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「あたし何か変だった?」

「変っていうか、元気がないような気がして」


 照葉はふっと目をそらして、そうして私の腰に抱きついてぎゅうぎゅうと腕に力をこめた。

 何かがあった時、よく照葉はこうして私に抱きついては身体のどこかに顔を押し付ける。


 今までよく分からなかったけれど、もしかしたら照葉は目を覗かれないようにしていたのかもしれない。


 私たちの故郷では目で人の気持ちを汲み取ろうとするのが当たり前で、言葉よりも目の仕草の方が重要視されることがままある。

 それが当たり前の世界で暮らしていた。

 だけどこの塔ではそんなことなくて、『言わないと分からない・分かり合おうとしていない』ととられることの方が多い。


 もしかして照葉はそっちの方が性に合っていたのかもしれない。

 それで余計に目を覗いて状況を察するのも苦手で、目を覗かれて気持ちをはかられるのも嫌なのかもしれない。


 アレイスバルクさんとのすれ違いがあって、私はようやくそういうことを思うようになった。



「照葉。もし何か嫌なことがあったなら教えてほしいの。あなたの言葉で。お姉ちゃん、照葉の力になりたいわ」


 照葉はまたぎゅうぎゅうと腕に力をいれて、そうして恐る恐る顔を上げた。

「力になりたかったのは、あたしなの」

「うん?」

「お姉ちゃんを幸せにしたかったの」


 何のことだろうと思い返して、そういえば私に想う人がいると言った時、照葉が同じようなことを言っていたことに気づいた。


「あたし勘違いしてて的外れだったよね。でもやっぱりお姉ちゃんは彼氏さんと両想いで、上手くいってて」

「ええ? でもあんなに早く勘違いが解けたのは照葉のおかげよ。照葉があの時、黄丘宮に連れて行ってくれなきゃ――」

「でも、遅かれ早かれ、きっと上手くいってた。あたしがいなくても」


 照葉はまた顔をうずめて、もごもごと話し出す。

「違う、こんなことが言いたいんじゃない。別にお姉ちゃんが上手くいくって知ってた。だって自慢のお姉ちゃんだもん。そうじゃなくて、そうじゃなくて……」

 しだいに涙声に変わっていく。

 私はただただ照葉の頭を見ていることしかできなかった。瞳も覗けないのに。


「あたし、地元でも変なことばっかりして、みんなとも上手くいかなくて、お姉ちゃんに迷惑ばっかりかけて。頑張ろうと思っても全然ダメなの。でもお姉ちゃんはあたしを見捨てたりしないし、ずっと一緒にいてくれるから」

 だから、と照葉はひとつ深呼吸をした。


「だからあたし、お姉ちゃんの役に立ちたかったの。お姉ちゃんを幸せにできる妹になりたかった……」


 突然の照葉の言葉に息を飲んだ。

 言いたいことはたくさんあったけれど、気持ちが喉にせり上がって何も言えない。


 『見捨てる』なんて考えたこともなかった。

 そんなこと絶対に有り得るわけないのに、いつでも照葉はいつか見捨てられるかもしれないと怯えていたのだろうか。


 この間のこと、少し前のこと、塔に入ったばかりの時のこと、故郷にいた頃のこと。

 昔のことを思い出して、そうして悲しくなった。

 今まで照葉をそんなにも不安にさせてしまっていたことが、空しくて仕方ない。


「……迷惑だなんて思ってないよ」

 私の腕の中に顔をうずめたまま、照葉は「うん」と頷く。

 でも信じ切ってくれているような声ではなかった。


「私がこの人工浮島に来たのは照葉がいたからよ。照葉がいなかったらここに私は来られていないの。そうしたらアレイスバルクさんとだって、出会えていなかった」

「……ハハ、じゃああたし、お姉ちゃんのキューピッドになれたんだね」

「それだけじゃないよ。照葉と話して今まで気にもしていなかったことに気づいたこともあるし。それって、世界が広がるってことでしょう? 照葉がいなくちゃ、きっと私の視野は狭いままだった」

「うん」

 照葉はまた涙をこらえた声で頷く。


「それにね。それに、別に役に立つとか立たないとか、そんなこと本当はどうでもいいの」

 照葉の背中に回していた腕を離して、照葉の両頬を掌で包みこむ。

 顔を上げた照葉はやっぱり真っ赤な顔をしている。


「照葉はきっと覚えていないだろうけど。まだ照葉が卵の中にいた頃ね、半透明の殻の向こうで真っ赤な照葉が眠っていたの。兄さんや姉さんたちが卵に手をあてて、そうして私の番がきた。私が手をあてて祈ったらね、照葉が初めて目を開けたのよ」

「え!」

 照葉は目を大きく開いて驚いた。

 その様子がおかしくて、思わず笑いがこぼれる。


 あの頃の照葉は、まだ肌がふやふやしているのが殻の外から見ても分かった。

 ぼんやり開いた目も薄い膜に覆われているような、はっきりと見えていないんだろうなって感じるほど。


 だけど私は「こっちを見た!」と大はしゃぎしたのを覚えている。

 卵の中の照葉が目を開けて何かを見ようとしたのは初めてで、私はそれを自慢して回ったし、家族も羨ましがっていた。


「あたし全然おぼえてない」

「そりゃそうよ、まだ生まれる前だもん。それに、後で知ったんだけど赤ちゃんって視力がほとんど無くて、ぼんやりと明るいか暗いかが分かるだけなんだって」

 照葉は「ええー!」と頬を膨らませた。

 真っ赤な頬がリンゴみたいだ。


「でも私は照葉の初めて見たものが私なんだって嬉しくて、それからずっと卵の前でお話してたわ」

 あの頃と同じように声をかけながら、殻の代わりに頭を撫でる。

「『大好きよ』『早く会いたいわ』……『ここはあなたが生まれてきても大丈夫な世界よ』」


 照葉の大きな瞳からぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。

 涙が瞳に薄い膜を張って、まるで卵の中の頃の照葉の目のよう。


 照葉は目をつぶって、右手でおさえるように涙をぬぐう。

 そうして顔を上げて溌剌とした声で言った。

「もしお姉ちゃんに赤ちゃんができたら、あたし、ちゃんと言ってあげるからね。『大好きよ。いつでもあなたの味方だからね』って」


 そう笑う照葉の顔は、生まれた時みたいに真っ赤な顔をしていた。


 完結です。

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