第75話 ふとした瞬間にやってくる
灯里ちゃんと副ギルドマスターに報告を行ってから、約一週間が経った土曜日。
俺はバイトをこなしながらも、定期的に箱根ダンジョンへ潜っては個人的に調査をしているが、イレギュラーはあれ以来起きていない。
変わったことと言えば、パーティーやクランの申請が徐々に増え始めたことくらいだろう。
とはいえ、今のところ、特にこれといったパーティーやクランに入るつもりはない。
『ええ、大丈夫ですよ。それに、昨日も妹と楽しそうに帰ってきましたよ』
『そうですか。灯里がご迷惑をかけていないようで何よりです』
まだ灯里ちゃんはプチ家出中なので、こうしてマスターと、一日一回は定期連絡を取っている。
大事な一人娘を預かっている身としては欠かせないやり取りだ。
『それで、どうでしょうか? 灯里さんの探索者資格を取り上げて、転校させるというお話は』
『ええ、もう少しで答えが出そうなのですが。こういう決断の時は、いつも妻に背中を押してもらっていたものですから……お恥ずかしい限りです』
きっと心のなかでは、すでに灯里ちゃんのことを認めているのだろう。
けれど、探索者は危険がつきものだ。はい、許します。と、そう簡単にいかないのも仕方ない。
こうしてしばらく言葉を交わし合い、定期連絡は終了する。
「ふぅ。――おっと、そろそろ時間だな」
電話が終了すると同時にアラームが鳴り響いた。
今日は午前中だけバイトが入っている。
ささっと、慣れた手つきで必要なものをカバンに詰め込んで玄関へ向かった。
「それじゃあ二人とも、そろそろ時間だからバイトに行ってくる。一応お昼には帰ってくるから」
「うん、いってらっしゃーい。お兄ちゃん」
「お兄さん。気を付けていってきてくださいね」
こうして妹二人に玄関先で見送りされるのも、何だか見慣れた光景になってしまった。
……いや、灯里ちゃんは妹ではないか。
「ねぇ赤羽さん。今日の配信だけど、やっぱりずらせない?」
今日は灯里ちゃんが配信をする日だ。
最初はイレギュラーもあったし止めておこうという流れだったのだが、この一週間何もなかったこともあり、配信することにしたようだ。
だが、こちらの言葉が聞こえているはずの灯里ちゃんは、ツーンと、そっぽを向いてしまっている。
俺は頬をかきながら、言い直すように同じことを言う。
「今日の配信だけど、やっぱりずらせないかな? ――あ、灯里ちゃん」
今度は反応してくれたようで、そっぽを向いていた顔がこちらへ向いたと思ったら、ニコッと笑顔が咲いた。
……ここ最近、距離を感じるから、苗字ではなく灯里と呼んで欲しいと言われていたのだが、天霧の姿で名前を呼ぶのはまだ少し慣れない。
「大丈夫ですよ、お兄さん。今日は安全を最優先にして、第一層での配信ですから!」
安全第一とのことで、今日はツノウサギリベンジ回だそうだ。
危険だとわかっていても、少しでも早くお金を稼いでエリクサーを買いたいのだろう。
ドンッと、大きく胸に手を当てる灯里ちゃん。
その動作により、つい揺れる胸部に視線が吸い寄せられるが、ギロッとした碧依の一睨みが入り、すぐに誤魔化すようにスマホを取り出した。
「……あ、そろそろ急がないとまずいな」
スマホに表示された時刻には、本格的に急がないと、バイト史上初の遅刻をしかねない時間まで差し迫ってきていた。
「……うん、分かった。それでも、何かあった時にすぐに戻れるように、配信はできるだけ階段近くでね」
「もちろんです!」
俺は今度こそ二人に見送られ、バイト先の喫茶【イブニング・ルー】へと足を向けていった。
★✫★✫
「お兄さん先輩。今日は何だか、心ここにあらずですね」
「――え、ああいや、そんなことはないよ。黒木さん」
俺のことをお兄さん先輩と、かなり尖った呼び方で声をかけてきたのは、高校生バイトの黒木さんだ。
この店は男が俺一人なせいか、どうも呼び方が特殊な方向に進化しがちだ。
問題ないと、片手を立てて胸の前で横に振るが、黒木さんは俺が今綺麗に拭いているテーブルを指差す。
「でも、さっきからそのテーブルを5分は拭いてますよ?」
「あ、あれ……そうだったっけ?」
「ふふ、天霧先輩は何かよっぽど気になることがあるみたいだよ? 美希ちゃん」
黒木さんを美希ちゃんと呼び、会話に割り込むように入ってきたのは、黒木さんと同じ高校生バイト組の白峰さんだ。
高校生ということもあり、この二人はよく土日のシフトに入っている。時間帯も同じにしているほどの仲良し二人組だ。
「あ、小春ちゃん。でも、お兄さん先輩の気になることってなに?」
「天霧先輩だって、もういい年した男性だからね。……ズバリ、恋の悩み! ……そしてその相手は、この中にいる! そうですよね? 天霧先輩」
――私ですか! 私なんですか!? ――ハッ! それとも美希ちゃんですか!?
と、二人でキャッキャと抱き合いながら、全く見当違いの推理を披露してくる白峰さんに、苦笑いを返しながら首を振る。
「全く違うよ。悩みというか、普通に考え事だよ」
「……ま、まったくですか……そうですか……」
「小春ちゃん大丈夫?」
何故かガックシと、肩を落とすようなオーバーリアクションを取りながらも、すぐに頭を上げてうんうんと頷いてくる。
「まあでも、考え事で気が散ってしまう気持ちも分かりますよ! 私だって、推しの配信がちょうど今頃始まっているはずなので、早く仕事を終わらせて見たいですから」
「へぇ。それなら俺と同じだね」
「――あふん」
悩みが配信と聞いて同意するように笑顔を向けると、変な息の吐き方を返してきた。
「ちょ、大丈夫? 白峰さん」
「だだだ、大丈夫ですから! さあ! お喋りはおしまいにして仕事に戻りましょう!」
「おー!」
二人は無駄にハイテンションで仕事に戻っていった。
そんな賑やかなやり取りを挟みながらも、午前中のバイトはつつがなく終了した。
「ただいまー……ん?」
玄関を開けた瞬間、違和感が肌を刺した。
――ドタバタと、いつもとは全く違う足取りが聞こえる。
何事だろうかと思っていると、碧依がスマホを片手に飛び出してきた。
「お兄ちゃん、大変!!」
「碧依……? 一体どうし――」
スマホを握りしめ、顔面を蒼白にさせた碧依が俺の言葉を遮り、画面を見せてきた。
「灯里ちゃんが、灯里ちゃんが……大変なの!!」
おびただしい数のコメントが、瞬く間に流れ続けていく。
そのほとんどが「ヤバイ」「危ない」「どうなってるの!?」といった、灯里ちゃんを心配するコメントで埋め尽くされていた。
その画面を見た時、俺はすでに箱根ダンジョンへと走り出していた。
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