14話 この世界に常識人はいない
なんでもっと早く思い付かなかったんだろう?
攻略対象の男性陣だって、ギャラリーのいる前で甘い言葉を吐くのは辛いだろうし、数人を同時進行するようなモラルの低い女とお近付きになんてなりたくないよね。
私に攻略の意志がないことを伝えれば、「えー、助かるー。僕もシナリオで決められていたから仕方なくやってただけなんだよねー。辞めよ辞めよ」ってなるんじゃない?
よし、善は急げ!!
アリスはさっさとトリオに見切りをつけて、王太子かジェイルに話をつけに行くことにした。
――のだが。
「お待ちなさいな。あなた、どこへ行かれるおつもり?」
「あ、何かろくでもないことを考えているでしょう?」
「吐きなさい。私たちにはストーリーを円滑に進める義務があるのです。悪い芽は摘んでおかなければ!」
……なんだかひどくない?
味方になってくれるどころか、敵視されてるよ。
あ、もともと悪役令嬢は敵だった。
「別に変なことはしませんよ。王太子殿下とジェイル様に『攻略しませんのでよろしく!』って言うだけです」
「「「ぬぁんですってぇぇぇぇぇーーーー!?」」」
あれっ、トリオで怒ってらっしゃる?
「この田舎娘!! なんてことを考えやがりますのよ!!」
「そうですわ。攻略対象様方は、『ときラビ』を知りませんのよ?」
「というより、彼らは転生者でもない、本物のゲームの登場人物なのです!!」
『オフィーリアとゆかいな仲間たち』が口々にピーチクパーチク囀り出した。
は?
どういうこと?
「転生者じゃない? 彼らだけ?」
「そうですわ。この世界は元々『ときラビ』のゲームの世界です。『ときラビ』が作られた、前世の日本からの転生者が多いと一般的には言われていますわ。でもそんな中、日本の知識も持たず、純粋にこの世界で生まれ、育った方々が攻略対象者なのです」
代表してオフィーリアが説明してくれる。
「でもなんで?」
「あなた、考えてもごらんなさいな。これで攻略対象者までシナリオを知っていたら、この世界はただの学芸会でしてよ? それぞれが台詞を言うだけになってしまうではありませんか」
「いや、だから変な世界だなと私はずっと思ってて……。存在する意味がわからないし、みんな何がそんなに楽しくて自分の役を一生懸命演じてるんだろうって」
トリオが揃って溜め息を吐いた。
「そんなの、推しの生の反応が見たいからに決まってるじゃありませんの。作り物ではない、ゲームをプレイした時のあの感動を実際に味わいたいのですわ」
うっとりとした表情で当たり前のように言われてしまったが、わかるようなわからないような……。
「ですから、あの方たちに余計なことは言わないでくださいな。そんなことをしたらあなたは攻略対象以外の、この世界の全ての人に恨まれますわよ?」
そ、そんな大勢に!?
それはイヤだな。
「あのー、ちなみに皆さんの『推し』って?」
そうだよ、自分の推しが婚約者だとは限らないもんね。
だったらまだ、『ヒロインとのハッピーエンドが見たい』っていうのも理解できるかも。
「そんなのユリウス殿下ですわ」
「ジェイル様よ」
「もちろんルード様だわ」
令嬢は、当然のようにそれぞれの婚約者の名を答えた。
オーマイガー!!
だったら自分でイベントを起こせばいいよね?
せっかく推しの婚約者に決まっているんだから、自分がヒロインの代わりにハッピーエンドを迎えればいいんじゃないですかーーっ!?
アリスは意味のわからない堂々巡りに壊れてきたようだ。
「ですからね? 何度も言ってますけどね? 『推し』の喜ぶ行動を知っているあなた方が、それを実践して生の反応を拝めばいいじゃないですか。なんで私にやらせる必要が?」
私はとても常識的で、尤もなことを言っていると思うんだけど。
この世界で良き理解者が現れないのは何で?
「あなたもわからない方ねぇ……」
オフィーリアに呆れたように言われてしまった。
いやいや、そんなこっちが物分かりが悪いように言われても!!
わからないのはそちらの方でしょ?
常識が通じないって辛い……。
すると、取り巻き令嬢の二人が前に出てきて話し始めた。
「私たちは婚約者とは名ばかりで、実際はお話ししたこともないのですわ。多分ジェイル様は私の名前すら知りません」
と、取り巻き一号。
「ええ、私たちは所詮オフィーリア様の取り巻き令嬢というモブなのです。婚約者や女性に興味のないあの方々が、ヒロインのアリスに心を開くからこそ盛り上がるのです! 尊いのです!!」
と、取り巻き二号。
ええぇぇ……だったら最初から諦めずに、自分から興味を持たれるくらいに絡みに行ってくれよ……。
なんなら出会いイベントを自分で再現して、好感度を上げればいいのにさー。
なんだか不毛な会話の繰り返しでお腹が空いてきてしまった。
生産性もないし、今度こそご飯を食べに行こうとアリスは決めた。
「じゃあ今日のところはこれでお開きにしません? 話も平行線ですしね。では」
と言って立ち去ろうとしたアリスは、ガッシリと彼女らに押さえられていた。
「な、なに? どうしたの? 怖いんですけど……」
「ウフフ、まだ帰せないのですわ。あなたにはこれから大事なお仕事がありますの」
「「そうそう」」
そのまま中庭へとズルズル引きずられていったアリスは、何故かトリオに囲まれていた。
「あ、あの」
「あーら、田舎娘が何か言っているわ。あまりいい気にならないでくださる?」
「オフィーリア様、こんな娘と話していると貧乏臭さが移ってしまいますわよ? あぁ、嫌だわ」
「あなた、編入したばかりの身で調子に乗っているのではなくて?」
急に大声で、悪役令嬢とその取り巻きがイジメを装ってきた。
内容の無い悪口に思えるし、全体的に台詞が陳腐過ぎないだろうか。
周囲は気の毒そうにこちらを見ているけれど、ちっとも怖くないので心配ご無用です。
それより、急にこんな芝居を始めた意味だよね。
引き返せなくなるうちに逃げよう!
と思っていたのに――
「煩いな。やるなら余所でやってくれ。仕事の邪魔だ」
頭上からクールな声がかかった。
これは……アレだな。
「も、申し訳ございません。行くわよ!!」
「「はいっ」」
トリオが慌てたような素振りで去っていく。
待って、私も一緒に……と思ったのに、クールな声の男に呼び止められてしまった。
「そこの君」
ああ、逃げたい。
絶対、新たな攻略対象だよ。
私の予想では、宰相の息子のルードってやつだよ……。
アリスはもっと必死に逃げるべきだったと後悔していた。




