教えてほしい」
テーブルに頬杖をつき、明らかに面白がっている様子の婚約者にローゼリアが盛大にため息をつく。
「その件につきましては、黙秘させていただきます」
プイっと顔を逸らしながら答える婚約者にハロルドが苦笑する。
「それは残念だ。では今後、君の反応を見ながら自主的に把握していくとしよう」
そう言って目を細めながら微笑みを向けてくるハロルドは、明らかに確信犯である。
彼は、すでに彼女が好む自身の言動や仕草を把握しているからだ。
ならば……と、ローゼリアはテーブルの上に置かれている彼の手にそっと触れる。
すると、珍しくスキンシップを図ってきた彼女にハロルドが驚く。
その反応に満足するようにローゼリアは、自身の手をそっと彼の手に重ねた。
「でしたら、わたくしも今後ハロルド様がドキリとするような仕草を模索してもよろしいでしょうか?」
その提案に心底幸福そうな笑みを彼が浮かべる。
「それは願ってもない提案だ。是非、頼む」
そう言ってハロルドは重ねられた手を取り、そのままそっと口付けを落とした。
お手に取っていただき、ありがとうございます!(*´▽`*)
当作品は7/25にアルファポリス様で書籍化がきまりましたので、7/23(水)の18時頃に作品を引き下げる予定です。
未読の方は、それまでにお読みいただくようい願いいたします。
そしてこのままズリーッとスクロールしていただくと、表紙絵載せてあります。
(サイズ調整に苦戦しましたが、何とか丁度良いサイズに出来たぁぁぁー!(T▽T))
よかったらご覧くださいませー。
※尚、こちらの番外編に関しては7/25以降は、アルファポリス様の作品掲載ページにて無料で読むことができるお話になります。