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まどか 乃木坂学院高校演劇部物語  作者: 大橋 むつお
95/106

95:『思い切りブットイ注射をされた』

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語


95『思い切りブットイ注射をされた』    





 学校に欠席連絡を入れた。


 ひいじいちゃんの忌引きで休んで以来。


 あ、それと例のインフルエンザ。

 


 コンクールの明くる日だって、乃木坂をダッシュして間に合ったんだ。



 とりあえず、十一時ぐらいまで横になった。ようやく起きあがれるようになったので、薮医院に行った。いつもなら歩いても十分とかからないんだけど、二十分近くかかってしまった。


「さっき、忠友が来たとこだぜ」


「え、忠クンも……?」


「ああ、とりあえず点滴してやったら、少しは元気になって帰っていったけど、学校は休めと言っておいた」


「忠クンも、わたしみたいに……?」


「見かけはな。しかし、あれは精神的なもんだ。体験入隊で自分の想いと現実のギャップを思い知ったんだろうなあ……それに、不寝番やらされて何かあったみたいだな」


「あ……」


「まどか、なにか知ってんのか。忠の野郎、何も言いやがらねえ」


「あのぅ……」


「ん?」


「えと……」


「じれってえなあ、今時のガキは!」


「イテ……!」


 思い切りブットイ注射をされた(>_<;)。


 まさか、それに自白剤が入っていたわけではないだろうけど、気持ちが軽くなってきた。


 ガキンチョのころから、ここに来ると注射が仕上げで、それが終わると気が楽になり、たいていの病気は吹っ飛んでしまった。まあ、条件反射かもね。


「……なるほどな、乃木坂君てのから、そんな話しを聞かされたんだ」


「先生、素直に信じちゃうんですか?」


「ああ、昔はあったもんだよ。親父が体壊して、しばらく船を下りてるうちに、ミッドウェーで船が撃沈されっちまってさ。その晩、親父がここで何人かと話していたよ。むろん俺には親父の声しか聞こえなかったけどな……三月十日の大空襲もひどかったぁ。十万人が焼け死んじゃったけど、ほとんどは身元も分からないまま戦没者の霊で一括りさ。そりゃあ思いを残して残ってるやつも大勢いるだろうさ。幸か不幸か、俺は、そんなのが見えねえ体質なんだけどよ。信じるよ、そういうことは」


「先生はさ、その空襲の時はどうしていたんですか?」


「さあ……ただ逃げ回っていたことしか覚えてねえなぁ……人間てのはな、めっぽう怖ろしい目に遭っちまうと記憶がとんじまうものなんだ、そうしねえと神経がもたねえからな。で、いろいろ逃げ回って、てめえの家は焼け残っちまうんだもんな。皮肉なもんさ……そうだ、これを預かってくれねえか」


 先生はレントゲン写真を入れる黒い袋から表装された一枚の写真を取りだした。写真には早咲きの梅を前と後ろにして一人の女学生が写っていた。


「駅前で写真屋をやってた進ちゃんて同級生と逃げ回ってよ。そいつが最後まで後生大事にもってた写真なんだ。いっしょに手紙が入ってたんだけど、無くなっちまって、その写真の主がなあ……胸の名札がちょうど梅の花と重なって苗字の三水偏きゃ分かんねえ。制服は第十二高女ってことは分かるんだけどな。まあ、なんとかは藁をも掴むってことで、一度その乃木坂君に見てもらえないかい」


 先生は、もう休診にしてしまった。


 わたしのシンドサが伝ってしまったようだ。



☆ 主な登場人物


仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部

坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ

芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部

芹沢 紀香       潤香の姉

貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問

貴崎 サキ       貴崎マリの妹

大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達

武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生

南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生

山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長

峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長

高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩

柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問

乃木坂さん       談話室の幽霊

まどかの家族      父 母(恭子) 兄 祖父 祖母

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