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Passionate Sympathy  作者: 梅衣ノルン
第2章 Precious Sensation
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俎上に載せた障害物

☆登場人物☆


・鎌谷善水……かまやよしみず

 高校二年生。男子。言動にやや冷たい部分がある。身長が高い。


・沢渡惟花……さわたりゆいか

 謎の少女。長い銀色の髪を持つ。基本的に明るい。善水が大好き。身長が低い。


・水沢透……みずさわとう

 高校二年生。男子。サッカー部員。善水と仲が良い。髪は茶色。


・岡村美菜……おかむらみな

 高校二年生。女子。優しい性格だが、人には言えない趣味があるらしい。セミロングな金髪。


・古井秀理……ふるいひでり

 高校三年生。女子。口数が少ない。仏頂面だが、体型が非常に幼いので可愛がられる。


・鎌谷善治……かまやよしはる

 善水の父。善水にとって反吐が出るほど嫌いな相手。NGOに所属している。


・????


・????


・????


・???


・和田霜……わだそう

 老婆。数十年前に、ある男性と不思議な出会いをする。


・長嶋悟……ながしまさとる

 NGO所属の男性医師。とある研究グループを自主的に立ち上げた。


・????


・??


「……ここか」

 上級生の教室の前に立つと、緊張せざるを得ない。

 でも、そんなことを言い訳に、逃げるわけにもいかない。

 あと、先輩なのにタメ口をきいたことも、併せて謝罪しなくてはならない。

 いやでも、三十センチも身長差があったら、やむを得ない気もする。

「すみません……」

 がらがらっと扉を開ける。

 扉の近くに立っている誰かに、古井さんを呼んでもらう。そういう腹づもりだったのだが。

 目の前に広がる厳粛な雰囲気に、俺は思わず背筋が伸び、息を飲み込んだ。

 紙がめくれる音と机が出す響きの合間に、飛び交うシャープペンシルの擦れ……。

 ……十二月。

 俺たちが日々をなんとなく過ごしている間に、三年生は戦っていた。

 最近は都会を中心に、厳しく辛い受験イメージというものは大きな転換が図られているところだが、進学校のここは事情が違うのだ。

 しかし、よく見ると、ペン回しをして遊んでいる人や、眠りこけている人もいる。

「…………」

 むしろそのことが一層、異次元空間のような不安定さを瀰漫させていた。

 有り体にいって、あまりに居心地が悪い。

 自分がいかにぬくぬくと生きてきたかを、教えられているようだ。

「………………」

 俺は母を失った。

 父親の暴力や独裁が、母を追い詰めたに違いなかった。

 もし「それは違う」と誰かにそっと教えられたら、俺は悲しみのあまり慟哭してしまう。そのくらい、俺にとっては重要なことだ。

 しかし、俺はその時何ができただろう。

「……………………」

 何もしていなかったのでは?

 もし、当時の俺が、ここにいる先輩方のような意識の高さと、不断の努力とを持ち合わせていたら……。

「…………………………!」

「うわ!」

 ぺんぺん、と横腹のあたりを叩かれた。

「古井さん……」

 無言で近寄ってきていたらしい。

 とりあえず、教室の外に出る。

「すみません、先輩。ぼーっとしてしまって……。これ、手帳です」

「……」

 古井さんは、申し訳なさそうな表情(俺の主観だが)を作り、俺の手に置かれた手帳を受け取る。

「ご主人様あ、待ってくださいよ……。あ、前の休み時間の時の娘が!」

 美術室に置いてきた惟花が、そんなことを口に出しながら、小走りでやって来た。

「ちょうどいい。この人の手にある手帳を見てみろ」

「てちょう?」

 古井さんの学年を知った惟花は、温度計のように赤面した。

「す、すすす、すみませんでした、古井さん! 先輩だったとは……!」

 古井さんは、表情を変えずに、かぶりを振った。

 怒っているのか気にしていないのか、よくわからない。というより、喋っている姿を一回も見ない。おそらく、さっきまでも一人で黙々と勉強していたに違いない。

「古井さん、失礼します」

 俺と惟花はほぼ同時に言った。

「…………」

 古井さんは、またもや無表情で立っていた。

 ある程度距離が離れてから、何を思ったか、惟花は後ろを振り返った。

 その目線の先を追う。

「………………」

 古井さんは、変わらない位置から手を振っていた。


「……義水、惟花ちゃん。それは本当か」

 学校の中庭で惟花と昼ご飯を食べていると、透が目の前を通り過ぎようとしたので、さっきまでの出来事を話してみた。

「ほ、本当です」

「僕、先輩から聞いたことがある……。古井秀理っていう生徒がいて、めちゃくちゃ頭がいいらしいと」

 透はそれから何回も「本当かよ……」とつぶやいていた。

 透は、普段はどちらかというと周囲に惑わされたりするタイプの人間ではない。

 珍しいこともあるものだ。

「頭がいいって、どのくらいだよ」

「詳しくは知らないけど、とりあえず我が国最難関と言われる、あの例の大学には余裕のよいよいで入れるくらいは秀才らしいぞ」

 俺はそれを聞いて、何回も「本当かよ……」とつぶやいてしまった。

 透の先の言葉は、どうしてもこの世界の常識に疎い惟花でさえも震撼させるほどの破壊力を持ち合わせていた。

「私にはとても真似できそうにありません……」

「まあ、まともに義務教育を受けてなかったら、そらきついだろうな。別に気にすることはないだろうけど」

「私なんて、一週間後のテストの赤点を回避できるかどうかすら怪しいレベルなのに……」

 ……一週間後?

「透。次のテストって何日後だっけ」

「えー。そんな興味のないことは即刻記憶容量から削除してるから……」

「惟花。テストが一週間後って、それホントか?」

「あ、当たり前じゃないですか。美菜ちゃんだってそう言ってましたし」

 それは……残念ながら信用せざるを得ない。

「マジで……?」

「マジかよ……」

 俺と透、二人の阿吽の呼吸が一致した。

「マジなんですよ……」

 惟花の重い声も重なった。

 俺は、割と勉強ができない方である。基本的に、透も同じだ。

「美菜に頼るしかないな……」

 俺はそうつぶやいた。

「でも、僕たちが言えることじゃないけど、美菜ちゃんも飛びぬけて成績がいいわけじゃないし、僕たち三人を教えるなんてこと、できるのか……?」

「うーん……」

「そうですねえ……」

「ああ、どこかにいればいいのになあ。アホみたいに勉強できる人……」

 三人で、うんうんとうねり続ける。そんな昼真っただ中の寒空の下の景色はいかに。

「というか、善水。ここ寒いぞ」

「外だからな」

「惟花ちゃん。こいつ常識が欠けてるから乗り換えたほうがいいって。こんな死ぬほど寒い日に外で弁当をつつくとか、気が狂ってるって」

「そこまで言うか」

「ご主人様が、教室だと人口密度が高すぎて嫌だから、二人で外に出ようって言ったんです」

「あ、お前。それを透に言うのかよ……」

「へえー。善水。やっぱり恋人同士、二人きりの食事の時間は誰にも邪魔されたくないもんねー。ご主人様?」

「うるせえ」

 どんどん話が逸れていった。

「それより、惟花。透のご主人様呼びで思い出したけど、結局敬語を使わないって話はどうなったんだよ?」

「それは……。やっぱり敬語のままじゃだめですかね?」

「どういう理由で?」

「……古井さんの出来事で思い知りました。普段から誰に対しても敬語を使っていた方が、間違いが起こらなくて楽だということに」

「……それは、なんというか、痛切に同感」

 という訳で、今朝交わした約束は一日で無効となった。

「……ところで、僕たち、何の話してたっけ?」

「……さあ。それよりさっさと飯食おうぜ。本当に風邪をひきそうだ」

「はい、ご主人様」

「何のためにここを通っていたのか知らないけど、透、お前もさっさとどっかに行け」

「……いや、このまま立ち去ったら二人がイチャイチャする未来が見えているから、ここでさっきまでの話題を思い出すことに努めることにするわ」

 こいつは時々訳の分からないところで鬱陶しいところがある。

「うーん、うーん、うーん……」

「頼むからもう少し静かにうねってくれ」

「……あ、思い出した」

「へえ。あれだろ、俺たちの成績がこのままだとやばくて、どこかに定期テスト用英才アドバイザーでもいないかなーって話だろ。」

「知ってたのかよ! 教えろよ! さっきまで僕が悩んでいたのはいったい何なの!」

 透は激怒した。

「俺もついさっき思い出したばかりだったんだ。許せ」

「……ま、まあ、今のところそれはいい。それよりも、名案が思い浮かんだよ。優秀な家庭教師が一人いる。その人に教われば、赤点回避なんて余裕のよさこい。それどころか、二年生最後のテストのための貯金がつくれるくらい点が稼げる」

 きりっとした博識のような目つきで、そう啖呵を切る透。

「誰だよ」

「誰なんですか? その人って」

 後から思えば、非常に単純に導かれたと言えるその結論を、透は口にした。

「その家庭教師は……。古井秀理先輩さ」

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