交錯する世界と湾曲する時空
☆登場人物☆
・鎌谷善水……かまやよしみず
高校二年生。男子。言動にやや冷たい部分がある。身長が高い。
・沢渡惟花……さわたりゆいか
謎の少女。長い銀色の髪を持つ。基本的に明るい。善水が大好き。身長が低い。
・水沢透……みずさわとう
高校二年生。男子。サッカー部員。善水と仲が良い。髪は茶色。
・岡村美菜……おかむらみな
高校二年生。女子。優しい性格だが、人には言えない趣味があるらしい。セミロングな金髪。
・古井秀理……ふるいひでり
高校三年生。女子。口数が少ない。仏頂面だが、体型が非常に幼いので可愛がられる。
・鎌谷善治……かまやよしはる
善水の父。善水にとって反吐が出るほど嫌いな相手。NGOに所属している。
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・和田霜……わだそう
老婆。数十年前に、ある男性と不思議な出会いをする。
・長嶋悟……ながしまさとる
NGO所属の男性医師。とある研究グループを自主的に立ち上げた。
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「さ、三人とも。本当にあの人に頼むの……?」
翌日の昼休みに、俺たち四人は三年二組の教室の手前で、陣取っていた。
「僕たちには、もうそれしか手は残されていないからね……」
「たちを外せよ。俺は反対だからな」
「なんか忙しそうですし……」
「じゃあなんで義水と惟花ちゃんもついてきてるの。止めたきゃ止めたらいいのに。実は期待してるんだろ?」
言い返せないし、もう引き返せない。
透は平生から、やると決めたらやるという所があった。
「黒板側の席か……ちょっと入りづらいな……」
「透さん、頑張ってください」
お前、本来応援する立場じゃないだろ……。
まあ俺も、ちょっとだけ同じことを思ってしまった。人のことは言えない。
透は唾の塊を飲み込んで、近傍の壁にそっと指先を触れると、教室内へと勇ましく乗り込んだ。
「あの、すみません、古井さんはいらっしゃいますか」
背筋を伸ばしてそう言い放った。
サボり癖があるとはいえ、運動部員としての堂々とした態度が顕現した瞬間だった。
「……」
「おわあ!」
透は素っ頓狂な裏声を出して、後方によろけた。
見ると、すぐ隣には古井さんの姿が。
「無言で近づかれたらびっくりするわ!」
「おい、透、落ち着け。相手は先輩だぞ」
「あ、し、失礼しました……」
おそらく、教室の前でたむろっていた段階からこっちの存在を知っていたのだろう。
「運動部員としての威厳はどうしたよ」
「そんなもん関係ないだろ……」
古井さんは、右手をぴしっと掲げ、左右にゆっくりと揺らせた。
「あ、何ですか、古井さん」
美菜が即座に応答に回る。
「…………」
「……えっと」
始終無言の相手に、美菜が即座に応答に詰まる。
これは何の儀式だろう。
ゆらゆらゆれているその姿を見ていると、まあなんともかわいらしい。が、これが指し示す意味がよく分からない。
「…………」
「な、なんすか、古井さん!」
いつの間にか透が古井さんの左手にぺしぺしやられていた。
「早く用件を言えって言ってるんじゃないですか?」
「なるほど、惟花ちゃん、その可能性は高いねえ。まあ、それこそ早く言ってほしいものだけど……」
そう言うと、透はやにわにしゃがみ込んで古井さんを水平な目線に構えながら、ぺしぺし左手とゆらゆら右手を自分の両手で包み込んだ。
「実は古井さんに……一生の頼みがあります」
「……」
「来週からテストがある訳なんですが、その手ほどきを頼みたいのです」
「……(首肯)」
「単刀直入に言うと、あなたの成績がとても素晴らしいという噂を聞いて、やってきたのです」
「…………(首をかしげる)」
「大変わがままなこの僕たちの願いを、どうか受け入れてもらえないでしょうか」
「………………(手をぶんぶんと振る)」
古井さんは笑えるほどに始終真顔だった。
「どうだ、透。了承はとれたか?」
「すまん、善水。僕にはなんだかさっぱり分からない……」
「難攻不落だな。まあそもそも受験で忙しい三年生を頼る時点で、お前のたくらみは叶うはずなかったってことだ。さっさとおいとまするか……ん?」
「……!」
磁力が切り替わったように、今度は俺の腰が彼女の手の置き場となっていた。
「……」
かぶりを振っている。
何かしらを否定していることは、分かる。
しかし、俺たちがこの場から離れようとしていることを否定しているのか、家庭教師役を請け負うことを否定しているのか、わからない……。
「……!」
今度は、彼女は握りこぶしを作って、胸をたたいた。
「快諾してくれる……のですか?」
「……(首肯)」
彼女はあくまで無言のまま、そういう反応を返した。
「まじですか、ありがとうございます、古井さん」
「す、すみません、古井さん。いきなり押しかけてこんな頼みごとをしてしまって」
透と美菜がそう返す。
「どうしたものか……」
一方、俺は別の懸念に頭をとらえられて、このように答えた。
「どうしたよ、善水。向こうが良いって言ってくれてるんだから、別に気にしなくてもいいんじゃないか?」
「まあそうかもしれないけど、貴重な時間を使わせる以上、俺たちは絶対にテストで結果を出さなきゃまずいっていう展開になるのだと思うと、少し」
「まあなんとかなるでしょ。古井さんなら」
いつも赤点近い点しか取らないこいつにしては、なんとも楽観的。
しかし、古井さんの噂を知ってしまったら、誰もがこうなるのかもしれない。
とりあえず、今は期待しておくことにする。
次の日。
今日は古井さんのお宅でお勉強をするご予定。
のはずが。
「ううん……めんどうくさい……」
進路関係の書類を出し忘れていたので、今日書かなければならない。
「さっさと書いて行きましょうよ」
「すまん……」
親切にも惟花が残ってくれている。
書かなければならないことは、大学に行ったときに専攻したい学部。その他もろもろ。
「惟花はなんて書いたんだ?」
「哲学です!」
「意外過ぎて開いた口が塞がらない」
「なんでですか! 面白そうですよ、哲学」
軽い。
だが、うだうだと悩むよりは、すっきりしていてよい。
それに、同級生よりもこの世界を知る機会が十年以上も少なかった惟花にとっては、哲学という学問はとてもあっているのではないかと思った。
「適当、か……」
俺はシャーペンを強く握り直すと、指定された枠の中に、ある単語を書きなぐった。
「よし、行こうぜ」
すぐに用紙を裏にして、教壇に提出する。
「なんて書いたんですか、ご主人様」
「……哲学」
「それこそ意外で、こっちこそ開いた口が塞がりません」
そう言って惟花は笑い出した。
「言ったな。俺だってこの世界のことをもっとよく知りたいわ」
惟花は笑いを必死にこらえている。
「い、いや、だってご主人様には、哲学なんてあいませんよ……!」
「じゃあ何だったらあうっていうんだよ」
「それは分かりませんけど……。でも、哲学……。想像できません……!」
何がそんなにツボにはまったんだ……。
「とにかく、もう時間がないから、さっさと行こうぜ」
「はい……。て、哲学……」
まあ、意外に見えてもおかしくはないか。
だって今適当に決めたからな、哲学。
まあ、人生、なるようになるだろう。
確かにこの時は、そう思っていた。
「と、遠いな……」
「と、遠いです……」
大都市の真ん中を縦横するように走る。
古井さんは寮暮らしではない。
バスや電車は必要ないものの、走ってもニ十分はかかる。
『……武装勢力と政府との攻防が続いております……』
臨時ニュースが街中に流れる。
この街ではよくあることだ。
人工衛星の技術も随分と進み、世界各国の大きな出来事はメディアを通してすぐに筒抜けになる。
『……現地の政府軍による尋問も成果が上がりません。この武装勢力はナティという名をかかげ、沈黙を押し切ろうという独特の行動が特徴的であり……』
「……おい、惟花。そんなビルの大テレビばっか見てたら転ぶぞ」
「あ、すみません……」
惟花は、ニュースの内容がひどく気になっているようだった。
『……武装勢力の人員の元は、過去の宗教の残党であると断言されていて……』
「あとでゆっくり解説してやるから……って、おい」
振り返ると、案の定惟花が転んでいた。
「い、痛いです……」
「大丈夫か? とりあえず怪我は……ああ、ばっちりあるな……」
膝をすりむいている。
「ち、血が……! す、すみません……。え、ええと、私はどうなるんでしょう……!」
そういえば、怪我をするのは初めてなのか。
「まあ別にいいよ。このくらい絆創膏を貼ればすぐにちょちょいと治って……」
……待て。
「治って……?」
治る?
何故治る?
血さえ出ているのに、何故治る?
それは……。
それは、人間だから治るのではなかったか?
「ご、ご主人様……。どうされました……」
「ま、まずい……」
どうすればいい?
どうすればいいんだ?
パニックで体温が急低下する。
さながらフラッシュバックのように、あの老婆……和田さんの昔話を思い出した。
惟花のような人間は……身体の構造が普通の人間とはまるで違うということを。
取り返しのつかないことをしてしまったのではないだろうか。
「その、私は我慢すれば平気ですので……そろそろ古井さんの家に……」
「だ、駄目だ!」
おそらく、そんな悠長なことをしている場合ではない。
頭の中に浮かんでしまった、予見される数々の最悪の展開を前にして、俺はほぞをかむ。
サラサラに捻じ曲げられた精神に、俺は仮想的な涙と吐き気さえ見出す。
何か策はないか、何か。
何でもいい。何か策は。
その時、缶の底に埋まったひとつの飴を取り出すように、たったひとつだけ思い浮かんだ。
俺はスマートフォンを取り出し、メモアプリを起動する。
そこに最後の希望が残されている……可能性がある。
長嶋悟。
かつて和田小春さんと接触した医者……。
俺はためらいを捨て去り、一縷の望みをかけ、そこに書いてあった電話番号にコールを試みた。




