ベランダ
これは最後のページだ。
高校一年生の5月までのお話。
高校に上がってから、塾に通い始めた。なんとなく行くことになった。行きたくないと渋ると、中学受験二何万かかったんだと言われた。やりたかったわけじゃないと言ったら、お前がやりたがったんだと、お母さんに言われた。本当にそうだったのだろうか、今になってはもうわからない。
塾に行ってもあまりやる気が出なかった。その様子を見て、お母さんがまた叱ってきた。今回もなんとか耐えようと思ったが、今日のお母さんは仕事帰りですこぶる機嫌が悪いらしく、色々なことを言われた。まず、お前は根気がない、やる気が感じられない。将来何になるつもりだ。お前みたいなやつは社会に出ても役に立たないなどなど、ここまでは今までも言われてきたことなので、なんとか耐えた。その後だった。お前の今までの人生はなんだったんだと言われた。それは今まで言われたことがないものだった。最初は、お母さんの怒りが怖くて生活してきたんだと思い、自分は国立の優秀な大学を出て、東大の旦那を捕まえていて、ムカつくが、筋が通った野郎だと思ったが、その後、ふと思った
目から鱗が出ると言うのはこういうことなのかと実感した。僕の今までの人生に意味などなかったのだと、母親にびくついて、家と外で人格を使い分け、笑い方もわからなくなって、眠れなくなって、僕の人生はこいつのせいでめちゃくちゃだと思った。実につまらない空虚で、意味のない人生だと思った。何もかもバカらしくなった。もう楽になりたいとも思った。
その説教が終わった後、僕は密かに計画を立て始めた。一番あいつにダメージのあるやり方で、それでも、他の家族には迷惑のかからないようにと、でも一番大事なのは、早く楽になることだった。そのことしか頭になかった。
今日はお母さんの誕生日、最高の誕生日プレゼントを送ってやろう。最後のページは、お母さんに対する恨みつらみを書き連ねた。姉への暴力が怖かったこと、夜寝れなくなったこと、家と外で、二つの顔を使う羽目になったこと、うまく笑え無くなったこと、この計画の原因が、お前だということ。この計画が終わったらあいつが一番最初にこれを見ることになるだろう。焦る姿を思い浮かべた。僕は日記を閉じた。
僕はベランダに出た。柵に登った。昨日は怖くなって、無理だろうと思っていた。計画の実行は、来年になるかも、計画自体がなくなるかもとさえ思った。でも、ベランダに出た僕の心は穏やかだった。最後に勇気を出すのがこんなとことでかと思うと苦笑がこぼれていた。どこかで、そんな勇気が出せていればとも思ったが、そんな思考はすぐに捨てた。僕は一歩を踏み出した。
痛みを感じた。でも、つらくはなかった。意識が薄れていくのを感じた。計画は成功だろう。そう思うととてもホッとした。自然と笑みが溢れた。最後の最後に自然に笑うことができた。いい人生とはいえなかったが、最後に自分のやりたいことができたと思った。それが最後に思ったことだ。
次からは、裕太の家族のお話です




