第76話 その視線の先に(Side:灯里)
碧依ちゃんのお兄さんがバイトに出かけてしばらくしたあと、私、赤羽灯里はいつもの探索者セットを用意していた。
慣れた手つきで指差し確認をしながら、必要なものを一つずつ詰め込んでいく。
「うん。準備良しっと」
バックパックの蓋を閉じて、寝室のベッドにごろんと寝転ぶ。
「ふう……」
正確に言えば、現在お世話になっている、碧依ちゃんのベッドだ。
急に転がり込んだ私を、お兄さんも碧依ちゃんも嫌な顔一つせずに受け入れてくれていた。
同年代の女の子と、年上の異性との生活。シェアハウスってこんな感じなのかな? ……なんて、最近はとても楽しい日々を過ごせている。
「お父さん、ちゃんとご飯食べてるかなぁ……」
もう一週間以上声を聞いていない父の顔を、ふと思い浮かべる。
父は喫茶店のマスターだ。軽食から本格的な料理までなんでも作れる。
でも、作れると食べられるは、また別の問題だ。
お兄さんから父の様子を定期的に教えてもらっているので、大丈夫なのは分かっている。
けれど、あんな形で飛び出してしまった手前、今更連絡も取りづらい。
「お父さんのバカ……絶対転校なんてしないんだから」
こんな子供みたいな抵抗が悪あがきなのは分かってる。結局は困らしてしまっていることも……。
それでも、母を助ける道のりは二つだ。
一つは、私が探索者として大成し、いずれ東京ダンジョンへ直接エリクサーを取りに行く道。
もう一つは、LD配信者として成功し、エリクサーを購入できるだけの資金を集めること。
前者はSランクに届くレベルと、宝箱からエリクサーを引き当てる運が必要で、後者は、エリクサーがオークションに掛けられるのを待つ必要があり、最低でも億から兆を超える資金が必要になる。
そのためにも、近場にダンジョンがあるという最大の利点をなくしたくはない。
(それに、ティアちゃんや、お兄さん。碧依ちゃんとも離れ離れになりたくないよ……)
「道のりは長いよね……」
暗くなり始めた気分をリセットするように、パンパンと頬を叩き、ガバッとベッドから起き上がった。
「よし、今日も頑張ろう!」
バックパックを背負い、寝室のドアを開けた。
「それじゃあ、私もそろそろ行ってくるね。碧依ちゃん」
「うん、いってらっしゃい。こっちで応援してるからね!」
玄関まで見送りに来てくれた碧依ちゃんは、スマホに表示された【あかりちゃんねる】を見せてくれた。
同年代の、それも一番仲の良い友達に応援されて力が湧いてくる。
「ありがとう! ツノウサギリベンジ、頑張るよ!」
「本当はあたしも手伝いたかったんだけどね。でも、あたしが出迎えないと、お兄ちゃんきっと寂しい思いしちゃうからさ」
肩をすくめて文句を垂れる碧依ちゃんだが、その口元は緩みっぱなしだ。
「ふふ、碧依ちゃんって、結構ブラコンだよね」
「――ふぇ!? べ、べべべ、別に普通だよ!? 兄妹なんだから!」
途端に、顔が沸騰しそうなほど真っ赤になる。
なんだか、碧依ちゃんやお兄さんは、ティアちゃんとリアクションが似ているように思う。
こういうところも、私が三人を大好きなところだ。
「碧依ちゃん可愛いなぁもう! ……でも、あんなに優しいお兄さんだもんねー? 私一人っ子だし、碧依ちゃんが羨ましいなー」
「んもう! それ以上からかうと応援してあげないよ!」
ぷいっと、腕を組んで可愛らしく顔を背けられてしまった。
お兄さんがいるのが羨ましいというのは本音だけど、話の流れで、図らずも家族愛を弄るような形になってしまった。
「ご、ごめんね? もうからかわないから許して……?」
碧依ちゃんが冗談で怒っていることは、声のトーンで分かっているが、しっかりと手を合わせて謝る。
「仕方ないから許してあげます。……それより、お兄ちゃんに言われた通り、変だと思ったらすぐに戻ってきてね?」
組んでいた腕を解いた彼女は、大仰に頷いて許してくれた。かと思えば、今度は心配そうな表情に変わる。
お兄さんといい、碧依ちゃんといい、本当に優しい人たちだ。
「うん。今日はずっと一層にいるから、何かあってもすぐに戻れるよ。それじゃあ行ってくるね!」
これ以上心配させないためにも、最高の笑顔を向けて玄関を出た。
★✫★✫
――箱根ダンジョン 地下1F
到着した箱根ダンジョンの階段脇で、慣れた手つきで配信の準備を進めていく。
ここに辿り着くまでに結構な人数からパーティーの勧誘を受け、少しだけ気疲れしてしまった。
やはりイレギュラーの件で知名度が上がったのが大きいのだろう。
とはいえ、ほとんどが下心丸出しの誘いだったので丁重にお断りさせてもらった。
「よし、準備完了」
深呼吸を一つ挟んで、配信を開始させた。
「こんあか〜! みんな元気にしてたかな? 今日は伝えてた通り……って、え?」
配信を始めた途端、大量のコメントが滝のように流れていく。
「あかりちゃんきたー!」「今日も可愛い」「あかりん! あかりん!」「この瞬間を待っていたんだー!」
「えええ!? こんなにコメントが……って、同接一万人!?」
配信画面を見れば、リスナーの数が今この瞬間にもどんどん増えていく。
先日起こった30層でのイレギュラーから、この一週間でチャンネル登録者が一気に増えたのは知ってたけど、まさか配信開始一分足らずで、こんなに視聴者が増えるなんて思いもしなかった。
「きょ、今日は、箱根ダンジョン一層でのリベンジ企画です!」
慣れていたはずの配信も、画面上の見たことない数字にすっかり萎縮してしまう。
「あれ、緊張してる?」「初々しいのも可愛い」「あかりちゃん落ち着いてー!」「あわわ人形になりかけてないか?w」
(どど、どうしよう――あ、今の碧依ちゃんのコメントだ)
けれど、目の端に流れた碧依ちゃんのコメントを見つけた瞬間、肩の力がふっと抜けた。
「……コホン。今日はね、最近のイレギュラーを警戒して、一層での配信だよ」
「あーね」「警戒できてえらい」「前の箱根やばかったよね」
リスナーのコメントも、同意するように流れていく。
「そして今日のリベンジ企画とは、何を隠そう……私が初配信の時に紙一重でやられてしまった、あの憎きツノウサギへのリベンジ回だよ!」
拳をぎゅっと胸の前で握り、悔しがる演技を見せる。
「そう……負けられない戦いが、ここにはあるんだよ!」
「まるで紙一重じゃなかっただろwww」「ティアちゃんが来なければ4んでいた件」「ツノウサギの奴にはいっぺん分からせないとな」
こうしていつも通りの雑談トークを挟んだあと、意気揚々と空に手を掲げ、出発の音頭を取る。
「と、いうことで、早速レッツゴー!」
すっかり調子を取り戻した私は、賑やかで頼もしいコメントとともに、箱根ダンジョン一層を進んでいく。
お兄さんに言われた通り、階段からはあまり離れないように、できるだけ近くの獲物を探すが、なかなか見つからない。
否、ツノウサギはいるにはいる。今も目の前で一体いる。他の探索者と相対する形で。
「や、やっぱり土曜日の午前中は人が多いね」
周囲には探索者が山ほどいる。先にいた彼らがほとんどのツノウサギと戦っていた。
これは骨が折れそうだと、長期戦も覚悟して歩き回った。
やがて、人の少なそうな小部屋に足を踏み入れる。
「――あ、いたよ!!」
目の前に探し求めていたツノウサギが、ふてぶてしく鎮座していた。
「フー!!」
思わず大声を上げてしまい、向こうもこちらに気づき警戒してくる。
しかし、奇襲するつもりはなかったので、これはこれでいい。
「ふふふ……レベル35に成長した私の剣を受けてみるがいいよ!」
芝居がかった声で刀を抜いて、正面のツノウサギに構える。
「それ刀やけどなー」「なんて大人げないんだ」「あかりちゃん可愛い」
コメントが流れていくのを尻目に、ツノウサギに向かって地面を強く蹴った。
「一瞬で倒すよー!!」
――その瞬間、私の視界は暗転した。
「 …………あれ?」
それは一瞬だった。
駆け出した途端、私は一層とはまるで違う景色に立っていた。
「え、なんで?」
突然の出来事に脳が混乱しているが、キョロキョロ周りを見回すと、見たことがある景色に気づく。
「ここって、20層……だよね?」
周囲は真っ暗な夜の森だ。もう何度も通っている階層で、間違えるはずがない。
知っている景色であることに、少し落ち着きを取り戻すが、コメントが凄い勢いで上を見ろと流れている。
「……え?」
言われるがまま視線を上げると、そこには見たことがない光景が広がっていた。
空には三つの月が浮かんでいる。
赤い月、青い月、白い月。
どれも大きな満月に輝いていて、その混ざり合った怪しくも幻想的な光が、ここは私の知っている階層ではないと、容赦なくこちらを照らしていた。
「20層じゃ、ない……ここは、どこなの……?」
三色が混ざり合った、妖しく輝く夜の森に、私の不安げな声が消えていった。
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