21話 攻略対象者との距離
歓迎会が行われる放課後のこと。
約束の時間が迫り、アリスがそろそろ生徒会室へ移動しようと思っていたら、ふいに廊下の奥から発狂したかのような女性の叫び声が響いてきた。
何ごと?
貴族の学校なのに通り魔でも入り込んだとか?
え、怖いんだけど……。
B組の教室内もざわめいていると、廊下の叫び声は止む気配の無いままどんどんこちらへ伝染するかのように近付いてくる。
緊張感が漂う中、一体何が起こっているのかと身構えていたら――
「アリスはっけーん! えへへ、みんなで迎えに来ちゃったよ~」
ベクターが開けっ放しの教室の扉からヒョコっと顔を覗かせ、ひらひらと手を振った。
やっぱり憎らしいほど可愛いな。
ん?
みんな?
アリスはベクターに『おいで』とジェスチャーされ、廊下に出てみて驚いた。
「え? ユリウス様? うわ、ジェイル様にルード様、どうしてシモンズ先生まで!?」
どおりでさっきから煩いはずだ。
なんとB組の前の廊下に、生徒会関係者が勢揃いしていたのである。
つまり、ここにヒロインのアリスが加わった今、『ときラビ』の主要登場人物が全員集合してしまった訳で……。
周囲のテンションは上がりに上がり、もはや収拾がつかなくなっていた。
「何!? 何ですの? ヒロインを囲む攻略対象者たち!! こんな貴重なシーンが見られるなんて。ああ、尊い……。こんな場面、スチルでも見たことがないわ」
「なんでこの世界にはスマホがないんだ! 永遠に残しておきたかった……」
確かにさっきの異様な叫び声も納得だわ。
これだけのイケメンが揃うと圧巻というか、現実離れしているもんね。
「尊い」っていうのはよくわからないけれど。
熱狂する人たちを見ていたら、かえって冷静になってしまったアリスに、ユリウスが説明をしてくれた。
「せっかくだから、生徒会の姫をみんなでエスコートしようという話になってね」
おおぅ、発想がなんてジェントルマンなんだ。
『姫』が私だなんて申し訳ない……。
「オレたちの歓迎の気持ちってやつだな」
「私は無理矢理連れてこられただけだから勘違いするな、大食い姫」
「なんでそういうこと言っちゃうかなー? 歓迎しているくせにぃー」
「さぁ、皆さん。時間がなくなりますから行きますよ?」
五人に守られるように、人垣がパカッと割れた中心を歩いていくアリス……。
って、これじゃあ本当に『たくさんの王子様に囲まれてチヤホヤされている姫』そのものじゃん!
攻略者全員を侍らせて、すでにハーレムエンド感が出ちゃってない?
いやいや、全く恋愛感情は無いですからね!!
アワアワと動揺していたアリスだったが、生徒会室に準備されていた豪華な食事で、瞬く間にそんなことは吹っ飛んでしまった。
「うわぁ、美味しそう~!! 昨日ステーキ丼と迷ったハンバーグと唐揚げもあるなんて」
感嘆の声をあげるアリスに、ジュースを注いでいたベクターがぎょっとした顔をした。
「え? アリス、ステーキ丼食べたの?」
「しかも大盛りらしい」
「ルード様、余計なことは言わなくていいんです!!」
「ふふふ、アリス落ち着いて。乾杯するよ? では、生徒会の新メンバー、アリスを歓迎してカンパーイ」
「「「「「カンパーイ」」」」」
歓迎会はとても楽しく、あっという間に時間が過ぎていった。
前世の記憶を持たない、何より『ときラビ』を知らない五人と過ごす時間は、ヒロインであることを求められ、それに重荷を感じて生きてきたアリスが、唯一自分らしくいられる貴重な空間であることに気付いてしまったからだ。
「ふふっ、私、とっても楽しいです!!」
「それは良かったよ。アリスは望んでこの学園に来たわけではないのだろう? 少しでも学園生活が楽しくなればいいと思ったんだよ」
「そうそう、悩みもあるみたいだしな。ここではアリスらしく自由に振る舞えばいいさ」
ユリウスとジェイルに言われて驚いた。
二人がそんな風に思ってくれていたとは……。
「ありがとうございます。私、生徒会に誘ってもらえて良かったです!」
ベクターとシモンズ先生も笑顔で頷いていた。
ルードの表情だけはわかりづらくて良くわからなかったけれど。
◆◆◆
こうして生徒会に入ったアリスは、思いがけず居心地が良くなってしまった生徒会室に、授業の時以外は入り浸るようになった。
仕事量は多いが、気遣いが出来る顧問のおかげで、作業が負担に感じるようなこともない。
五人の攻略対象者とも随分仲が良くなったと思う。
「ユリウス様、だからそれは私がやるって言ったのに! すぐに私を甘やかすのは禁止って言ったでしょう? あ、今度手伝ったら、ユリウス様の苦手な脇腹コチョコチョをお見舞いしますからね!!」
「悪かったよ、アリス。つい手を貸したくなってしまったんだ。お願いだからコチョコチョはやめよう? ね?」
ユリウスはキラキラ王子だけれど、優しすぎるのが欠点だとアリスは思っていた。
だから時々愛のムチをくらわせてやることにしたのである。
おかげでアリス達は兄妹みたいな関係になった。
実際、「アリスは可愛い妹だから」とユリウスに言われることも多い。
「アリス、今度また一緒に街に行かないか? アリスがいる方が連中が喜んで色んな話を聞かせてくれるんだよな」
「いいですけれど、この前みたいに騎士の鍛錬の日はやめてくださいよ? 私がサボらせたって責められるんですからね!」
ジェイルは騎士以外の将来も視野に入れたら、平民の生活に関心が出てきたらしい。
『ときラビ』のゲーム内ではジェイルは未来の騎士団長候補だった為、ストーリーが変わってしまうと焦る人たちにアリスが責められているが、アリス自身はいい傾向だと思っていた。
ジェイルには望んだ道を進んで欲しい。
そしてアリスは元平民の知識を買われて、ジェイルの『下町の師匠』になっていた。
「ルード様、また女の子に冷たい態度をとりましたね? あの子、震えていたじゃないですか! 少しは反省してください、この陰険メガネ!!」
「君は食べ過ぎのせいで、態度ばかりが大きくなってきているようだ。君もわかっているはずだが、私は無駄な時間が嫌いなんだ。……ああ、この時間が一番の無駄だったな」
ルードは相変わらずで、クールで厳しいというより、気難しくて面倒臭い人という印象に変わってきている。
すっかりケンカ友達のように言い争うことが日課となってしまったアリスだが、ルードは満更でもなさそうにしている。
「アリス君が古代史に目覚めてくれるとは嬉しいです」
「もしかして、古代文明の遺跡発掘でミイラとか出たりしていませんか? 黄金のマスクとか!」
生徒会に入ってからというもの、アリスは前世の学生時代の記憶を、部分的にではあるが思い出すことが増えていた。
かつて世界史が好きで、ツタンカーメンの呪いなどに興味を持っていたことを思い出し、シモンズにこちらの世界のピラミッド的な建造物について質問攻めにしている。
「アリス、これ見てよ。うちの商会で新しく仕入れてみた食材なんだけど、どう思う? アリスは発想が斬新だし先見の明があるから、卒業したらうちに入ってよ~。ね、お願いっ」
「うーん、それもいいかも? ベクターの家の商会ならお給料も良さそうだし、結婚する気もないから雇ってもらおうかな」
以前、他国から入荷した食材だとアボカドを見せてくれた時に、レシピを提案したらベクターに感動されたことがあった。
日本の知識があれば美味しい食べ方を知っていて当然だし、前世が日本人であるここの国民に受け入れられることも分かり切っていたのだが、ベクターには尊敬され、アリスは商会のアドバイザー的立場になってしまった。
編入して数ヶ月。
アリスは恋愛ではないが五人との距離も縮まり、全員と仲良くなっていた。
まさか、この状況がハーレムルートと見なされ、隠れキャラが出現するとも思いもせずに――。
そしてその隠れキャラと恋に落ちるとは、まだ夢にも思っていなかったのである。




