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九十六 思い出の花

天良鬼(てんりょうき)にそっくり!?まさか……」


修良(しゅうりょう)は反射的に否定しようとしたが、すぐ気づいた。


彼は天良鬼の顔を覚えていない。


一方、幸一(こういち)の目がとても熱い……


心の中で、一ため息をして、修良は幸一の背中を押した。


「……分かった。そんなに気にするなら、確かめに行ってきて」


「うん!先輩は待っててね!」


幸一が振り向かずに走り出した後姿を見て、修良の気持ちがまた少し沈んだ。




***


幸一が仙縷閣(せんるかく)を出た後、修良は牡丹(ぼたん)鏡花(きょうか)の来歴を訊ねた。


「鏡花さんは二か月前に応募しに来たのです。もともと役者ではなく、楽師だったけど、白山(しらやま)神が開演する直前に主演が急病で倒れて、ずっと練習に付き合っていた鏡花さんが代役になってもらいました。すごい人気がでて、一夜にしてうちの看板の俳優になりました」


「彼の出身は?」


欽州(きんしゅう)、だそうです」


「遠いな」


(そこだと、一般人が彼の背景調査もできない。)


修良は少し考え込んだ。


修良の態度を見ると、牡丹は心配した。


「修良様、もしかしたら、鏡花さんに何か問題でも……」


「……」


利害関係を考えて、修良は牡丹に「半分の理由」を伝えた。


「人間じゃないかもしれない」


「!?」


「でも、邪の気配や悪意を感じていない。私たちは調べるから、牡丹は心配無用だ」


「……わたしは間違ったのかしら、鏡花さんの魅力を売りにしたくて、勝手に彼を代役に押し上げて……やはり、事前に修良様のご意見を伺うべきですね」


「いいえ、牡丹はよくやっている。鏡花が仙縷閣にもたらした人気はその証拠だ。私は経営のことをまったく分からない。牡丹の才能と判断を信じる」


「ありがたいお言葉です」


修良の信頼に牡丹は感動して、一礼をした。




以前からそうだった。


修良は名義上の店主に過ぎない。店の経営に関して、彼は一切干渉しない。


牡丹を含めて、自分が選んだ経営者たちにすべてを委ねる。


修良が青楼を買い取った当初、みんな、彼のことを救世主だと思っていた。


「こんな素敵な旦那様はきっと可哀そうなわたくしたちを放っとけない!」


と思い込んで、彼の妾になろうと努力していた女は何人もいた。


しかし、修良は逆にそのような女たちを遠ざけた。


這い上がる意志のある者に手を伸ばすが、依存を望むものに振り向かない。


それは修良の方針だ。


「なんで最後まで面倒をみてくれないの?」


と泣きながら修良の冷さと訴える者もいた。


でも、聡明な牡丹は修良の冷たさに感謝した。


その「冷たさ」のおかげで、一度泥沼に落ちた者たちは「尊厳」というものを手に入れた。




「ありがたいお言葉をいただいたばかりで、恐れ入りますがり……実は、どうしても、修良様のご意見を伺いたい件があります」


少し間を開けて、牡丹は話題を変えた。


牡丹は袖から一輪の白い花を出した。


「この手紙、修良様に送ろうと思いました」


花が蝶になって、修良の肩に飛んで、牡丹の用件の詳細を修良に伝えた。


それは、修良が牡丹に教えた情報を伝達する法術だ。


牡丹は白い花に伝言を託せば、花が蝶に変形し、修良のいる場所に飛んでいく。




「朝廷からの依頼?」


「そうです。仙縷閣の演劇を利用して、外国との親睦を深めようと、朝廷が指定したお芝居を上演してほしいとのことです。でもあくまで相談で、拒絶する権力を与えられました」


「牡丹の意見は?」


修良はまず牡丹の意見を聞いた。


「『相談』ということなので、うちが断れば、朝廷は話をほかのところに持って行くのでしょう。こんな大きな仕事がほかのところに取られたら、間違いなく、うちの損になります。ですが、『政治』というものの不確定性が高すぎます。一旦関わると、もっと面倒なことに巻き込まれるのが怖いです。わたしの人生経験がまだまだ浅いですので、修良様からご教示をいただきたいです」


「その依頼を出した部署は?」


「皇帝陛下の直々の命令です。この件を担当しているのは粛衛(しゅくえい)将軍です」


「……」


皇帝が部署を飛ばして、直接に将軍に命令を任せる。


そして、記憶が正しければ、現在唯一の粛衛将軍は御霊堂(ごれいどう)の長。


通常なら、これは大きな政治的な動きに違いない。


だが、この国の朝政は安泰で、この間に辺境戦争にも順調に勝った。


牡丹の伝言によると、招待する予定の外国友人は、この間の辺境戦争で負けた国々の使者たち。


辺境を拠点にする小さな仙道門派がいくつもある。


負けた国の者が仙道の力を利用して、事件を起こす可能性はなくもない。


だとしたら、御霊堂の長を起用する特殊性を説明できるかもしれないが、どこか引っかかる。


修良はまだ疑いがあるが、ずっと努力している仙縷閣のみんなのことを考えて、やはり同意の方向を示した。


「この国は、五十年以内には滅ぼさないだろう。皇帝も年少のわりによくやっている。結論は慎重すべきだが、話をもっと聞いても損はないだろう」


「かしこまりました。では、詳しい話を訊ねてきます」




幸一は花運びの手伝いを言い訳に、鏡花の住所まで付いてきた。


鏡花の住所は、町の狭間にある小さな一軒家。周りに木造の壁に囲まれている。


「!!」


庭の扉に入ると、幸一は満園の白い花にびっくりした。


「きれい!」


花籠だけではなく、土地にもたくさんの白い花が植え付けている。


「皆様からの贈り物です」


幸一に答えながら、鏡花は自分の身長とあまり変わらない巨大花籠を馬車から降ろした。


お祝いなら、通常もっと鮮やかな花を贈るのが普通。


だが、鏡花は白い花が好きで、今回の役も白衣裳を着ている白山神だから、毎日も応援者からたくさんの白い花を送られている。


彼一人がもらった花籠の数は、仙縷閣自体がもらったものの総数よりも多い。


一部は仙縷閣に置いてあるが、さすが数が多すぎて、だんだん営業の邪魔になる。


だから、こうして馬車で一部を家に運ぶことになった。




「土地に植え付けた花もみんなからの贈り物ですか?」


「そうです。生け花はすぐ枯れ散るので、植えそうなものがあれば、全部土地に植え替えました。みなさんの気持ちを無駄にしたくないから」


「鏡花さんはやさしいですね!」


二人が話している間に、一緒についてきた幸世(こうよ)は大きな花籠を運んできた。


「鏡花さん!どこに置けばいいですか?」


花籠が幸世よりも高く、幸世はまたよろよろ歩いている。


それを見て、幸一は手を伸ばした。


「幸世はもう帰っていいよ。俺は運ぶ」


「い、嫌です!お兄様はわたくしの仕事まで奪うつもりですか?」


案の定、強い抵抗を受けた。


「……」


仕方がなく、妹が転がるのを見たくない幸一は幸世が受けそうな説得法を使った。


「いいからよこせ!この役立たず!さもないと、牡丹さんに言ってお前を雑用にさせるぞ!」


「!」


幸世はピッと止まって、大人しく花籠を地に置いた。


そして赤面になって、厳しい表情の幸一をじっと見つめる。


「お兄様、ちょっとすてきかも」


「……」


更に、ビクビクと幸一の袖を引っ張って、恥ずかしそうに頼んだ。


「ね、ねえ……お兄様、次はたくさんの人の前で言ってくれると、もっと嬉しいな」


「……」




「……同じ両親から生まれたのに、なぜこうも性格が違うんだ……」


幸世が興奮して小走りで去った姿を見て、幸一は嘆いた。


「血の繋がりは肉体的なものにすぎません。人間は、魂と意志があるからこそ成り立つものです。異なる性格は、お二人の魂から生れたのでしょう」


鏡花は小さく微笑んだ。


「すみません鏡花さん、御見苦しいところを見せてしまって……」


「いいえ、家庭の事情はいつも難解ですから」


そう言って、鏡花は少し寂しそうな表情になった。


「それでも、家族のいる人が羨ましいです」


「鏡花さんのご家族は……?」


わけありだと察して、幸一はの口調は慎重なものになった。


「分かりません。物心ついた時からもういません。私にとって、お花が家族代わりです」


鏡花は一輪の白いバラを手にして、とても優しい眼差しで花を見つめた。


「いいじゃないですか!別に家族が人間である必要はないと思います。花は喋らないけど、余計なことも喋らないし、裏切りもしない。人間より優しい存在です」


「幸一様のお考えは独特ですね」


真面目に自分を慰める幸一を見て、鏡花は再び微笑んだ。


「お花が好きですか?」


「好きですよ。特に『雪月華(せつげつか)』という白い花が一番好きです」


「『雪月華』……?」


鏡花は眉をひそめる。


「極寒の雪山にしかない種で、月の光の下でキラキラ輝く幻のような……」


(しまった!)


話の途中、幸一はふっと思い出した。


(それは還初太子の世の記憶だった!旧世界の種はこの新世界にあるかどうか……)


鏡花が困惑そうに続きを待っているようで、幸一は慌ててごまかした。


「えっと、とてもめずらしいものです。俺も修行の途中で偶然に一度だけを見て……だから、それを知っている人もそんなにいないと思います」


「そうですか。実は、私はお花の栽培もやっています。新種のお花にとても興味があります。もっと詳しい情報があれば、是非教えていただきたいです」


鏡花の静かな目が光った。


(やばい、本気にされたんだ……)


(この世界にあればいいけど、なかったらがっかりさせるんじゃないか……)


(どうすれば……)


「幸一様?どうしましたか?無理に考える必要はないですよ。私は軽い気持ちで聞いただけです……」


幸一が考え込んだのを見ると、鏡花はさっそく話を変えた。


鏡花の話がただのお世辞だと分かっている。


でもなぜか、幸一は鏡花が失望した顔を見たくない。必死に補う方法を考えた。


(そうだ、ないなら作ればいい!今の俺はできるかも!)


「作りましょう!」


「えっ?」


「こういう花です!」


幸一は術で水と光を操り、掌で記憶の中の「雪月華」の姿を再現した。


中心には六枚の透明に近い薄い青紫の花びら、外には十二枚の白い大きな花びら。


ぱっと見て形はモクレンに似ているが、通常のモクレンより二倍大きく、細長い。花びらもより柔らかいく、繊細な印象。


まるで、天に祈りを捧げる少女の両手のような、しなやかな雰囲気の花だ。


そして、花びらに、幻のような青い光がキラキラしている。


「!」


鏡花はその不思議な花を見つめていて、言葉を失った。


「これはただの印象だけど、適切な花種を元に、育て行くうちに計画的に養分や霊力を注いで、成長の方向を誘導して、外見を整えば、形だけでも複製できるかもしれません」


「なるほど、そういう方法がありますね」


鏡花は喜びの笑顔を浮かべた。


でもすぐに、笑顔が苦笑に変わった。


「ですが……私は仙術が分かりません。時間もないです……」


「もしよければ、俺は手伝います!」


「そんな些細なことのために、幸一様のお時間を無駄にしては……」


「大丈夫です!しばらくこの町に泊まるつもりです。毎日一回調整して、一か月もあればできると思います。それに、俺もこのお花が懐かしくて、もう一度手にしたいと思います。俺の時間より、鏡花さんのご迷惑にならなければ……」


幸一は意気を込めて、鏡花を説得しようとした。


鏡花の希望なのに、なぜか、拒絶が怖いのは幸一自身のようだ。


鏡花のその顔のせいかな……


そこまで言われた以上、鏡花は喜んで幸一の好意を受け入れた。


「それなら、お言葉に甘えて、是非お願いいたします」


(よかった!)


幸一はほっとした。


(これで、お花の栽培を言い訳に、鏡花さんを調べることもできる。)


鏡花の笑顔を見ると、幸一はまた昔の天良鬼を思い出した。


やっぱり似ている。


だけど、重い運命を背負っている天良鬼と違い、鏡花の笑顔は純粋に楽しくて、自由さえ感じる。


昔の還初太子は天良鬼にそのように笑ってほしかった。


今の幸一も、修良にそのように笑ってほしい。

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