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九十五 思い出の顔

開演時間が近いので、仙縷閣の前で入場待ちの長い列ができている。


「また客が増えたみたいな……さすが」


幸一は讃嘆した。


仙縷閣は通常、一日二つの公演がある。演目名の書かれた看板が人込みに遮られて見えない。


演目名ときたら、幸一はなんとなく希望があった。


「題名が短いといいな……でもこの人気さだと、希望が薄いか、ハハ」


「そうとは限らないよ」


修良は周囲を見ながら、幸一に答えた。


「女性の客が多くなった。お祝いの花もほぼ白一色になっている。演目名より、おそらく、新しい男性役者のおかげだろう」


「そうか?全然気付いていない。先輩の観察力がすごい!」


「幸一は周りのことに興味なさすぎるから」


「あたりまえだ。俺は先輩しか目に入らない」


「っ!!」


幸一のさりげない一言に、修良はドキッとした。


顔の温度が通常より高くなるのを感じて、気付かれないように、別の方向に振り向いた。


「あれ、先輩、印が光っているよ」


幸一の手の甲に、修良の心に連動している葉っぱの印が光った。


「あら、修良様ですわ!」


「幸一様もいます!」


幸い、営業中の店員が二人の存在に気づいて、話をかけに来た。


仙縷閣の表での責任者は菊牡丹(きくぼたん)と言う女性。


二十年前に、普通の青楼だった仙縷閣を買い取り、劇場の改造を支援した本当の店主は修良だったことは、一部関係者しか知らない。




店主の修良が来たので、牡丹が自ら出て、二人を舞台の袖付近に案内した。


婉如は幸世の髪に花をかざし、幸世が使う道具の花籠を持たせる。


相変わらず、暖かい親子絵一枚のようだ。


二人を短く見つめていたら、幸一は淡々と息を吐いて、身を翻した。


「もういいの?」


修良は幸一を呼び止めた。


「話する必要もない。無事だと確認できれば十分だ。母たちもそんなに俺に会いたくないと思う」


残念だけど、幸一の帰りを頸長くして待っていた二郎の気持ちが忘れられた。


「せっかくだから、芝居を見てから行こう」


修良は幸一の頭をもみもみしながら提案した。


「いいけど……」


また子供扱いにされたと思って、幸一はちょっと唇を尖らせた。


「そういえば、この演目の名は?」


「『最後の白山(しらやま)神』です」


牡丹は隣から答えを出した。


「へぇ、わりと普通ですね」


「すみません、がっかりさせましたか」


「いいえ!普通で助かった!」


牡丹の申し訳ない顔を見て、幸一はさっそく誤解を解いた。




浄土白山。


それは、とある世界の心臓、神々の住む場所。


神々は人々の善の心によって生まれたもの。


人々の代わりに天に祈りを捧げ、恵みを降臨させる。


しかし、善の心は悪の卑怯さを知らない。


小さな悪がうまく偽装し、人々の善の心に侵入する。


やがて、人の心が変質する。善が泣き、悪が横行。


神々は天道を守るゆえに、直接に世界を干渉できない。


やむを得ず、自分の命を力に変え、人々の善の心を呼び起こすことにした。


だが、悪は人々を煽動し、浄土白山に侵攻させた。


神々は大戦に勝ったものの、ほとんどが力を使い果した。


善の心の回復の速度が追いつかなく、神々が消えていく。


とうと、白山にいる神は一人だけになった。


その神は、浄土白山の最後の守護者。


彼は仲間たちの意志を守り、悪を二度と人間の心に侵入させないように、人間の負的な感情が化けた魔物と戦ていた。


怒り、悲しみ、苦しみ、絶望……さまざまな魔物を勝ち抜いた彼の前に、


最後に現れたのは「罪の娘」。


「罪の娘」は神様への恋を抑えきれなく、魔物になった。


その恋は間違いなく執念、妄念、消せるべきものだ。


だが、あらゆるの方法を試していても、神様は「罪の娘」を消せなかった。


ある日、神様はやっと気付いた。その執念を消すには神様が自身の命を捧げなければならない。


「罪の娘」を消滅しなければ、悪の根源を消せない。しかし、神様が死ねば、世界が保護者を失う。


これは、矛盾な神様と「罪の娘」の恋物語だ……




店主専用の観劇部屋で、幸一と修良はその芝居を見た。


幸世が演じているのは、白山に住む小鹿の精、いつもおどおどしていて、神様にいろいろ情報を持ってくる。


開演まもなく、幸世は小走りで舞台に入った。


「神様!神様!また悪いものが来ています!!」


汚い力を表現する黒い雲の背景が幸世を追ってきて、その小さな姿を覆う。


「ぎゃあ!神様、助けて――!!」




「幸世、はりきってるな」


妹の演技が思ったより真面目なもので、幸一ちょっと意外だった。




「心配することはない」


清らかで、穏かな声と共に、舞台の真上から、一筋の光が差し込んだ。


続いて、闇雲を貫くように、光が数本に増えた。


真っ白な神様が舞台の中央に舞い降りる。


若い青年の姿をしている神様が一本の洞簫(どうしょう)を吹き始める。


きれいな音色が流れると、黒い雲があっという間に退散した。




「なるほど、どおりで女性客が増えたな」


めったに(幸一以外の)人の外見を評価しない修良もその神様の役者の風姿を認めた。


「!!」


その「神様」の役者をが舞台に止まった一瞬、彼の顔をはっきり見た幸一は雷に撃たれたように、動けなくなった。


「どうしたの、幸一?」


修良に呼ばれて、幸一は棒のように視線を修良に移し、また一度舞台の神様を見る。


「先輩、あの人……」


幸一は何かを言おうとしたが、なぜか喉が硬くなり、なかなか続きを言い出さない。


「あの人?」


修良はもっと集中して、その神様を見つめる。


「……すこし、人間と違う匂いがするな。妖怪か何かな」


「ち、違う、それじゃなくて……」


「何かほかの気配を感じたのか?」


「……」


幸一は修良をしばらく見つめてたら、一度大きく息を変えて、また舞台に集中した。


「気のせいかもしれないから、もうちょっと見てみる!」


芝居が終わるまでに、幸一の目がその「神様」から離れなかった。




そして、芝居が終わると途端に、幸一は待ちきれなく個室を飛び出した。


「ごめん、牡丹さんに聞きたいことがある!すぐ戻ってくる!」


「……」


修良はずっと幸一の反応が気になって、芝居の内容が全然頭に入らなかった。


幸一が慌てて飛び出した後姿を見て、なんとなく嫌な感じがした。




「牡丹さん、ごめん!主演の神様の役者さんのことなんだけど……!」


幸一は牡丹を探しに舞台の袖に入ったら、ちょうど真っ白な衣裳の役者と真正面で会った。「!!」


「幸一様、どうしましたか?」


牡丹から返事があったが、幸一の目が役者に釘付けられた。


「あなたは、主演の――」


鏡花(きょうか)、と申します」


神様の役者はふんわりと微笑んだ。


「鏡花、さん……」


幸一はぼうっと彼の名前を繰り返した。


(やっぱり、似ている!)


この鏡花という青年は、修良とよく似た顔をしている。


でも、修良のような大人の落ち着いた感がなく、その代わりに、顔の細工がもっとよく、幾分の若さと美しさが増している。


鏡花の顔と首に、お化粧らしい金色の花模様が描かれている。


気のせいか、彼が笑うと、その模様も一緒に光ったように見える。


その笑顔を見た幸一は、まるで春風が胸を吹き抜けたような感覚がした。


「牡丹さんから聞きました。今日はとても重要なお客様がいらっしゃいました。幸一様のことですよね」


「!」


水滴が玉石に滴るような質感のいい優しい声がもう一度響いたら、幸一の心臓の鼓動が抑えきれなく、急に速くなる。


「鏡花さん、お花が、お花が……また、いっぱい来ています!どこに置けば……」


幸一が固まっていたら、幸世が顔を遮るほどのデカい花束を持ってよろよろと舞台の袖に入った。


「危ない!」


鏡花は反応早く、倒れそうな幸世から花束を受け取った。


「ありがとう鏡花さん……っ!」


障害物がなくなったら、幸世は幸一を目にした。


「ぎゃあ!お兄様!!神様助けて!!」


幸世は劇中の小鹿のように、サッと鏡花の後ろに隠れた。




修良は一歩遅れで下の階に降りたら、退場する人込みに巻き込まれた。


やむを得ず、人込みに逆らって、ゆっくりと舞台の袖に移動した。


修良と同様に、退場する人込みに逆らって、劇場の奥に行進する数人がいる。


みんなも大きな花束を持っている。花束はどれも白が主な色で、淡い青、紫、桜色などで飾られて、とても上品な設計。


花束が傷付けられないよう、あの人たちは花束を高く持つ。その結果、視線が遮られ、とても歩きにくい。


不意に、花を運搬する一人が修良の背中にぶつかった。


「幸一……」


振り向くと、修良はつい幸一の名前を口にした。


「幸一……?」


でも、その人は幸一ではなかった。


「!」


修良も気付いた。


花に顔を遮られているこの人、体つきが幸一と似ているが、衣裳が全然違う。


「すみません。人違いです」


「どうもすみません」


その人が一言答えたら、修良を越えて一歩先に劇場の奥のほうに移動した。


「……」


(私は幸一を見間違えた……?)


(相当動揺しているのかな……)


(大人げない。)


修良は心の中で自分を笑った。




修良が舞台の袖に入る時、神様の役者はもういない。


周りの片付けをしている役者たちに構わず、幸一は佇んで舞台を見つめる。


幸一の雰囲気がいつもと違うことを、修良は確かに感じた。


「幸一、一体何があった?あの役者はどうしたの?」


「先輩は、気付いていないの?」


「人間ではないことならもう……」


「それ以外はない?」


「それ以外に気付いたのは、幸一だ」


「!」


修良は後ろから両手で幸一の目を覆い、冗談のように囁いた。


「一体何を見ている?幸一は、『先輩しか目に入らない』と言ったばかりだよ」


「違うっ!あの人……!」


幸一はいきなり振り向いて、修良の手を剥がした。


そして、今までのない焦った顔で修良に訴える。


「あの役者の顔は、鬼さん――天良鬼(てんりょうき)にそっくりだ!!」


「!」

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