百一 ご迷惑をかける
鏡花の誘いで、四人は庭で一緒にお茶を飲んだ。
「そういえば、幸銘はどうしてここに?」
「幸一が幸世と婉如叔母さんを青楼に売ったと聞いて、二人を助けに来たんだ」
幸銘の答えは爽快だけど、幸の表情は爽快にならない。
「……」
「でも、もう誤解だと分かった。こちらこそごめん、復讐虎に変身して実の母親と妹を青楼に売ったなんて、どう考えてもデタラメじゃないか」
幸銘は朗らかに笑った。
「あやまらなくていい、俺も最近、やり方について反省している……」
復讐の噂といい、玄天双煞の汚名といい、三虎観のことといい、
ひょっとして、本当に自分のくせがよくないからみんなに誤解されたのではないか……と、
幸一はほんの少しだけ、自信がなくなった。
「幸銘の家は上京だろ、母と妹のためにわざわざこんな遠くまで、本当にありがとう」
「何を言っている。俺たち、家族だろ。それに――」
幸銘は視線を鏡花のほうに移した。
「ここに来なかったら、鏡花さんのお芝居を見れなかった」
「……」
鏡花は何も言わずに、ただ静かな目で幸銘に見返した。
「!」
幸一の心臓が小さく跳んだ。
(鏡花さんが思っている人、まさか……)
でも鏡花の表情から、そうには見えない。
むしろどこか困っているように見える。
「やっぱり幸一がうらやましいな。俺たち従兄同志でけっこう似ているのに、鏡花さんにお家に招いてくれたのは幸一だけだ」
鏡花から返事をもらえなくて、幸銘は苦笑した。
「えっ、鏡花さんはみんなを誘ったんじゃ……」
「俺たちはおまけのようなものだ。な、幸世」
幸一は疑問を口にしたら、幸銘は幸世のほうに同意を求めた。
「おまけ……?」
粒あんのお菓子を食べている最中の幸世は少し考えたら、ピンと来たように目を光らせながら早口で喋り出した。
「役立たずとか、優秀な旦那様にふさわしくないとか罵られて、婚約者が兄に奪われた主人公、『おまけ』の使用人として兄夫婦の家に連れられて、毎日も虐げられて、絶望と共に生きていた……でもそのうちに、元婚約者よりずっと優秀で高貴な男が現れて、主人公を愛して、主人公を救った。ざまぁみろよ、目玉のない元婚約者、わたくしの男はあんたよりずっと強い!そんな男を掴んだわたくしは、兄よりずっといい女よ……『おまけ線』、ありだわ、そう、わたくし、『おまけ』でもいいわ!」
「兄よりいい女ってなんだ……」
幸一は相変わらず妹の妄想に苦手だ。
「アハハ、幸世の話はいつも面白い!もっと喋って!」
「幸銘も、わざと幸世にその線のネタを与えないでくれ……」
チャラい話で、雰囲気がしばらくやわらげた。
鏡花も思わず口元を緩めた。礼儀正しく幸銘に返事を出した。
「幸銘様は、大事なお客様です。私はただ一役者として、お客様との間の適切な距離を維持しただけです」
「客か」
幸銘は寂しそうに笑った。
「幸一みたいに、鏡花さんのお友達になりたかったのに……」
鈍感な幸一だけど、幸銘が鏡花を見る眼差しを見て、なんとなく分かった。
幸銘の気持ちはただの応援者の憧れではない。
でも鏡花は明らかに幸銘と距離を取っている。
従兄に申し訳ないけど、幸一はやはり鏡花の味方になった。
「幸銘、気持ちは分かるけど、お客さんのみんなもそんなことを言ったら、鏡花さんは困るんじゃないか……」
「だよな。人間は自分ばかりじゃだめだな。だから、これ以上鏡花さんに迷惑をかけない」
幸銘も諦めが早い。そして、サッと視線を幸一に移した。
「その代わりに、しばらく幸一に迷惑をかける」
「えっ、俺に!?」
「せっかく幸一に会ったから、幸一がこの町にいる間に、俺の遊びに付き合ってもらう」
「それなら問題ない。俺も急ぎの件がないし」
幸一はあっさりと承諾した。
「振られた」従兄の慰めくらいはやるべきだと思った。
「幸世も一緒に来る?みんなの前で虐げごっこをしてあげるよ」
幸銘は幸世を勧誘した。
「本当に!?いいの!?」
幸世の目が更に光った。
「よくない!!」
幸一は急いでその不健康な遊び方を止めようとした。
「もう虐げ始めたの!?最近のお兄様は分かりがよくてすてきだわ!」
「…………」
「フフ、家族って本当にいいですね」
鏡花は三人のやり取りを見て、小さく笑った。
「私は友達作りになんの抵抗もないです。ただ、一介の伶人の私が、幸銘様のような名門出身のお方とは釣り合わないと思って……でも、幸銘様が気にしないのに、私はこれ以上ごねたら逆に失礼ですね」
「!」
幸一も幸銘も驚き顔をした。
鏡花はさっきまでの控えめの姿勢を変えて、真っすぐに幸銘の目を見る。
「ですから、これから何かあったら、遠慮なく私のところに来てください」
見つめ合う幸銘と鏡花を見ると、幸一はちょっと分からなくなった。
(さっきまで明らかに困っているのに、なぜいきなり……)
(もしかして、俺と幸世への配慮なのか……)
***
幸一が仙縷閣に戻ったのはもう夜の時間。
仙縷閣の客室が余っているので、彼と修良は別々に部屋を取った。
柳蓮県に来た時、玄誠鶯にお家に誘われたけど、「別の用件がある」という理由で玄誠鶯の誘いに断った。
しかし、この数日、ここに来る目的――「救世主」の調査を忘れかけていた。
注意力は完全に鏡花と花育成のほうに行ってしまった。
(せっかく珊瑚が情報をくれたのに、調査が全然進んでいない。先輩のほうで何かやってるかな……聞いていみよう……)
(俺がずっとサボっていて、先輩は怒っていないよな……)
そう考えて、幸一は関係者専用の扉から仙縷閣の裏庭に入った。
「今日はいつもより遅いな」
「っ!」
いきなり、隣から声がした。
振り向くと、扉の裏側で彼を待っている修良がいた。
「先輩!!」
幸一は冷たい息を飲んだ。
「フフ、幸一も怖いものがあるのか」
「怖いじゃない。考え事をしていて、びっくりしただけだ……遅くなってごめん」
幸一は自然に修良に歩き寄せた。
「今日は鏡花さんの家で、従兄の幸銘に会ったんだ。彼の買い物の付き合いでこの時間まで」
「幸銘?」
「ああ、父の兄の息子、俺の従兄だ」
「ひょっとして、幸一が母妹を青楼に売った噂とか聞いて、わざわざ彼女たちを助けに来たのでは?」
「……先輩は俺に監視でも付けている?」
幸一の顔色が沈んだ。
「まさか」
修良はクスッと笑った。
そんなこと、監視がなくても容易に想像できる。
「家族との楽しい時間に割り込んでごめんね。実は、幸一にお願いしたいことがある。明日、予定がある?」
「お願い?」
修良の口調がよそよそしい、幸一は妙だと思った。




