第六幕 淯水のほとり
戦が終わっても、静けさは戻らなかった。
宛の城壁を背に広がる野には、まだ煙が薄く漂い、うめき声があちこちから聞こえていた。傍らを流れる淯水は、上流のどこかで血が混じったのか、日の光を受けてわずかに赤茶けて見えた。李征はその川縁に座り込んだまま、しばらく立ち上がれずにいた。
やがて、生き残った兵たちが倒れた者を運び出す作業に駆り出された。李征も槍を杖代わりに立ち上がり、その列に加わった。
死体は思っていたよりずっと重かった。運びながら李征は無意識に張と小六の姿を探していた。倒れている一人一人の顔を確かめずにはいられなかった。
——ここにいるかもしれない。次の一人かもしれない。
だが、いくら探しても、二人の姿は見つからなかった。誰かに聞いても、首を振られるだけだった。乱戦の中でどこに倒れたのか、あるいは川に流されたのか確かめる術はなかった。淯水の水面を見つめながら、李征はふと思った。もしかしたら、あの赤茶けた色の中に二人の血も混じっているのかもしれない。そう思うと、川を直視できなくなった。
日が傾く頃、李征はようやく作業から解放された。手も、着物も、血と泥にまみれていた。井戸端で水をかぶっても、匂いだけはこびりついて離れなかった。鉄と、土と、何か甘く饐えたような匂い。それが人の死の匂いだと、李征は初めて知った。
その夜、野営地に配られたのはいつもより薄い粥だった。誰も多くを語らなかった。焚き火を囲む顔ぶれは、数日前よりも明らかに少なかった。李征は椀を持ったまま、しばらく手をつけられずにいた。喉が何かに塞がれているようだった。
隣にいた古参の兵がぽつりと言った。
「今日、生き残った者を数えると三人に一人ってところだな」
誰もそれに答えなかった。ただ、焚き火の爆ぜる音だけがやけに大きく響いた。
翌朝、まだ日も昇りきらぬうちに隊は再び集められた。李征は体のどこかに休息が訪れるものと、どこかで思っていた。だが、集合の号令とともに告げられたのはまったく逆のことだった。
「宛の賊はまだ根を絶っていない。趙弘なる者が新たに衆を集め、城に籠っておるという。我らはこれより包囲の一手として東へ回る」
将の声には労いも休息の約束も何ひとつ含まれていなかった。まるで昨日の戦いなどなかったかのように、ただ次の命令だけが淡々と告げられた。
李征は隊列の中でまだ乾ききらない自分の手のひらを見下ろした。血の色は薄れかけていたが、爪の間にはまだ黒っぽいものがこびりついていた。それを拭う暇もないまま、隊列は動き出した。
行軍の列に紛れながら、李征はふと村を出た日のことを思い出した。三日という猶予、母の顔、竹筒に満たされた符水。あの時はまだこれがいつか終わるものだとどこかで信じていた気がする。
だが今、目の前にあるのは終わりの見えない道だけだった。淯水の流れはいつまでも同じ速さで、東へと流れ続けていた。李征はその流れに逆らうように隊列とともに歩き続けた。
振り返っても、故郷の山はもう見えなかった。




