12話 攻略対象者② 騎士団長の息子登場
「では僕はここで。またね、アリス」
颯爽と制服のジャケットを翻し、ヒラヒラと手を振ったユリウスは、教師陣と会釈を交わすと職員室から出ていこうとしていた。
さすが未来の統治者、一瞬で職員室の空気を自分のものへと変えてしまっている。
アリスも慌ててその後ろ姿にお礼の言葉をかけた。
「あの、ありがとうございました!」
一度振り返ったユリウスは、にこりと優雅に微笑んだ後、静かに姿を消した。
やはり隙のない完璧な王子様っぷりである。
「ああっ、やっぱり王太子ルートも捨てがたいっ!! ロイヤルスマイルご馳走さまでーす」
いつの間にかしれっとチェルシーが隣に並び、まるでずっと一緒に居たかのように喋り始めた。
クネクネしながらうっとりとする瞳に、ハートマークが浮かんで見えるのは気のせいだけではないだろう。
あえて何も言うまい。
どうせ面倒なことになるに違いないもの。
アリスはチェルシーを放置することに決め、教師との編入の挨拶を済ませたのだった。
◆◆◆
アリスたちは一年B組に編入することが決まっていた。
ある意味これはもう予想通りだったが、チェルシーもアリスと同じクラスである。
朝礼でクラスメイトの前に立つと、一斉に好奇の目で迎えられてしまった。
ハッキリ言って、最初からアリスのことを知っている人たちなのだから、今更自己紹介なんて無意味な気がしてしまう。
むしろ、アリス本人よりも『未来のアリス』について知っていると思うと腹立たしいくらいだ。
当たり障りなく挨拶を終え、一時間目の授業が開始された時にそれは起きた。
隣の席になったチェルシーが、小さな紙を後ろの席の生徒へとこっそり回し始めたのだ。
うわ、前世の学生時代を思い出すな。
みんなコソコソ手紙を回してたよね。
折り方も色々種類があったなぁ……って、そうじゃなくて!
まだクラスに馴染んでもいないはずなのに、チェルシーってば何を回しているの?
受け取った女生徒が怪訝そうな表情で手紙を広げ――さっと目を通すとギョッとした顔でアリスを見た。
え?
私!?
その後も、手紙が回ってきた生徒は全員が驚いた様子を見せ、アリスの方をわざわざ確認する者が何名もいた。
一体何が書かれているのだろうと気になっていたら、とある一人の生徒が手紙を床に落とし、先生に拾われてしまった。
あちゃー、絶体絶命じゃない?
チェルシーも怒られたりしてね。
ドキドキしながら先生の様子を伺っていたら――なんと、先生まで目を丸くしてアリスの方を見るではないか。
もうっ!
何が書いてあるのかますます気になるじゃん!!
そのまま先生は何事もなかったように、手紙を落とした生徒の机にそっと置いている。
アリスはチェルシーまで手紙が戻ってくるのをジレジレしながら待つと、勢い良く手紙を奪い取ってやった。
開くとそこには――
『ヒロインのアリスは、ときラビ未プレイです。ハッピーエンドへ導く為に、みんなも協力してあげてネ!! チェルシー』
なんだこれは……。
驚いてチェルシーを見たら、ニカッとピースサインが返ってきた。
なるほど、クラスメイトに乙女ゲームを成立させる為の協力を仰いだらしい。
――余計なことを!
しかし、クラスメイトたちは『任せとけ!』みたいな空気を醸し、誰も授業なんて聞いていない雰囲気である。
先生すら心ここに在らずと言った有り様で、おかしなムードのまま授業は終了してしまったのだった。
「ちょっと、チェルシー! 何やってるのよ!!」
「あ、私お手洗いに行きたいなぁ。アリス様も一緒に行きましょう! ね?」
文句を言うはずが、休憩時間のアリスは自然とチェルシーとトイレに行く流れになっていた。
おかしいわ。
何か策略に乗せられているような、嫌な予感を感じる……。
考え事をしていたせいか、アリスは廊下の影から突然現れた大柄な男性にぶつかってしまった。
「きゃっ!」
「悪い! 前を見ていなかった。大丈夫か? 怪我はないか?」
床に倒れこみそうになったアリスを、大きな手と逞しい腕が支えてくれる。
お腹に響くような低い声の持ち主だ。
「私こそ考え事をしていてすみません」
手を借りて元の体勢に戻ると、頑丈そうな胸板が目の前に迫っている。
随分背の高い男性だと思いながら顔を上げたら、そこにはネイビーブルーの髪を短く切り揃えた、清潔感のある凛々しい顔があった。
一見体型がゴツい為、大きくて怖い人に見えるのだが、心配する様子からも優しい人柄が窺える。
「いや、完全にオレが悪い。見たところ平気そうだが、具合が悪くなったら言いに来てくれ。せっかくの綺麗な制服を汚すところだった」
「あ、今日編入してきた一年のアリスです。もう大丈夫ですので、お気遣いなく」
アリスはもちろん気付いていた。
この男子生徒も攻略対象者に違いないと……。
だって、イケメンなんだもん。
出会い方もありきたり過ぎる!
これはさっさと終わらせて、離れるのが賢明ってやつだわ。
「それでは、失礼します」
さりげなく立ち去ろうとしたのに、呼び止められてしまった。
「待て。オレは二年のジェイルだ。今は急いでいるから、放課後にでも様子を見にクラスに行く。何組だ?」
「そんな、本当に大丈……」
「B組です!」
チェルシーが溌剌と答えている。
そうだった、この子がいたんだった……。
「わかった、B組な。じゃあまた後でな」
足早にジェイルが去っていき、アリスはチェルシーを睨んだ。
「さすが騎士団長の息子! 逞しくて素敵!!」
「やっぱりね! そうだと思ったわ!」
苛立ち紛れの怒った声で言ったのにチェルシーは意にも介さず、「じゃあ教室に戻りましょうか」とスキップしながらいま来た廊下を戻り始めた。
「ちょっ、お手洗いは? お手洗いに行くんじゃなかったの?」
「もう目的は果たしたのでいいんです。あ、アリス様は行きたかったらご自由に」
なんてやつだ!
いよいよ腹を立てたアリスは、一人ドスドス足音を立てながらトイレに向かったのだった。




